09#プロローグ
真っ赤な
黄金の花びらを散らして、
あまりにも
イノリは
幹は太く、枝が
いつの間にか手から
「……クロ」
名前を呼んでも、返事はない。木の皮に
外の
今のイノリにわかるのは――自分の力では家族を助けられない事実だけ。
「……っ、ぁ……」
地上に、その泣き声は届かない。
一人の少年が腹の
桜の花びらはまるで竜の
エスカレーター付近で
母親が出ていった原因の大半は父親だが、その一部として「
告白どころが気持ちを
「パパの親友だから
裏切ったことに関しては、今までお世話になったという理由で不問。
なんだかんだでゴンゾーは
少し
背後から忠実についてくる鋼鉄の大型犬は、背中にぼろぼろになった鞄と魔女帽子を乗せている。
片方は
外見は小学生だが、中身は青春
ゴンゾーが
そう考えながらも、ジェーンの
止まったエスカレーターに、月光が届きにくい
父親のためにここまでやってきた。その他の
けれど決意が
決められないまま、最上階へと足を
黄金の花がカーペットのように
うつ
「ちょっ!? なにやって……っ!」
花びらの下には
血の
「ば、ばかっ!」
単純な
顔は青白いが、呼吸はあった。今すぐ死ぬような状況ではないが、油断はできない出血量。
少女の気配に気づいたイノリが、うっすらと
「ジェーン?」
「待ってなさい! ジョンには
鋼鉄の大型犬に
体格が小さいジェーンにしてみれば、イノリの手は大きかった。しかし体温が低く、かすかな
それでも痛みを覚える
「間に合わなかった」
泣きすぎて目元は真っ赤に
「だから」
報復か。それとも正当な
悪事をした自覚はある。だからこそ少女は、少年の言葉を待つ。
「ジェーンの夢を叶えなよ」
言葉が出てこないジェーンは、怒られなかった
「家族なんでしょ!!」
もしも父親や母親が同じ目に
どんな手を使っても
「もういい! 二人の願いを同時に叶えてやるわよ!」
「は?」
「パパの夢は『認めてもらう』こと。この魔術陣が見事に発動すれば、なんとかなるはずなんだから!」
「……」
「そしてアンタの家族を助ける! 文句は!?」
震える
「ない!」
「よし! じゃあ願いなさい!」
桜の花びらを手で
最後に
その音を聞きながらイノリは一心不乱に
あらゆる
変化は
黄金の花びらがふわりと
それは少しずつ勢いを増し、桜の木から花びら全てを
みしみしと
あまりの強風に瞼を閉じてしまう。
願いを叶えてくれるなら、誰でもいい。たとえそれが――。
“それは困るな”
言葉なのか、音だったのか。意味はわかるのに、
しゃらら、と
桜の木は完全に花びらを散らしてしまい、竜の骨組みに似た枝と幹だけが残っていた。
その前に『なにか』がいた。
教会にある
硝子の欠片は常に動いており、人の形を保ちながらも安定しない。
多種多様な種族がいるが、硝子の体をしたものなど
“
口がないからか。言葉は音にならず、けれど耳に意味を届けてくる。
小人――その意味がわからない二人は、
“初めまして。――は
しかし戴冠者という名乗りに、ジェーンは目を丸くした。イノリは「聞いたことあるような……」という
“もしくは安全装置。人を守る存在だ”
義務を語る戴冠者は、くるくると動く硝子の欠片に二人を映す。
体幹者の体から複数の欠片が離れ、イノリの周囲を眺めるようにくるくると回転する。
“
それは独り言で、
けれどイノリにとっては少し
単語の意味は理解できないものだったが、問いかければ答えが返ってくるのではないか。
今にも落ちそうな意識の中、口を開きかけた時だ。
“君の願いは?”
