宣教師

 それから数年経った。


 遠い異国、英吉利イギリスという国から、宣教師が来訪する機会があった。

 宣教師は豊かな恩伊賀島を訪れ感嘆する。そしてこう聞いた。


「皆さまの村で、何か民話のようなものが残っていませんか?」


 聞けば、自分の国に持ち帰って人々に聞かせてやりたいと言う。

 村人たちは、それはほまれ高いことだと喜んだが、いかんせん村にそんな話は伝わっていない。

 そもそも自分たちは元を辿れば仇の島の人間なのだ。


 古老が言った。


「藻助の話をしてやりゃいい」


 村人らが難色を示したのは言うまでもない。

 隣の島を奪ってそのまま移り住んだことは村の恥部だ。外部には漏らさないという暗黙の了解。

 なぜそれを今さら他所様に聞かせる必要がある。


 古老は続ける。


「オラたちゃいい加減、藻助のことを乗り越えにゃあならん」


 藻助を利用して島の人間を惨殺した事実は、村人らにとって、豊かになった生活の中で唯一目を背けたい過去だった。

 それは彼らの心の底に重く暗く沈んだ濁り。

 いい加減すくい上げて捨てなければならないと古老は考えていた。


「綺麗な話に作り変えりゃいいんだ。それを異人さんに教えりゃいい」


 自分たちを正当化するためには、過去を改めなければならない。

 こうしてできた話がある――。


 ***


 昔々のことだった。

 仇伊賀島の人々は、とても困っていた。

 なぜなら隣に、悪どい所業を繰り返す恩伊賀島の連中がいたからだ。

 舟でやってきては、女らに乱暴狼藉を働き、畑で採れた野菜を根こそぎ持っていく。

 仇伊賀島の村人はいつも泣いていた。

 ああ、このままでは生活が立ち行かない。

 そこで村一番の力持ち藻助に助けを乞うた。

 もともと奴らの所業を腹に据えかねていた藻助は、任せろとばかりに村を飛び出し舟を漕ぎ出す。

 伝説の大太刀と黍の団子で百人力だ。

 藻助は一人恩伊賀島に乗り込む。

 ちょうど酒盛りの真っ最中だった彼らは、真っ赤な顔で寝そべっていた。

 藻助は油断していた彼らをばったばったと斬っていった。

 こうして恩伊賀島には平和が訪れ、人々はそこで暮らすようになりましたとさ。


 ***


「ええ話じゃ」


「うん、ええ話じゃ。だけんなんか物足らんな」


「こういうのはたいがいお仲間がいるもんじゃで」


「ほうじゃな、仲間を連れた話の方が景気がええな」


「ほいなら藻助は、あいつぁよく、夢だか幻だかの動物とよく遊んでたでねぇか」


「ああ、空想の友達。ほいじゃそれを仲間としよう」


「仲間の動物か。ならまずは犬だな」


「猫はどうじゃ?」


「猫は駄目じゃ、海に落ちる」


「ほいじゃ猿にしよう。猿は機敏じゃ。陸の仲間がいるのなら空の仲間もいるじゃろ」


「そうじゃな。鳥といえばここいらだとからすと海鳥だな」


「嫌だべ嫌だべ、あいつら人の死体に群がる」


「そうじゃなぁ、もっときらびやかな鳥がええなぁ」


「そしたらきじなんてどないだ」


「おお、そりゃええ。仲間は犬と猿と雉にしよう」


「ふむぅ、でも藻助はいかにも悪い名じゃ」


「藻助……。したら、可愛らしく、藻藻助ももすけではどうじゃ?」


「なら、助より太郎の方が流行だで」


「ほうか、なら藻藻太郎ももたろうはどうじゃ?」


「海藻より果物の方が良ぐねぇか」


 村人らが知恵を絞り捻出した英雄譚だった。

 異人はそれを聞いてたいそう喜んだ。


 国に話を持ち帰る頃には、


『On-igashima = オン・イガシマ』


 が、


『Oni-gashima = オニ・ガシマ』


 と、発音方法が変化したのには理由がある。


 酒盛りで真っ赤な顔になった人々という印象を聞いた宣教師が、すでに日本を回って『鬼』という架空の妖怪の存在を知っていた知識と結びつき、かくして恩伊賀島は鬼が住む『鬼ヶ島』と勝手に改変されたのだった。


「桃太郎譚」というこの民話は、やがて「桃太郎」と短く改められ、かの有名なおとぎ話へと変貌していく。


 桃太郎――。

 その話の由来は諸説存在する。

 そしてこの藻助の説は、実のところ本当に一から百までだということを最後にいい添えて筆を置こうと思います。


 これもとんとこひとむかし。

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恩の島と仇の島 チューブラーベルズの庭 @amega_furuno

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