レベル・チャイルド

江野ふう

#01

 BB法――ブレイン・バックアップ法の対象上限年齢が30歳から25歳に引き下げられた。


 これにより、僕は25歳までに死ぬことになる。


 「死ぬ」と言えば語弊がある。

 正確に言えば、生身の肉体を失うことになる。

 僕の脳内データは25歳までにバックアップが取られ、AIによる自動学習が進められる。僕の脳データは、iPS細胞による再生可能な肉体へと移植され、再び蘇るのだ。

 こうして「僕」という人間は、AIが余程のエラーを起こさない限り半永久的に生き、老いることもなく働き続ける。






 朝、教室に入ろうとした時だった。

 

 ドゴォォォォォォォン


 派手な爆発音がした。パリンパリンとガラスが割れる高い音がする。

 後ろを振り返った僕に襲いかかるのは、瓦礫混じりの爆風――


 腕で頭をかばう直前、ベージュ色した爆煙の向こうには黒い影が見えたような気がした。

 それから、ブゥゥゥゥゥンという大きなエンジン音。段々と大きくなる。


「オーケ!」


 知らない女性が僕の名前を呼ぶ声がした。

 呼ばれた方を見たかったが猛烈な風――どこか燃えているのかも知れない。熱風から身を守るのがやっとだ。目を開けることはできない。


「オーケ・イェルハン!逃げて!!!」


「え……」


 頭上にパラパラと砂利が落ちる。思わず見上げるとヒビの入った天井が落ちようとしているのが見えた。

 

 ――逃げなきゃ……


 足がすくむ。


 ――下敷きになる!!!


 と思って閉じた瞬間、瓦礫は僕の頭上で爆発した。細かくなった石が降ってくるのを避けなければならない。


「お前がオーケか!?」


 今度は男の声がした。

 バイクに立ち乗りしていたその男は、両手で構えていたバズーカ砲をぐるんと回すと素早く背中に戻して、ハンドルを握り目一杯加速した。

 エンジン音が轟く。


「乗れ!!!」


 叫ぶよりも早く、バイクの男は、僕の腰を右腕で抱えていた。


 バイクは廊下を出て学校の外を走り出している。


「ロジオン!オーケを離しなさい!!!離さなければ――」


 疾走するバイクの後ろから、女性の声が聞こえる。

 「離さなければ」の後は聞こえなかった。代わりに、ロジオンと呼ばれた男が僕の後頭部の上で毒づく。


「離せって言われて離すかよ……」


 ガオンという金属音がした。

 同時に、ロジオンが右側に体重をかけた。僕の背中は地面すれすれのところで支えられている。

 弾丸がロジオンの左側頭部をかすめていった。


「ジルの攻撃は昔からワンパターンなんだよねぇ」


 ロジオンが、僕の身体からだを抱え直し、器用に体勢を立て直す。


「ま、前!!!!!」


 僕は思わず叫んだ。

 さっきジルと呼ばれた女性が放った弾丸が街路にはみ出した大きな木の枝を折ったのだ。枝がバイクの進行を遮る。

 僕を抱えているロジオンにはさっきみたいにバズーカ砲を構えて吹き飛ばす余裕はない。


「チッ」


 ロジオンは舌打ちながら全速力で道路を塞ぐ太枝にバイクで突っ込んだ。

 僕らはバイクごと前につんのめって宙を舞った。


 空が青い。


 宙を舞いながら、ロジオンが両腕で僕を抱きかかえた。

 僕らは道路に投げ出され、ごろごろと10メートルほど転がった。

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