第7話 気にしないでねっ! 躬多羅尾さんっっ!! 

 そんな大鬼の断末魔とも言える声を肴に酒を紗季につがせる。コポコポ、と気持ちの良い音を鳴らしながら溜まっていく濁酒は確か…天狗の土産だったか。

 気まぐれで助けた夫婦の家は酒造を行っていて、礼として貰った物を逆に貰った訳だが…。


「照れ屋だよね、天狗って」

「へっ? 天狗、ですか…」


 溢れてしまった独り言に、反応した紗季を何でもない、と表情で表現しながら呷る。

 辛く、喉に張り付くような酒だが…旨い。洗い流すような辛味と、塗り替えるような芋の旨味。米酒だと思ったが…芋焼酎だったのか。

 その差異が分からない程まで鼻を酷使しすぎたのか…と、目の前で空になった鍋を見ながらもう一杯。


 薄暗くなり、鈴虫が目立つようになった広間で、完全に開けっ放しになった縁側から懐かしい顔が見える。

 同時くらいに紗季の「ひっぃ」とそんな悲鳴が聞こえるが…


「ああ、気にしないでくれ。ただの拾い物だ」

『拾い物にしては…些かこ綺麗な気がするが、まあ、お主が言うのなら気にしないでおこう。今日は相談に来た。』

「だと思ったよ。紗季、酒と同じところにある茶葉で茶を作ってくれ」

「……っ!! は、はい!」


 ドタドタと慌てるように台所へ向かう紗季。その様子を見たーー全身が爛れた様に醜い男は困ったような表情を見せる。

 射手付喪真先にとってしてみれば、顔の変化は然程重要ではなく。一般的に表情の変化が分からない爛れた男を見ても、特質これといった感情はでず、少しの変化で読み取る。彼と彼の付き合いの結果である。


 ダミ声で、異様に響く声は寒中水泳を行っていた大鬼にも聞こえた様である。


『だが、それでもあの茶葉を出されるとは思っていなかったが…』


 と、酒の棚と同じ冷暗所で保管される茶葉は真先のお気に入りである事を知っていた醜男は、申し訳なさそうに言う。

 そんな友の姿を見て、もう一杯。呷りながら笑う。


「気にしないでくれ。確かに私のお気に入りの物であるが…安価なものだ。そして、そこまで下手に出ていると拾い物に茶を出させている私の面目も無くなってしまう」

『そうか…なら、気にしないでおこう』


 コト、と小声で「お茶です…」と渡した紗季に礼を告げ、一回で半分程飲む醜男。そんな鈴虫の声だけが響く、静かな空間で一際ドタドタと煩い足音を立てながら廊下を走ってくる物音が一つ。


「オイオイオイオイ!! なんか、辛気臭ぇ空気感じんなぁって思ったら躬多羅尾みたらおさんじゃねえか!! 久しぶりだな! 相変わらず幸が薄そうな顔してやがる!!」


 と、一糸纏わぬ姿で出てきた大鬼に真先は目を覆い、紗季はその巨大さに目を見張る。躬多羅尾はもう一杯呷っている。そんな反応を満足げに、大鬼は真先に声をかける。


「なあ、真先! タオルが無いんだけど場所移動させたか?? 寒中水泳は久しぶりになったけど…って、何で湯船にお湯が張ってねえんだよッ!! 心臓が縮こまって一瞬死んだぞ、俺!!」

