五十九話 戦力の集中は基本である
神聖カロリング帝国の魔法学園は貴族子女や魔力の高い者が通う歴史ある学園です。広い帝国のあらゆる場所から子供が集まるため全寮制となっており、寮を含む学園の部外に対するセキュリティーは保護者からの寄付金をふんだんに使用し、帝城に次ぐとすら言われるほどのものとなっています。
そんな学園で発生したイングリット嬢の失踪事件は即座に箝口令が敷かれました。これは隠蔽ではなく混乱を防ぐための措置です。アンジェリークからの情報提供の後に事実確認を行った学園長は帝国宰相と親であるオストフリースラント侯爵に早馬を跳ばし、胃を抑えながらフラフラと陣頭指揮を執っていました。
「いやまさか一切保身に走らず外部を頼るとは」
「私の言ったとおりだったでしょう」
驚くマリアンネにアンジェリークがしたり顔で言いました。事が事だけに事実の隠蔽を危惧して自分たちでの調査を皆が主張しましたが、アンジェリークだけは学園長にまず報告をしようと主張し、それを押し通したのです。
今後コイツ以上はないと教員達に断言されている問題児アンジェリークは公爵令嬢という地位と起こす問題が大きすぎが理由で教員では対処出来ないと判断されて学園長が対処しています。ゆえに学園長と対話することなどなく卒業する生徒が多い中でアンジェリークは定期的に会話をしています。
「学園長の教育者としての能力は分かりませんが、人間性は信用できます。あの人は生徒の事を第一に考える人です」
散々迷惑をかけているにもかかわらず一切見捨てる素振りなく、衛兵と揉めそうになったら全力で駆けつけてくるのが学園長です。自身がどれだけ迷惑をかけているのか分かっているからこそアンジェリークは学園長を父並みに尊敬しています。その気持ちを学園長が知ったらだったら配慮しろよブチ切れるでしょうが。
「学園長の動きも意外ですけど、殿下が動かないのも意外です」
チラリとマリアンネが見た方向では皇子がむっつりとした表情でジッと座っていました。ベティーナが来てからすぐは積極的に動いていましたが、学園長に伝えた後はいつもの教室でジッと座っています。皇子に釣られるように他の皆も教室に集まり、青い顔のベティーナを励ましたりしています。
「私もそれは意外でしたね。探しに行こうとするものかと思ってました」
「ハットリが動いている。俺が動くのはハットリが帰ってきてからだ」
皇子はむっつりとした表情で答えました。答えが来るとは思っていなかったマリアンネがビクリと驚いています。
「ハットリ様に捜索を頼まれたのですか」
「外の捜索だけじゃない。リズィ以外にも行方不明の生徒がいないか調べて貰っている」
「……リズィ?」
「アンジェ様、今はそこを弄るタイミングじゃないですよ。イングリット様が無事に帰ってきてから弄りましょう」
「婚約者を渾名で呼んで何が悪い」
アンジェリークとローザに容赦なく弄られた皇子はむっつりから顰めっ面へと変貌を遂げました。
「いなくなったのがリズィだけとは限らん。教団が何を考えてこんなことしたのか分からんからとにかく調べる必要がある」
「……その教団なる者共がイングリット嬢を攫ったと殿下は考えておられるのですか?」
ベティーナが俯いていた顔を上げて開き直った皇子に問いかけました。皇子はうむと頷きます。
「まあだが、根拠はない、消去法だ。イングリット嬢を誘拐したがる奴は星の数ほどいる。美しい女性だし家は侯爵、金が期待できるからな。だが、学園の警備を突破できる存在となると一気に絞られる。それにだ、外から入って暗殺なら可能な人間はいるだろうが中の人間を誘拐するとなるとできるに人間は……アンジェリークかハットリぐらいしか俺は知らん。そしてその二人でも侵入に気付かれずに侵入するのは無理だ」
この学園のセキュリティは帝城に次ぐ代物です。姿を消して人間に見つからずとも侵入したことは魔法で探知されるのです。設置に金が掛かって運用にもそこそこ金が掛かるため帝城か学園ぐらいでしか使われていない魔導具ですが。
「だが、入って連れ出すのではなく、中の人間がこっそり連れ出すのであれば難易度は格段に下がる。あくまで侵入を防ぐためのものだからな。だから中に入れる人間は厳選に審査する、とハットリが言っていた」
「その厳選な審査を通り抜けた者がいるわけですか」
「まぁ、学園はあくまで教育機関だからな。諸外国のスパイへの対処にも限界がある。だが、リズィの誘拐は連中の仕業とは考え辛い。動機が全く閃かんからな」
