おまけ

お姉さんがスパルタです

「もうヤダー!」

「やだじゃないのちゃんとしなさい!」

「だってすぐ汚れちゃうし、あっ! やだ爪欠けちゃってる!」

「だからちゃんと切っておきなさいって言ったでしょ。ほら手を貸して」

「やだやだ切らないで! 折角オシャレのために伸ばしてるのに……」

「あなた貴族じゃないんだから無意味よ。農作業するには危ないんだから切っておかないと」

「きゃーっ?! ほんとに切ったー!」

「いちいちうるっさいわね!」

 あのお城にいた時の記憶がほぼ薄れていて、最後は自分が何やっていたのか全然わかんない。気付いたらこの人たちがわたしの目の前にいて、わたしの身に何が起こっているのか説明してくれたけどそれを理解するのにものすっごく時間がかかった。

 だって、王様はただわたしを利用するために洗脳していたなんて。そんなこと思いたくなかった。あんなに優しくしてくれたのも、頼ってくれたのも、一緒にいてくれたのも。全部わたしが『聖女』だったからだなんて。悲しくて、それからまた眠っちゃったのか全然記憶にない。

 ただ起きたわたしに待っていたのは、なんでか農家さんだった。ものすごく田舎にいつの間にか引っ越されていて待っていても料理は出てこないし、料理は自分で作んなきゃいけないし、そもそも食料調達するのも自分でなんてそんなのつらすぎる! いきなりわけわかんないとこに連れてこられて「野菜採って」とか言われてもやり方わかんないし!

 でもわかんないわかんない言ってるわたしを、ついさっきわたしの爪を問答無用に切ったこの女の人が一つずつ丁寧に教えてくれる。それこそわたしがちゃんとわかって、理解するまで。わからないことがあったらわたしがわかる単語で説明してくれてる。

 最初こそ、なんかどっかの悪役令嬢みたいな顔してて怖い。とか思ってたけど、でも結構面倒見のいいお姉さんだった。でも人の爪勝手に切るのどうかと思うけど!

「汚れたって洗えばいいって何度も言ってるでしょ? その為の作業服よ。もう何度も言ってるじゃない」

「そんなこと言ったって、わたしオシャレしたいし……でもこんな田舎だとお店すらない! やだ! 帰りたい!」

「どこに帰るっていうのよ」

「そっ、れは……」

 わたしにはもう、帰る場所とこなんてない。王様がいたあのお城はもう別の人が住んでるらしくって、『聖女』も必要としていないんだって。元いた世界にも戻れないっていうし、ここを出てわたしが行く場所なんて……どこにもない。

「……はぁ。いい加減腹を括りなさいって何度も言ってるでしょう? 何をどうしたって、あなたは元の世界に帰れない。あの城だってもうあなたの居場所じゃない。いつまでも甘えていないで、自分の力で生きていく術を手に入れないといけないのよ」

「そんなのっ! そんなのわたしのせいじゃないよね?! わたし勝手にこの世界に喚ばれて勝手に押し付けられて、いらなくなったら捨てるの?! この世界の人たちってひどい、無責任じゃん!」

「無責任なのはあなたを最後まで利用したあのクズな王よ。あんなのと一緒にしないで」

「ッ……!」

 そんなに元の世界に帰りたいっていうのが悪いコトなの? わたしそんなに我が儘なこと言ってる? だって普通のことじゃん、帰りたいって思うことの何がいけないの。

 わたしもう何度も言ってるのにこの人から返ってくる言葉はいつも一緒。いい加減腹を括れ、諦めろ、甘えるな、そんなひどいことばっかり言ってくる。今だって、わたしが苦しくてつらいのに自分ばっかり畑仕事に専念してちゃんとわたしの言葉聞いてくれない。

「もう嫌ッ!!」

 爪が短くなって、汚れるからって軍手を付けさせられたけど。それを脱いで地面に投げ捨てて家の裏にある森に向かって走り出す。あそこに行けばこの人たちだってわたしのこときっと探し出せない。その森がどうなってるのか知らないけど、隠れればどうにかなると思ってた。

