黄昏の洋館

雨音凜

不思議な世界の住人

不思議な世界の住人

 桜はすっかり葉桜となり風の香りも春から夏へと移ろい、眩しい太陽は木々の緑を美しく照らし出していた。そんな季節の出来事であった。

 翔平はとある地方都市の高校に通う読書好きの少年であった。彼の家は小高い丘の上にある青い屋根のしっかりとした造りの大きな屋敷である。

 その屋敷には代々伝わるちょっと奇妙な伝説がある。彼の祖母の話によると、その家には古くから時を超える鏡というヨーロッパ製の大きな姿見があり、その鏡には過去と未来を繋ぐ力があるという。

 翔平の祖母トシエはこの鏡の近くで古めかしい装いの美しい初老の婦人や、見たことの無い子供、はたまた戦時中の軍服に身を包んだ兵隊さんまで様々な人達を見かけたらしい。それはこの過去と繋がる鏡から現れた過去の住人であろう。 

 そんなある日翔平は自宅の本棚で古びた小説を見つけた。夕暮れの日差しが窓から差し込み部屋中を黄昏色に染めていた。どれ程時間が経ったであろうか。すっかり小説の世界に入り込んでいた翔平はふと、自分がいる部屋がいつもと、微妙に違っていることに気がついた。窓の外を見ると、舗装されていない道路に木製の電信柱。待ちゆく人々の格好はまるで、昔の映画に出てくる登場人物のようである。

 急に怖くなった翔平は思わず部屋を飛び出すと、そこには真っ白な白髪の美しい初老の婦人が少し驚いた表情でこちらを見ていた。すぐに何かを察した婦人はやがてその、時代には珍しいであろう赤い口紅をつけた小さめの口を開き翔平に問いかけた。

 「あなたはいつの時代から来たの?」婦人は時を超える鏡の存在を知っていたのだ。翔平は答えた「僕はこの屋敷の未来の住人です。どうやら時を超える鏡の存在をご存知のようですね」そういって翔平と婦人は互いに微笑んだ。

 緊張が解けたのも束の間。翔平の頭はこれからどのように元の時代に帰ればよいのか、不安でいっぱいだった。婦人はとりあえずお腹の空いていそうなこの少年に夕食を食べさせることにした。ビーフシチューにオムライス。この屋敷の料理人佐藤さんの自慢の料理が並んだ。「おいしい!」お腹の空いていた翔平はそれらを一気に平らげた。「さあて、これからあなたどうするの?帰り方は分からないんでしょう?」婦人が言った。黙ってうつむく翔平。

 「それにしてもあなたよく似てるわねぇ、うちの息子に」そう言うと婦人は一枚の写真を見せてくれた。そこには翔平とそっくりな顔をした軍服姿の少年が写っていた。

 「この間赤紙が来てね、もうすぐ戦地へ旅立つのよ。」翔平は何と答えてよいかわからずただ黙って、婦人の話を聞いていた。

 「明日息子がこの屋敷へ一時帰宅するから、会って見るといいわ」そう婦人は続けた。

 次の日「ただいま帰りました!」その威勢のいい声で翔平は目を覚ました。婦人の息子の俊二が帰ってきたのだ。いよいよ明日は出征の日だというので、挨拶に帰ったのだ。戦地へ赴く恐怖など微塵も感じさせないその勇敢な出で立ちに、翔平はすっかり感心した。僕だったら怖くて逃げてしまうだろうな。翔平は心の中でそう思った。

 その日俊二は出会ったばかりの翔平に様々な話を聞かせてくれた。家族のこと、この屋敷のこと、学校のこと、友達のこと等色々。そんな話を聞いていた翔平はこんな明るくて優しい性格の俊二を戦地へ行かせたくはないと考えた。「ねぇ、俊二君僕が君の身代わりに戦地へ行くよ」「何を言ってるんだ翔平君それはできない。」「いいんだ僕は元の時代に帰る方法もわからないし、君を戦地へ行かせて死なせるわけにはいかないんだ」そういって翔平は俊二を縛り物置へ閉じ込めた。

 次の日「行って参ります!」そう言って屋敷を出た少年は翔平であった。それから何時間かして、自力で縄をほどいた俊二が飛び出して来たが、翔平に追いつくことはできなかった。屋敷の部屋が黄昏色に染まる頃、古びた小説の中に戦地で傷付きながらも必死で生きようとする翔平の姿がそこにはあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黄昏の洋館 雨音凜 @ShiroUsagi24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