驚き三重奏

烏川 ハル

驚き三重奏

   

「今どこにいますか?」

 私がその電話をかけたのは、駅前の噴水広場で30分以上も待った後だった。

 これがデートの待ち合わせならば、30分なんてほんの一瞬だ。相手のことを思い描くだけで、時間なんてあっという間に過ぎるだろう。

 しかし今回は、取引相手との約束だった。仕事の待ち合わせで30分も待たされるなんて言語道断。私が女だからという理由で、舐められているのだろうか?

「そちらは、かなり遅れそうですか? 私の方は、打ち合わせ通りに待っているのですが」

 と、プンプンしながらの電話だったけれど……。


「僕の現在地は、K駅西口の噴水広場です」

 右耳に当てたスマホだけでなく、全く同じ声が左耳からもサラウンドで聞こえてきた。

 びっくりだ。既に相手も到着していたらしい。しかし周囲には、会社のマークが入った封筒を持つ男性はいない。それが目印だったはずなのに……。

 私は戸惑ってしまうが、相手の言葉には続きがあった。

「ところで、あなたは誰ですか? もしかして……。番号を間違っていませんか?」

「えっ!」

 二つ目の驚きに、私は大きな声を上げてしまう。

 改めて周囲を見回すと、困惑した表情でこちらに視線を向ける男性の姿。スマホで通話中であり、先ほど左耳から聞こえてきた声の方角とも一致する。

 私の通話相手は彼に違いない。年齢は私と同じくらいで、カジュアルなファッション。近くのアパレル店の袋を持っているから、買い物帰りらしい。

 明らかに、今から私が会うべき取引相手ではなかった。


「すいません、すいません! 間違い電話でした……!」

 スマホを手に持ったまま、ペコペコ頭を下げる私。よく「日本人は電話越しでもお辞儀する」と揶揄されるが、今の場合は相手の姿が見えているので、不自然でもないだろう。

「ああ、気にしないでください。僕の方は、時間を持て余してたところだから……。たまには面白いですね、間違い電話というのも」

 もはや彼は、スマホを耳から外していた。互いに相手の声が聞こえる距離というだけでなく、こちらに近寄ってくる。

 優しそうな笑みを浮かべており、しかも私の好みのルックスだ。残念ながら私は商談があるから無理だけど、それさえなければ、このまま彼と遊びに行きたい気分だった。

 そんな彼の顔が、微妙に曇る。

「あれ? もしかして……」


「……きみ、さっちゃん?」

 初対面の人間から馴れ馴れしく『さっちゃん』と呼ばれて、少しだけ気持ち悪く感じたけれど、

「なんでわかるんですか? あなた、超能力者ですか?」

 私の口から飛び出したのは、微妙なツッコミ。

 彼は気にせず流してくれただけでなく、その顔から困惑の色は消えて、満面の笑みを浮かべていた。

「やっぱり! 僕のこと、覚えてないかな? ほら、小学校で同じクラスだった相田健介だよ。確か、六年生の時には図書委員も一緒にやったよね?」

「えっ、相田くんなの!?」

 三つ目にして、最大のサプライズ!

 まさか、こんな形で、密かな片想いだった初恋相手と再会できるなんて!

 もしかして、ここから……。彼と私の物語が始まるのかな?




(「驚き三重奏」完)

   

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