欠片
その
二
「ま、待ってよ……パパの魔術陣であなたを呼べたってことは、パパに
ジェーンの
イノリにもう少し
「そうしたら……パパは魔王になれるの?」
“資格がない”
少女の淡い期待と喜びを、戴冠者はあっさりと否定する。
“王冠は
五代目魔王の悪評は
戴冠者はそれを
“――がこの場で叶えるのは一つだけ。どちらでもいい。願いは? ”
「どうせなら二人の願いを叶えなさいよ!!」
魔術陣を作るための構想、制作、かかった費用。その他
相手がどんなに
彼女自身、父親のために必死だったのだ。少しくらい
「アタシ達の願いくらい簡単でしょ!?」
“いいや。難しい”
それは予想外に
戴冠者は歴史の中に必ず出てくる。公式に王として認められ、首都を
おとぎ話の
“この借りた体の機能的に、難しい”
「は? わけわからない……」
“だから叶えるのは一つだけ。そのために必要な代償をもらう”
欠片の一つが空中を横切り、ジェーンの目の前で赤い面を見せる。
“君の願いの代償は感情。誰かを好きになる心”
それはジェーンにとって
努力の根底、原因が
欠片が横にスライド移動し、今にも倒れそうな少年の前で停止する。彼に見せるのは黄色の面。
“君は記憶。願いの対象全てを忘れる”
両手と膝で体を支えるイノリは、ぼやけた視界に欠片を映す。
きらきらと輝く硝子の欠片は星のようで、手を伸ばしても届くかわからない。
戴冠者が告げた内容は、頭にしっかり残っている。その内容も、理解するのに苦心はしなかった。
“願いを叶えないなら、――は去る”
「ら、ラグーンの
“それはただの呼び水。通行料。往復
様々な例え方をされて、ジェーンはどうにか
しかし良案が浮かばないまま、硝子の欠片が二人から遠ざかろうと浮かぶ。
“チャンスはあげた。
それは初めて浮かべた困惑の色。ほんのわずかな疑問。
触れれば
星に手を伸ばして、逃さないように。手の平を傷つけ、血まみれにしながら。
イノリは
「クロを助けて」
元から記憶はない。五年間の記憶も、つい先ほどまで奪われていた。
それでも
もう一度、記憶が
忘れるよりも、失うことの方が
だから五年間の記憶を全て
「
祈りが
あらゆる色に記憶が宿り、クロート・ジェコに関する記憶全てが消失。
瞳に残ったのは緑色だけ。
“小人が叶えられなかった願いを、君は実現した”
“
“人はそうあるべきだ”
その後の
そしてラグーンの生き残りは保護され、塔都から遠く離れた
そしてヒイロ研究所の
赤い塔の最上階にあった魔術陣は
ただ一人、記憶を奪取された少年はぼんやりと空を見上げていた。
越境軍部の人間に事情
しかし相手もなんとも言えない表情で、再度問いかける。
「それは本当か?」
「だから」
シドウ・イノリ。十五歳の高校一年生。
緑色の瞳をしているが、容姿は
「記憶がないんだって!」
三度目の記憶喪失。
それはプロローグの終わり。
ようやく運命が動き出したことも気づかず、少年は頭を抱える。
「入学して一
硝子歴二千二十年。小人が消えて、人が歴史を重ねた年数。
大半の人はその事実を知らないけれど、誰かは覚えている真実。
小人が、怒れる星の竜に願ったこと。
――彼女を助けて。奪わないで。
叶えられなかった。だから小人は六つの硝子
――愛は彼女にあげたから、君達には希望を。
――星の
――君達が全て消えたら、星も終わる。だから安心してね。
祝福は
魔王にして神様。小人は最後まで『人』のために
その終末を
“愛で星を
“あれも『人』なのだから、本当に
だから生まれた
それは資格ある者に硝子の王冠を
人々の存続。星の延命。どんな手段を使っても、生き残らせるために。
“あの愚かな少年にも、いつか渡す日がくるかもしれない”
緑の瞳に似合うような、硝子の王冠を。
歴史で初めての「王」が誕生するまで、あと……。
だからヴィトライユ 文丸くじら @kujiramaru000
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