皆殺し

 真冬の荒海の上、借りた小舟を漕ぐ藻助の頭の中は義務感に満ちていた。


――オ、オラがやらねぇと村がなくなっちまう……。


 事実ではなかったが、素直な藻助は人々の言葉を信じた。


 決死行けっしこうの彼に村人らが託したものは二つ。

 一つは、確実に人間を殺せるようにと、村の神社に大切に保管されていた一振りの大太刀おおたちだった。

 もう一つは、村の女連中手製の団子で、島でとれた貴重なきびを練ったものだった。


 藻助はそれらを大切に腰にわえる。

 果たして一人で達成できるのか、彼は恐ろしくて不安だった。

 だが幸いなことに彼には味方がいた。それは彼だけに見える空想の動物たちだった。


――大丈夫だ、藻助。オラたちがついている!


 彼らが藻助を鼓舞する。


 藻助は夜陰やいんに紛れてそっと上陸する。

 そこは数戸の家屋が密集する入り江の集落だった。


 一番近い一戸に近づく。

 魚の焼ける美味そうな匂いが漂ってきて、子どもの笑い声が聞こえる。

 入り口の木戸を見る。――と、おもむろにガタガタ横にひらいて小僧が一人出てきた。

 そのまま家の裏手へと回っていく。どうやら小便らしい。

 藻助はその後を追う。息を潜めてすっと背後から近づいた。

 迷いもなく、持っていた太刀を思い切り振り下ろす。

 ブリブリッとした柔らかい骨の砕ける感覚が刃を通して伝わってくる。

 昔たった一度だけ大魚たいぎょを包丁で真っ二つにしたことがあった。

 ほのかな骨の抵抗が、その時の感覚に似ていた。


 斜めにぶった切られた身体の下半身はそのまま崩れ落ち、上半身はどちゃっと藻助の足元に転がった。血と泥が飛ぶ。

 何が起こったのか分からない小僧は、その上半身だけで一瞬藻助を見上げたが、胸から下のない自分の肉体に驚いたように目をむいて、ひゅっひゅっと荒い息を二度吐いて息絶えた。

 大太刀は刃が欠けることもなくぬらりと血を滴らせていた。


 藻助は木戸をひらくと、そのままずかずかと家の中へ入っていく。

 酒を飲む男と汁物をすする女、二人の間にさっき殺した子よりも小さな稚児がいた。

 両親は呆気にとられた表情で藻助を見上げる。状況が理解できないらしい。

 あとは流れ作業だった。

 手にした大太刀で頭をかち割っていく。


 づぶっづぶっ。


 彼にとっては容易い仕事だ。


 それから隣の一戸を訪ねて同じように振り下ろしていった。老若男女問わず。

 男は酒を飲み真っ赤になって寝ている者がほとんどだったが、中には起き出して反撃を試みる者もあった。

 漁師の集落だったため屈強な男も多い。

 だが藻助の腕力には叶わない。


 時に殴りつけ時に太刀を振り回し、立ち向かう男どもをなぎ倒していった。

 最後はほとんど記憶がない。

 ただ無心だった。


 朝日がのぼる頃、血みどろになった藻助一人だけが海辺に佇んでいた。

 海を見ている内に徐々に悲しみが押し寄せてきた。

 頬を涙が伝う。


 それから彼はどのくらいの時間泣き続けていただろう。

 落ちていた石で墓を作り団子を供えた。

 元の島へと戻る頃には、太陽が水平線に落ちようとしていた。

 こうして恩伊賀島の住人はいなくなった。


 仇の島から恩の島へ、村人らが一斉移動したのはその翌日だった。

 彼らがいかに喜び興奮していたかが窺える。

 殺されて住人のいなくなった島の家屋に、そのまま移り住む者が多かった。残った家財道具を嬉々として引き継ぐ。


 数日後、村人らは藻助を惨殺する。

 口封じのためだった。

 酒とごちそうを藻助に振る舞い、大いびきで寝ているところを皆で襲いかかったのだ。

 わざわざ首と胴をバラバラに分断して海に捨てたのは、呪いを恐れたためだ。

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