第370話 気まぐれ

残業で会社を出るのが遅くなった火月は、

そのまま外食をして帰ることにした。


もちろん、ねぎしおには今しがた連絡をしたところである。


電話越しに何やら不満を漏らしていた気もするが、

冷凍庫に保管してある新作の唐揚げの存在を伝えたところ、

有無を言わさず電話を切られた。


きっと今頃、電子レンジを駆使し

唐揚げで腹を満たすことで頭が一杯になっているのだろう。


自分が帰るころには機嫌が直っていることを祈りつつ、

右手に持っていたスマホをポケットにしまった火月は

ビルのエントランスホールを抜けて外に出る。


いつも通り七七四屋ななしやで夕飯を済ませてようと思っていた火月だったが、

駅の改札に入ったタイミングで今日が定休日であることを思い出す。


このまま電車に乗って自宅の最寄り駅で降りたとしても

他に外食できる店を知らなかった火月はどうしたものかと周りを見渡していると、

駅構内の端っこにあるカレーチェーン店が視界に映る。


通勤時に毎日目にするので店自体はそれとなく認知していたが、

人通りの多い駅の中でわざわざ食事をすることに抵抗のあった火月は、

自分が通うことは無いだろうと思って今までその存在をスルーしていた。


だが、今日にいたっては

そのカレーチェーン店で夕飯を済ませるのも悪くないかもしれない……

という考えが頭の中をよぎる。


心境の変化の理由は主に二つ……。


一つ目は、先ほど言った通り七七四屋以外の店を知らないということである。

おそらくネットで調べれば直ぐに他の店を見つけられるかもしれないが、

今はその手間すら面倒だった。


二つ目の理由としては駅構内の人通りが少ないということだった。

現在の時刻は午後十時を回ったところなので当然と言えば当然かもしれないが、

普段帰宅する時間よりも遥かに人通りが少ない今の状況は、

火月の駅構内での食事に対する抵抗感をやわらげていた。


カレーチェーン店の壁はガラス張りとなっているため、

店内にほとんど人がいないことは外から確認済みである。


これ以上ここで時間を潰しても仕方がないと判断した火月は、

プッシュボタン式の自動ドアの前に移動すると、

ボタンを押して店内に足を踏み入れた。

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