「あっ、待ちなさい! 先生悪いけど野菜ここに置いていくわ!」

 そんな声が聞こえたけど、がむしゃらに走り続けた。ただ森の中って木がいっぱい生えてるし雑草も多くて小枝が腕に当ってピリッと痛くなった。最悪。田舎じゃなかったらこんな怪我もしないのに。

「はぁっ、はぁっ……い、いないよね」

 後ろを振り返ってみてもあの人はいない。足音も聞こえないからうまく逃げれたっぽい。よかったと思ったらどっと疲れてその場に座り込んだ。洋服、汚れちゃうけどでもこれ汚してもいいやつだし別にいいよね。

「あ、ちょこっとお金貰ってくればよかった……――なんの音?」

 なんか、ガサガサっていう音が聞こえる。あの女の人にしては音が大きいっていうか、そんな大きな身体じゃないんだからこういう音出るわけがない。そしたら、この音って一体どこから? 誰から?

 恐る恐る辺りを見渡してみるけど、こんなに木がたくさんあったら音がどこから聞こえてくるのかわかんない。なんだか、急に怖くなってきた。

「ヒッ?!」

 ガサッて、いきなり大きな音が聞こえたと思ったら、目の前に巨大なクマみたいなものが現れた。なにあのクマ、なんでおでこあんな禍々しく光ってるの? っていうか牙も爪も伸びてて普通のクマに見えない。

 っていうか、普通のクマでも襲われたら危ない。

 逃げなきゃって思うのに腰が砕けて全然動けない。ただ震えて物音を立てないようにって手で口を押さえてたんだけど、クマの目がこっちを向いた。わたしと目が合ったクマはどこかに目を向けるわけもなくてわたしをジッと見てる。やだ、怖い。怖いけど、動けない。それになんだか息苦しい。クマとの距離が近付くために呼吸がしづらくなってくる。

「キャーッ!」

 こっち見てるだけだったのに。仁王立ちしてたくせに急に四足歩行になってこっちに走ってくる。このままじゃわたし、死ぬ。クマに襲われて死ぬ。

 一体この世界に来て何回こんな目に合わなきゃいけないの?

 ギュッと目をつむったけど、それと同時に何かがわたしに抱きついた。びっくりして目を開けてみたら女の人がわたしを抱えて横に飛んでいた。その女の人の後ろには思いっきり腕を振り下ろしていたクマの姿。

「っお姉さん!」

 爪が女の人に引っかかったんだと思う。腕から血が出てるのが見えた。どうしよう、確か『聖女』って癒やしの力も使えたはずだよね? でも、わたし魔導師の人から一度もそのやり方を教わってない。わたしができるのは碑石を修理することだけ。

 わたしが何もできない間にわたしを背にかばった女の人は弓を構えて、真っ直ぐにクマのおでこにあった謎に光ってる石を撃ち砕いた。ぐるんってクマが白目を剥いて倒れそうになっているところ、今度はお腹に向かって矢を放つ。ドシンッ、と大きな音を立ててクマは仰向きに倒れた。

「まったく、世話を焼かせるわね」

「ハァッハァッ、苦、しいっ……」

「魔物の『呪』に当てられたのね。前にも言ったでしょう? あなたは『呪』の影響を受けやすくなっているって。『呪』はつまるところ人の『負の感情』、都心部に行ってしまったらあなたは負の感情をもろに受けてまともな生活ができなくなってしまうわ。だから田舎で療養するしかない。そう説明したでしょ?」

「エリーさん、大丈夫ですか?!」

 家の方向から眼鏡の人が慌てて走ってくる。そうだ、わたしも呼吸がしづらくって苦しいけど確かこの人はわたしを庇って怪我をしたはず。滲む視界で腕を見てみたらそこからぽたぽたと止まることなく流れてる。

