第151話 似た小説を読んだり

 水族館で、泳ぐ魚をじっくり見ていた彼女。水族館の後に寿司に誘っても何も言わずについてきてくれた彼女。出てくるものすべてに「美味しい」「きれい」「唐揚げまである」とはしゃぐ彼女。

 今日一緒にいた間、ずっと彼女は、いつもは見せない姿を見せ続けていた。

 いつもは反抗的な目つきにぞくぞくしていた私は、思いもかけない一面に面食らう。今日のこの子は、たぶんちょっと私に誘われたことを面倒だと思っている――でも、楽しんでもいるのだ。

 たまらない。

 食べ物というのはこんなにも人の心の壁を崩してくれるの? こんなに可愛い顔をして。ちょっと水族館にきてご飯を一緒しただけで、こんなに近づけるなんて。

 おかしい。いいのこれで? なにかの罠なんじゃないの?

 急に怖くなって、仕事上の注意をクドクドとし始めたら、やっといつも通りの嫌そうな顔になった。私は通常営業のその表情に安心する。「もういいですか」と面倒くさそうに言われてぞくぞくする。そして、もう一度また、素直に、純粋に楽しんでいるだけの表情が見たくなる。嫌な顔をされて安心したけれど、なにか勿体ない気持ちに後ろ髪をひかれる。


 いいのよ。そんな顔していてもいいわ。

 きっとあなたは、パスタやうどんやお好み焼き、焼肉なんかは他の同僚とも食べにいくでしょう。でも、こんなふうに水族館に一緒に行って、個室でここまでの高価な寿司を二人きりで食べることは、頻繁ではないはず。

 もしも私が食べられる雑草や山菜に詳しければ、そういうものを教えながら一緒に出掛けたりするのが一番心に残るんでしょうね。雑草のように無料ただであれば、何度でも誘える。

 でも私にはそんな知識も経験もないから、金の力で一晩の「二人だけの特別な時間」を得ただけのこと。

 ああ……明日から、お弁当にモヤシを増やしましょう。知識なく雑草を食べてお腹を壊してもいけないのよ。モヤシのレシピを増やすわ。モヤシ料理の知識と工夫で私の愛を証明するの!


 解散してから、やっぱり彼女のまた新しい表情を引きだしたくなって、引き返す。呼びかけ、振り向いた彼女に、おみやげ屋で買った大きなフグのぬいぐるみをおしつける。

「え、これ……」

 とまどったように彼女が口ごもる。

「先輩が、自分用に買ったものでは……?」

「似てるわ」

 そう言って、フグのぬいぐるみと彼女の顔を見比べる。

「フグってちょっと可愛いというか、面白い顔してるものね。ちっちゃくて、膨れてて。今日寝たら、夢でこの顔が、行列になって並ぶでしょうね」

 頬がぷうと膨れる。なんて可愛い……! 彼女が抱きしめているフグのぬいぐるみとの近似性がみるみるうちに高まっていく。やがて、同じくらいの膨れっ面になった。思わず口元が緩む。その手に持っているフグ、まるで双子のようよ! そのまま彼女の頬を挟むと、さらにフグのような顔になった。ピタン、と軽く挟んで頬を潰すようにする。

「いたっ」

 手のひらに感じる、もちもちとした感触。思ってもいなかった柔らかさ。

 また嫌そうな顔になった。面倒くさい私を、もうこの人はしょうがない、と諦めて見上げるような表情だ。

 ああ、たまらない……!

「似てる……、似てるわ……」

 知っている? 水族館は百合カップルのメッカよ! ペンギンが泳ぐ水族館だろうが、川魚専門の水族館だろうが、病院の水槽だろうが、活魚専門店の生け簀だろうが、祖母宅の金魚鉢だろうが――、泳ぐ魚のような気持ちになって同じ空間で自由に二人の心が漂えばそれでいいの。



「うん。似てるわ……」

 

 思わずつぶやく。

 

 おつぼねぷりんの書いた小説に、自分以外のコメントが久しぶりについていた。

 わたしのコメントとおつぼねぷりんの返信のあとに、もう一人、コメントを入れる人間がいたのだ。


 @syakaijinyurilove:実はさっき、おつぼねぷりんさんとほぼ同時に、ものすごくシチュエーションが似たシーンを私も書いてしまっていて。こちらに読みに来たら同じような流れで、キスまでしているので、なにか、ああもう、マサコさんの気持ちが手に取るように感じられてしまって。今回のキスシーン、読んでからずっとドキドキしています……!


 ものすごくシチュエーションが似たシーン?


 この「@syakaijinyurilove」、見覚えがある。小説を「書く」側の人間だ。前におつぼねぷりんへのコメントから飛んで読みにいったら、思った以上の変態ワールドが広がっていて、そっ閉じしたヤツだ。

 またどうせ、そっ閉じするんだろうな、と思いながら、似たシチュエーションというのが気になって「社会人百合ラブ」の小説の最新話を読みに行った。

 

 確かに、「フグ」が使われている。「頬を挟む」という点も一緒だ。似ているといっていいだろう。前に読んだときより、小説に落ち着きがでている気がする。以前は変態くさいなとしか思わなかったのに、一か所だけきゅんときた一文があった。


 ――「でも私にはそんな知識も経験もないから」。


 いいな。これ。


 金の力でどうこうと書いたうえで、自分の弁当にはモヤシを入れる、というのも、何とも庶民的で好ましい。

 水族館は百合カップルのメッカ、か。そういえば、少し前に読んだ百合小説も、だいぶ前に読んだ百合コミックも水族館でデートしている。……水族館のシーンが出てくる百合作品はいくつも思い出せる。百合作品のデート、なぜこんなに水族館が多いのだろう。


 ふと、おつぼねぷりんと万が一、デートするような事があったら、水族館に誘ってみるのもいいな、という考えが浮かんだ。デート先として百合でよく出てくる、というような話をして、水族館の何がそこまで百合作家を惹きつけるのかなんて話をしたり――。


 そんなことを考えると、心臓が泡立つような感じがした。


「ん……?」


 デートの連想から、あおいと出かけることを想像するよりも先に、本当に自然に、「おつぼねぷりんとのデート」を想像した自分に驚いた。


 もちろんデートといっても、手を繋いだりキスしたりといった所まで想像したわけではない。「既に付き合っている」状態のデートを想像したわけではないが――わたしはいま、完全に浮ついた感覚で、「いつかは付き合う相手」ぐらいの距離感で、おつぼねぷりんとの水族館を想像しやしなかったか?

 「100日後に〇〇するカップル」みたいなタイトルで、その〇〇には「交際」の文字がハッキリと入るような感覚で。

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小説書きさんと、ふたり 銀色小鳩 @ginnirokobato

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