#07

「ねえ、ロジオン。僕のお母さんのお墓、知ってる?」


 唐突な質問だったからだろう。ロジオンはちょっと驚いた顔をしたが、僕を母のお墓に連れて行ってくれた。

 僕はロジオンがさっきしていたみたいに両手を合わせて俯いた。


 母が亡くなった時、父は悲しんだだろう。

 一度死んだら、もう二度と会えないから。


 父は「妻に会いたい」「再生の必要はない」と言った。

 父は母を愛していたのだなと思う。自らの再生を終わらせてもいいと思うほどに。


 人類は、科学の進歩により、永遠に生き続け「死」を失った。

 人を愛し、子をはぐくむという自然の営みをも失った、終わりのない「生」。


 それは果たして、幸せなのか――


 その問いには答えは出せそうにない。

 でも、僕は生きてみたいと思う。

 明日死ぬかのように、全力で。


 父やロジオンが愛したように、僕もいつか、誰かを愛したいと思う。

 例え僕が死んだとしても、僕が存在したということが誰かの記憶に残って、いつか忘れ去られる日が来ても、僕の遺伝子が僕自身ではない子孫に脈々と受け継がれていくのは、そう悪くないような気がする。


「ねえ、ロジオン」


 僕は背後にいるロジオンに振り向きもせずに話しかけた。


「ん?」


「ジグリッド博士――お父さんの脳のバックアップデータがどこにあるのか知ってる?」


「いや」


「そっか」


 僕はロジオンの方に向き直った。


「……じゃあ、探すところから始めないといけなんだね」


「ジグリッド博士の頼み、聞いてやるのか?」


 僕は黙って頷いた。

 永遠の生は、永遠の死にも等しいのかも知れない。


 自らの研究に絶望し、愛する母を失った父の永遠の生があるのは酷だと思う。長い年月が経てば、父は母を過去のものとして受け入れ、別の女性を愛するかもしれない。仕事だって、別のことに熱中できるかも知れない。しかし――


 緩慢とした繰り返しを待つ人生は、幸せなのか。


「ロジオンも手伝ってくれる?」


「俺は高いぜ?」


「そこは、お父さんが払ってくれるんじゃないのかな」


 僕は笑った。

 自然に笑ったのは――感情が動いたのは、いつ以来だろう。




 僕は、リングレン高等大学院に戻る。

 研究機関に近づいて、情報収集を始めなければならない。


 25歳までにバックアップデータを取り、AIによる学習を進められた脳を、iPS細胞による再生可能な肉体に移植する世界。

 この世界の礎を築いた父の脳のバックアップデータを削除する。


 僕はこの世界に、反逆する。

 僕の脳が弾き出した答えだ。

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レベル・チャイルド 江野ふう @10nights-dreams

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