「私は大丈夫よ。それより先生、先にこの子を治してあげて」

「……わかりました。失礼します」

 眼鏡の人が私の前に座って手を取って、何かをしている隣でお姉さんが怪我をしたところを薬塗って布巻いてって自分で手当てしてる。なんで手馴れてるんだろうとか思ってる間に段々と息苦しさがなくなって、手が離れた時はちゃんと呼吸ができるようになっていた。

「馬鹿ね。森には魔物が出るって説明したでしょう? 聞いてなかったの?」

「……聞いてなかったです。ごめんなさい」

「……はぁ。取りあえず戻るわよ」

 お姉さんの溜め息に身体がビクッと跳ねる。もしかしてわたし、追い出されちゃうのかな。あの家から追い出されちゃったら本当にどこにも行く場所がなくなっちゃう。でも追い出されちゃうようなことをしたのはわたしだし、逃げたせいでお姉さんに怪我させちゃった。きっと怒ってる。

 涙が出てきそうになって、鼻水まで出てきそうになって急いで鼻をすする。グズグズとした音が聞こえてもう悲しいやら自分が情けないやら、わけわかんない。涙だって止めることできなくなっちゃった。

 必死で手で涙を拭いてたら急に左手があったかくなって、ボロボロと泣きながら顔を上げてみたらお姉さんがわたしの手をしっかりと握ってくれてた。

「もう、ほら擦らないの。目も鼻も真っ赤になってるじゃない」

 家にたどり着いたらわたしは席に座らされて、わたしの前で身を屈めたお姉さんがまだ目を擦ってるわたしの手をやんわりと止める。腫れた目には蒸されてあたたかいタオルが当てられた。

「ごめん、なさい……わたしのせいで、お姉さん怪我してっ……」

「この程度かすり傷よ。本当にもう、ピーピー我が儘言うわりには泣き虫なんだから」

「泣き虫じゃっ……」

「どの口が言ってんのよ」

 だってわたし、元の世界でもこんなに泣いたことなかった。つらいことがあんまりなかったっていうのもあるけど、嫌なこととか悲しいことがあってもスマホとか動画とか見て気を紛らわせてたから。でもこっちはそんなものないし、放っておいたら涙が勝手に出てきちゃう。

 はぁ、ってまたお姉さんの溜め息が聞こえた。やっぱり呆れられた。わたしここから追い出されちゃうんだって、そう思うと折角止まった涙がまた流れてくる。ほんと、お姉さんが言う通りわたしいつの間にか泣き虫になってる。

 また怒られるんだろうなって身構えてたわたしに、すごくいい香りがしたかと思ったらお姉さんに抱きしめられていた。

「我が儘言うのも泣き虫なのも、ただ寂しいからでしょ」

 そう言われてパチパチと瞬きした。寂しい、一瞬その単語が何かわからなかったけどそれがなんなのかわかった瞬間、ドバっと涙が溢れてきた。そう、寂しかった。王様はわたしのこと心配してくれてるって思ってたのに。他の人たちもわたしのこと必要としてくれてるって思ってたのに。まったく、そんなことなかった。誰もわたしの心配なんてしてくれなかった。

「うっ……うわぁあああっ」

 まるで子どもみたいにわんわん泣くわたしに、お姉さんは文句も言わずにずっと背中を擦ってくれていた。


「さてと。あなたがちゃーんと理解するまで説明するわね?」

「ふぁい」

 泣きすぎて目も鼻も痛い。でもちゃんと座ってお姉さんに向きあえば、お姉さんも真っ直ぐに私を見てくれる。

「あなたがここで療養しなきゃいけないのはわかったわね?」

「ふぁい……でもなんで、農作業しなきゃいけないの?」

「タダ飯食わせると思ってんの?」

「ひえ」

 元から眼力があるからギュンッて目を見開かれたら尚更迫力があって怖くなる。

「基本自分のことは自分でやる。それに健康な身体には健康な精神が宿るって言うでしょ? あなたが『呪』に対しての抵抗力を上げるには運動が必要よ」

「身体を動かすための農作業?」

「そう。ちゃんとわかってるじゃない」

 だからってわたし別に田舎暮らししていたわけじゃないから農作業なんてやったことなかったし。やっぱり汚れるのにまだ抵抗あるし、何より爪の間に土が入るのが嫌だったんだけど。でも理解したわたしをお姉さんが「いい子いい子」って言いながら頭ナデナデしてくれるから、何も言えなくなった。褒められるのって、いつぶりだろう。

