第4話
なぜ? どうして?
そんな言葉が何度も幸彦の脳裏を去来しました。
目前で起きていることが信じられませんでした。
自分は勝ったはずなのに。
救った姫君から祝福の口づけを授かるはずであったのに。
なぜか乙姫は唇から血を吐いて裸身のまま死にかけているのです。
懸命に何かを伝えようと彼女の口元が動いています。
幸彦が耳を寄せると、どうにか次のような単語が聞き取れました。
「展望台、そこに、玉手箱、行って」
言い終わると姫香の細く美しい首がガクリと垂れ、そのまま動かなくなりました。
いったい、なぜ?
痛みすらも越えた失望と喪失の中、幸彦は覚束ない足取りで展望台を目指したのです。
竜宮亭の最も高所にある展望台。
そこより眺める夜景は素晴らしいものでした。
満月に照らされて輝く川の水面と、風に揺れてざわめく遠方の雑木林。
まるで自分が神になったような心地だったでしょう。
タイル張りのテラスにそれは置いてありました。
紅白の飾り
どうなろうと構うものか。
浦島太郎のように捨て鉢な気持ちで幸彦は
すると中には三方台に乗せられた赤餅と手紙が入っていたのです。
老人のように虚ろな目つきで幸彦は手紙の封を切りました。
『かつて私は祖父に尋ねました。赤餅はなぜ赤いのか? すると祖父は笑顔でこう答えたものです。人魚の血肉が入っているから赤いのだよ』
冒頭を読んだ瞬間、全てが一本の線となり繋がった気がしました。
人魚の肉、不老不死、祖父の赤餅、ミイラの盗難、職場の溺死事件。
階段の手すりにかけられた着衣、落ちていた眼鏡。
そして目が悪い怪物。
不老不死など人の身で叶うはずもなく。
もたらされたのは結局、異形と狂気だけだったのです。
『原典の
―― だから何だよ?
『ハッピーエンドですね。ただしそれは現世だと叶わぬ
ああ、展望台の脱出経路とはそういう意味でしたか。
それではここからエンドロールですね。なんたるB級映画だ。
『同封した赤餅は祖父の教えをもとに私が「同じ材料」で作りました。それを食べれば貴方もまた
貴方はさっき死んだでしょう?
不老不死だから死など平気なのですか?
それとも、竜宮城とは「
つまり人の世とは異なる死後の世界を示しているのですか?
せめて、あの世で結ばれたいと?
『あるいはこんな書置きを残す狂人のことなど忘れてしまい、現実に向き直るのも良いでしょう。夢見がちな貴方にそれが出来たらの話ですが。忘れないで、貴方は浦島ではないのですから。乙姫と添い遂げるかは貴方が決めること。それでは良き旅路を』
―― そう、俺の名前は羽山幸彦。
名に隠れているのは
日本神話の山幸彦は、竜宮城を訪れて龍王の接待と姫(豊玉姫)の
つまりは、先輩の「見立て違い」って奴っすよ。
俺なんかに
竜宮城も、不老不死も、乙姫も。
戻って来た痛覚を
―― これからもずっと一緒だと思っていました。
手紙を千切って投げ捨てると、夜風にのって断片が飛んでいきました。
それはあたかも春を告げる桜吹雪。
真冬の廃墟キャンプが、いま終わりを迎えたのです。
その翌日、天候は急激に悪化し崖崩れが竜宮亭を襲いました。
真相は全て水底へと葬られたのです。
凡人に相応しき静かな幕切れなれど、幸彦は満足でした。
自分探しの旅、その果てにあったのは ――ただ夢から覚めた等身大の
竜宮城から飛び降りて 一矢射的 @taitan2345
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