#02

 どうやら僕は誘拐されたらしい。

 

 ロジオンとともに道路に転がった僕は、猛スピードでつっこんできたオンボロ車に押し込められた。タイヤのついた旧時代の遺物が今も走っていることに驚いた。


「だから言ったじゃん!ひとりで行かないほうがいいよって」


 ロジオンとともに、僕を車に引きずり込んだのは、僕と同じぐらいの年齢の少女だった。二十歳にはなっていないはずだ。

 彼女は僕の腕の関節をとると、ロープでぐるぐる巻にして、頭から麻袋を被せてきた。

 彼女は僕を簀巻すまきにしている間中、ロジオンに小言を言い続けていた。


「リングレン高等大学院でしょ?街の中心部じゃん!潜入とか超ムズいっつーの!しかも、国家期待の重要人物なんだから、ムッチャマークされるって!」


「だから潜入なんてまどろっこしいことしてねぇだろ?正面突破だ!正面突破!!」


「正面突破にも程があるでしょ!?」


「じゃあ、どうしろっつーんだよ!?」


「しかも、ロジオンはジル相手だとムキになるだもんなぁ」


 少女の小言に反論したロジオンに続いて、少年の声がした。

 袋を被せられているから分からないが、車を運転していたのが少年だったから、彼なのだと思う。まだ声変わりもしていないきれいな声だ。


「そうそう!元カノのことまだ好きなんだっていうねー。もう人妻になってるっていうのに、未練がましいったらありゃしない!……手当するから、コート脱いで!」


「べ……別にムキになってねぇだろ!?てか、って!」


「いい加減、忘れればいいのにねぇ。楽になるんじゃない?」


 少年が苦笑い混じりに言った。


「過去の栄光だっていうのにね!」


「ニナ!相変わらずキツい!」

「過去の栄光ってどういうことだよ!?」


 ニナと呼ばれた少女の言葉の後に、少年の笑い声とロジオンの声が同時にした。


「だって、ホントのことでしょ!?……はい!手当終了!」


「だから、痛ぇって!!!俺はなんだぜ?もっと丁寧に扱えよ!」






 腰には縄。手錠を掛けられ、僕はソファに座らせられた。


「手荒な真似をして悪かったな」


 頭に被せられていた麻袋が取られたが、僕にはここがどこなのか分からない。

 車に乗っていた時間と、舗装されていない道路を走ったという感触から、郊外に出たんだとは思う。

 コンクリート打ちっぱなしの無機質な部屋の中央に僕は座っていた。頭上には裸電球がひとつぶら下がっていて、あたりは薄暗い。目の前には白いスクリーンが掛けられていた。


 人が動く気配がしたから左斜め後ろを見た。

 頭と左腕に包帯を巻いたロジオンが麻袋を片付けている。同じく左足を引きって歩いているように見えた。


「ケガ……再生しないんですか?」


 想定外の質問だったのか、ロジオンはちょっと驚いた顔をして答えた。


「俺はだからな」


 BB法が適用されていない大人を、僕は初めて見た。


「……30歳は超えてますよね?」


 恐る恐る念を押して聞いてみる。

 ロジオンは僕の顔をマジマジと見返して、笑った。

 それから


「俺は潜性遺伝子だったからな。脳のバックアップは不要なんだと。

 でも、身体は頑丈にできてるんだぜ」


と言った。

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