帝国は大陸最大にして最強の国家です。周辺諸国は帝国に対抗するための団結を主導したいがために足並みが揃いません。そんな中で帝国の上位貴族に真っ向から喧嘩を売るような行為に走る可能性は限りなくゼロです。隣の小国にちょっかいを出す阿呆はいても下手すれば叩きつぶされかねない帝国に喧嘩を売ろう考える阿呆はまずいませんし、いても周囲が賛同しません。ゆえに学園にいるスパイは情報収集が目的であり、学園もハットリ家もそれを理解してある程度は見逃していたりします。
「つまり、できそうでやっても不思議じゃないのが教団のみだ。貴族ですら毒されていた者がいたからな。学園にもいる可能性は十分にある」
「私は学園関係者全員調べてますが、信用できませんか?」
「ローザの能力に疑問はない。ただ、信者が全員体を変質させられているとは限らんだろう。教会にだって治癒術を使えない信者がいるのだからな」
なるほど、とローザが頷きました。治癒術を扱える信者というのは信仰に傾倒しすぎている、要は狂信者とも言える存在だったりします。この世界の教会の聖書は執筆に神がガッツリ関わっているため解釈違いが起きる余地がなく明確に書かれており、しかも意図的に読み違えようものなら治癒術が使えなくなるというおまけ付きです。そのため、帝国や他の国の法律の大元となっていたりします。そして狂信者ではありますが、神がガッツリ管理しているために狂信者であるほどに人間性が善良というある種の矛盾が生じているのです。
「そんな恐ろしい集団にイングリット様は……」
ベティーナは今まで以上に顔色を悪くしました。教団の事は知らずとも会話の内容からクソヤベえ連中だということは分かります。それを見ていたローザがふとアンジェリークに訪ねました。
「教団はイングリット様を攫ってどうするつもりなんでしょうか? 攫ったのですからすぐに殺す訳ではないでしょうし……洗脳でもして教団員に仕立て上げるつもりでしょうか?」
「それはないでしょうね」
容赦ないローザの疑問をアンジェリークは即答で否定しました。皇子もアンジェリークに同意します。
「洗脳ができるならとっくに帝国は乗っ取られている。なんでやらんのかは知らんが」
「その辺りは教会と同じでしょうね。教会の治癒術に信仰という制限があるように、教団の術にも何かしらの制限があると考えられます。恐らく信仰だとは思いますが」
「邪神と言えども神は神か……厄介極まりない」
「ええ、邪神の狂信者など厄介以外の何者でもありません」
力強く頷くローザをベティーナ以外は何とも言えない表情で見つめました。アンジェリークという常識をオセロの如くひっくり返しまくる存在と身近にいながら信仰を一切ブレさせることなく、それどころか常識破りを受け入れてなお信仰を曲げない彼女は紛うことなき狂信者。そんなローザの信仰を見ると、教団は盗賊や敵国と違い最後の一人まで抗うのだろうと理解ができてしまうのです。
「まあとにかく、理由は分かりませんがイングリット嬢が今すぐなにかされる可能性はかなり低いです」
「ハットリが戻ってきたら即助けにいくがな。俺とローザとアンジェリークとハットリで」
「……他は足手纏いですか」
オリバーが悔しそうに言いました。マリアンネがチラチラと見ながら彼の袖を引っ張ってる辺り逆光源氏教育から逸脱している行動のようです。オリバーの変異に意外そうな視線を向けながら皇子は答えます。
「敵の本拠地に行くからある程度の実力が求められるというのはもちろんあるが、お前達にもやって欲しい事はある。リズィは陽動で本命が学園の可能性もある。そうであった場合はミコトを中心に学園を守って欲しい」
教団は学園から上位貴族の令嬢を誘拐できるほどに学園に侵食しています。それがゆえに内部の事情にも当然詳しく、学園における教団への脅威をどうすれば遠ざけられるのかは分かるでしょう。まさに今の状況がそれに当たるのです。ぼんやりと話を聞いていたミコトは突然主役に立たされて目を白黒させました。
「学園の教員にも騎士並に戦える者はいるが初見で教団を相手にするのは厳しい。だが、ミコトであれば対処出来る。だからこそミコトを確実に守っていて欲しい」
「チョット待ってください、皇子かアンジェ様が残るとかはできないんですか?」
「できるできないで言えばできますけど、戦略的に駄目ですね。半端をすればイングリット様も助けられず学園も守れないという結果になりかねません。少数精鋭でイングリット様を短時間で助けだして貴女達が時間稼ぎしている学園に戻って前後から殴りつけるのが一番です」
「そうですか……」
ミコトは不安げに眉を下げました。そしてちょうどそのタイミングでハットリ君が帰ってきました。
転生!? 蛮族令嬢! ✝漆黒の陽炎✝ @sikkokunokagerou
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