第371話 こだわり

券売機で食券を買い、壁際の一番端の席に腰を下ろす。


店員が水の入ったコッピとピッチャーを持ってきたので、

そのまま食券を手渡した。


ガラス張りの壁越しに、駅構内の様子を何気なくボーっと見つめる。


スマホで電話をしながら足早に駅のホームへ向かう三十代くらいの

サラリーマンもいれば、足取りがおぼつかない中年の男性もいた。

きっと飲み会帰りなんだろう。


また、改札口付近では初老の女性が駅員と何やら話し込んでいるようだったが、

女性がお辞儀をして構内のエスカレーターに向かっていった様子から、

何かしらのトラブルが解決したのだと思われる。


別に人間観察が好きというわけではないが、

こうやって店の中から他人を眺めていると

それぞれ三人の物語を同時に見えているような気分になる。


もちろん彼らは同じ舞台に立っている演者という訳ではないので、

ほぼ交わることのない関係性なのだが、

それぞれが自分だけの物語をもっていて、

同じ時間・空間に自分の物語とは関係のない登場人物とすれ違うというのは

普通の小説ではまずあり得ないことである。


そう考えると人生という物語は全く持って予想がつかないものなんだろう。


そして、当然その物語の中では良いこともあれば悪いことも起こる。


思いがけない人物との出会い、想定外のイベントの発生等、

その比率に多少の個人差はあれど自分の人生に何かしらの影響を及ぼすはずだ。


結局、個々人の捉え方次第になると思うが、

それが自分の人生にとって起こるべくして起こった出来事、

予め決まっていた筋書きだと考えることができれば、

ある程度のことは許容できるんじゃないだろうか。


人生の主人公が自分自身であることは否定しないが、

とどのつまり、主人公はどこまでいっても自分の人生の作家にはなり得ない……

ということなんだと思う。


そんな取り留めのないことを考えていると、

注文したチキンカレーを店員が運んできた。


スプーンを手に取り、早速一口食べようとした火月だったが、

テーブルの端に置かれた黒い容器が視界に映る。


とりあえず一口だけカレーを食べた火月はスプーンをトレーに置くと、

その黒い容器の蓋を手に取る。


『なるほど……』


容器の中には大量の福神漬けが入っていた。

おそらく、客の好みに合わせて自由に取ってもよいシステムなんだろう。


別に福神漬けが特別好きという訳ではないが、

火月はこういった自由に取っても良いものに関して、

必ずスプーン一杯分くらいは入れる……という変なこだわりがあった。


それは牛丼屋の紅生姜や回転寿司のガリも例外ではない。


追加で福神漬けを投入し、黙々とカレーを食べることに専念していた火月は、

少し離れたテーブル席で喋る若いカップルの会話を耳にする。


「これだけ探しても見つからないんじゃ、もう諦めようぜ」


「え~!ここまで来たんだから最後まで付き合ってよ~」


「占い屋なんて探せばその辺に沢山あるだろ?」


「その辺にある占い屋じゃダメなの!

 友達に聞いた話だと、その占い師さんが凄く当たるみたいでね。

 私たちの相性とか将来のことも見てもらった方が絶対に良いって!」


「いい加減めんどくせぇな、ほんとお前って占い好きだよな」


別に聞き耳を立てていたわけではなかったが、

彼らの声量があまりにも大きかったので会話が聞こえてまった……

ということだけは明言しておこう。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            『占い……か』


カップルの会話の中で出てきた「占い」というキーワードを聞いた火月は、

藤堂との数時間前のやり取りを思い出したのだった。

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追偲の扉 八嵜 瀬奈 @giruzard35

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