「ところでミサキさん、貴女は癒やしの魔法を使えるんですか?」

 あったかい飲み物をわたしとお姉さんに手渡していた眼鏡の人がそんなことを聞いてきて、ブンブンと頭を左右に振る。多分使えるとは思うけど、使い方を教わってこなかったと言ったら眼鏡の人は苦笑いしてお姉さんは頭を抱えた。

「家庭教師が必要ね……まぁ、あなたが学びたかったらの話だけど。使えた方があなたの為になるとは思うけど、どうする?」

 王様から、魔導師の人から学ぶ必要はないって言われてた癒やしの魔法。でもそれがあったら、もしお姉さんが怪我した時わたしが治せるんじゃないかな。

 急いで何度もコクコクと頷いたらちょっと頭を振りすぎたのか、お姉さんが苦笑しながら「そしたら準備するわね」と言ってくれた。

「それじゃ今後もあなたは治療と畑仕事を頑張ること、そして魔法を学ぶこと。いいわね」

「うん」

「逃げ出したらきっついお説教が待っているからね?」

「えぇ~? 優しくしてよぉ……」

「優しくしたらあなたの為にならないの。ほら、折角先生がお茶を淹れてくれたんだから飲みましょ」

 これお茶だったんだ、って思いつつマグカップを持ってちょっと匂いを嗅いでみたら、なんだか紅茶っぽい匂いだった。美味しそう、って思って飲んだら確かに紅茶だった。ただちょっと砂糖とミルクが欲しいかな。

 眼鏡の人はわたしたちが喋ってる間にせっせとお姉さんの傷の手当てをしてたみたいで、汚れた包帯とかを外にある水場に持って行こうとしていた。その後ろ姿をなんとなく眺めてみる。わたしがその『呪』とか言うやつを治してくれたのがあの人らしいんだけど……気絶して、目を覚ました時あの人が目の前にいても全然ときめかなかったんだよね。

「ちょっと」

「なにー?」

「全部声に出してるわよ」

「へっ? あっ、ごめんなさーい、悪気はなくて」

「悪気があってもなくても私は今からあなたにデコピンをするわ」

「なんでぇ?!」

 そんなの、タイプとか人それぞれじゃん?! ただあの眼鏡の人がわたしのタイプじゃなかったっていうだけの話しで……! とか思ってる間にデコピンされた! ペシッてかわいいもんじゃなくてわたしの頭後ろにもげるかと思うほど勢いあった!

「いったーい! 手加減してもいいじゃん!」

「ふん、小娘が先生の魅力に気付くことができるのはまだまだのようね」

 目をパチパチしてジッとお姉さんを見てみる。椅子に座って足組んで、優雅にわたしと同じ紅茶飲んでるけどなんでかバックにバラが見えた。

「なんだか、悪役令嬢みたいな言い方」

 そうそう、まさにヒロインをいじめる悪役令嬢。ってことは今わたしはヒロインになるのかな? まぁこの世界でわたしは誰のヒロインにもなれなかったけど。

 わたしの言葉に目を丸くしたお姉さんはゆっくりと目を細めて笑顔を作った。わぁ、そのひんやりとする感じがまさにそうだ。でも不思議と嫌な感じはしなくて寧ろ似合ってるって思わず拍手しちゃった。

「そうね、髪を伸ばしたらまさに悪役令嬢でしょうね」

 なんだか楽しそうにクスクス笑うお姉さんにわたしはその理由がわからなくて、首を傾げながらおいしい紅茶をゴクゴク飲んだ。

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