08#真っ赤な嘘も吐けない心
かろうじて望遠鏡が背中にぶつかったおかげで止まったが、そうでなければ
酸素も全部胸から
「ゲホッ、やっぱりこれは酸素を使いすぎるな」
火が消えた
床の上にうっすらと
望遠鏡に寄りかかって動かないイノリとの
「深呼吸しちまうよなぁ。自然な反応だから安心しろよ」
他人事のように言葉を吐き出し、
エスカレーターの段差に
どんなに地上が
それを美しいと呼ぶか、
「
新しい煙草を取り出し、使い古したライターで火を
非常灯さえも
「けれど
赤い粉塵だけは床に残り、指令を待つ
靴裏で
呼吸もままならない状態で、視線を各所に
最上階に向かうエスカレーターはゴンゾーが
「風と土、そんで火の色記号で補助とか……まあ俺自身もよくわかってねぇんだ」
独り言を続けるゴンゾーは、顎に生えた無精髭を撫でる。
そこもざらりとした感触を指先に伝え、粉塵がぱらぱらと落ちていた。
くたびれたコートについた粉塵を手で
「だから手加減できねぇんだよな。死んだら存分に
イノリへと視線を向けたが、望遠鏡を支えにしていた体が動いている。
息もまともにできない状態を気にかけず、
一心不乱に走る少年へと
周囲を
粉塵の向こう側で逆立ちのシルエットが浮かび上がる。そのまま吹き飛ばされるだろうと、ゴンゾーは冷めた目で眺める。
べきっ。
割れた音だが、あまり聞き慣れない
それが断続的に続き、音に合わせて逆立ちのシルエットが前進する。
「……は?」
息もできない状態で、爆風に
逆立ちのまま床に
赤い
ジェーンからはヒイロ研究所関係かもしれないとは聞いていた。
しかしヒイロ研究所は、機密性の高い単語。
必要なのは
それが育てている少年など、障害にもならないと考えていた。
ここまで来たのもジェーンの能力のおかげで、
粉塵の
だからこそ
爆風に煽られても吹き飛ばない存在など、自分で勝てる相手ではないと線引きができる。
ゴンゾーの顎に向かって、
勝てないとは思わない。だが負けるかもしれないという不安はよぎる。
別の手段へと変えようと、爆風を消した
少年の体が床へと
左の拳は床に埋め込まれたままで、それが
あと一歩で売店へと
「息絶えたか」
爆風の中では呼吸することも存分にはできない。
喉に張りついた粉塵が、呼吸を
「……人殺しって後味悪りぃな」
顔を
少年に近づいて生死を確かめる気は起きなかった。事実として
ただでさえ親友の
めぎょり。
熱さが痛みに似た感覚を呼び起こし、反射的に遠ざかろうとエスカレーターから転がって
割れた窓からぼたぼたと水が
真っ赤に染まった
しかし頭から下着までずぶ
スプリンクラーの水を手の平に集め、喉の粉塵をうがいで吐き出す少年。
赤い水がべちゃりと足元を濡らす。けれどゴンゾーを
「
魔術に
ゴンゾーが保険として残した弱点。
彼の性格はそういうものだ。いつだって、最後の一歩で
「別に。息苦しくて、気持ち悪かっただけ」
ぜーはー、と
「なあ、アンタの願いは俺から大事な人を奪うほどなのか?」
すぐには動かず、様子を
相手は
魔術よりも身近な問題が、今も体の動きを
「……俺は
役に立たなくなった煙草を
彼の瞳には
「
なんで自分を選んでくれなかったのかと
幸せにと思っていたのに、他を選んだ幼馴染みは結局不幸になってしまった。
どうしても
「
種族間の寿命問題を
ゴンゾーは想像よりも長い人生を、受け入れられる度胸もなかった。
「あいつの願いを叶えて、俺を見直してもらうんだ」
魔術を学ぶ時、自分のために習得するべきだと教えられた。
しかしゴンゾーは
だから目の前に提示されたチャンスさえも、
「……だから?」
冷ややかな声が、イノリの口から放たれた。
自分ではわからない事情がゴンゾーを動かし、今回の事件の
そんなのはどうでもよかった。
ジェーンの願いも、ゴンゾーの望みも、誰かの絶好の機会さえも。
「俺はクロと生活できるだけでよかった」
五年間の
赤子のような状態から育てられ、脳から消えたあらゆるものを
明確なのは二年くらい前から。十三
それでも寂しくなかったのは、いつも
毎日が
それがあっさりと
「返せよ」
一歩、前に出る。黒い瞳に、殺意が宿った。
「俺の幸せを返せ!!」
黒の
熱と痛みは
左足の
それでも
同時に
眼前に
彼はいつだって中途半端に諦める。最後までやり
関係が壊れることを
「……」
だからこそ死のうと考えたことはない。
少年の背後で
水は弱点だ。爆風も、粉としての役目も果たせない。しかし動かすことは容易。
激情に
フロア全体を揺らし、塔全体がわずかに
そのまま鋼鉄の
「悪いな、少年。文句なら死んだ後に聞いてやるよ」
背を向けてエスカレーターを登る。そろそろ結界も破られる
誰かが最上階に辿り着く前に、親友の願いを叶える。これだけはジェーンにも
「夢が叶えば、目が覚めるだろうしな」
好きではない魔術を学んだのも、感情を隠して結婚式を祝ったのも。
全ては幼馴染みのため。かけがえのない親友でジェーンの父親――ジョニィに尽くした結果。
夢見がちな男が大好きで、どこかの
それさえも好きなのだから仕方ない。これは治らない病気だと、ゴンゾーはとっくの昔に諦めている。
さっさと夢を叶えて終わりにしよう。運がよければラグーンも生きているだろう、と楽観的に考える。
ぱらっ。
ゆっくりと
額から血を流す少年の視線とかち合い、
トンを超える重さのはず。しかもフロアが揺れる衝撃は、肉体だけではなく脳にもダメージが届く。
親友が夢を叶えたら
しかし足が
「夢を叶えるなら」
「ひっ!?」
「自分の命を
投げられた
潰れて死ぬことがわかり、魔術で
手の平大の塊がぼとぼと落ちるが、ゴンゾーに当たったのは腹に
それも中身がほぼ
拳を握りしめたイノリがエスカレーターに近づき、倒れている男を見下ろす。
「……」
口から
外の
「命を奪うより、好きって伝える方が簡単じゃねぇか」
男の体を
ただ最上階を目指す。塔都に集まった者
血が
「クロ……今、助けに行くから」
五年前とは逆に。肉体の山頂から自分を見つけてくれたように。
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