「…タオルは前来た時に大鬼が破ったから無いぞ。と言うかタオルは今度来るときに何枚か欲しいと言っていたんだが…寒中水泳は知らん。火照った体に丁度良いんじゃないか」


 そう言って立ち上がり、自身が使っていたタオルを持ってこようと大鬼を連れて浴槽に戻る。

 タオルが無い、とその言葉通りに濡れたまま来たのか廊下はびしょびしょで、木造の平屋に追い討ちをかけるような感じであった。


 ちょっと嫌な気持ちになりながらも、大鬼の全身から冷気を出すように涼しい空気が出ていることでテンションは戻る。冷凍大鬼である。

 井戸水は冷たいからなぁ、と口には出さないながらも同情しながら浴室の隣にある棚から一枚、タオルを出す。


「帰ったら奥さんと仲直りして、タオルを数枚持ってきてくれよ? 買い換えるお金が勿体無くてな…って、おい、大鬼!? どうして持ち上げる!!??」


 タオルを渡そうと振り返ると…直ぐに視界は真っ赤に染まった。真先の感じる感触は…肉肉しいもので、それがお姫様だったこのような形になっているのだと理解した。

 真先も結構な高身長であるが、それを頭二つ分ほど抜かすのが大鬼である。筋骨隆々な体を生かして、真先の華奢な体を持ち上げ…未だに冷水が張っている浴槽に飛び込む。

 妖怪特注である為、結構な大きさの浴槽であるため二人が纏めて入っても十分以上の隙間があるのである。

 水浴びのような心持ちで飛び込んだ大鬼と違い真先は拉致である。心休まる暇もなく、気付いたら冷水である

 。微妙に足が届くか否かのラインの浴槽から這い出て、気管に入った水を吐き出す。


 簡易的な着物に着替えていた真先は、全身に張り付くような違和感に変わった衣服を想い、続くようにして出てきた大鬼を睨む。


「あー、やっぱ慣れねえな、この深さ。誰用なんだ、これ?」

「高さを調整するための踏み台がそこにあるだろうが…!」


 と、そう言って這い出てきた大鬼を蹴落とす。

 何度も何度も…合計10回を超えた辺りで満足が行き、両者が納得するような形で全身がずぶ濡れになったまま、浴室から出る。

 行く前までは廊下の濡れが気になっていた真先であるが、今では気にされる側になるとは思っていなかったようで、気落ちしながら着替えのある部屋へと向かう。


「…言っておくが大鬼が着れるサイズはないぞ」

「ん? だろうな。だってこの服はカミさんの特注だからな。…って、どうした?」

「どうしたも何も…」


 上着を脱ぎ…と、着替え終わるまでこの場に居座るつもりなのか腕を組み、タンスに寄っ掛かる大鬼。その表情は至って真剣で、むしろ服に関しての話題が出たことで「カミさん凄いだろ〜」な、テンションになっている。

 微妙に面倒くさいテンションだな、と以前、同じテンションになった大鬼を思い出し、萎える。

 だが、今回はそのまま置いておく訳にはいかないのだ。


「大鬼、ちょっと出てくれないか。着替えができない」

「出ろって言われても…別に、見ても減るもんじゃねえだろ? つか、あの二人が居る空間に戻りたくねえよ…紗季ってのが一番よく分かんねえし」

「…お前が冷水にぶち込んだことで性別が変わったんだ。見るなら…まあ、良いが鏡矛に結構な噂を流してもらうぞ」

「お〜し! 鬼として紗季ちゃんとお話ししてくるぞ〜!」


 先程の不動明王のような態度とは打って変わって、直ぐに離れた大鬼。最初からそうすればいいのに…と、思ってしまう真先であったが。


「(…アイツにも苦手なものがあるのか)」


 と、意外な発見を見つけてします。


 着替えに四苦八苦しながら、着替え終わり、体重移動が変わった事により、少し歩きずらさを感じてしまう。

 だが、下部は絶景である。戦闘しにくいのが難点であるが、まあ、真先にしてみれば歩きずらい事も少し経てば慣れてしまう。

 性別の変化に「これ」といったものが無く、殆どが何かの拍子になる事が多い真先であるが、それを理解している一部の中に大鬼も含まれている。

 含まれているのだが…まあ、冷水にダイブはテンションが上がっての事だろう。


 と、そう納得し、広間に戻るとーー


「お、おい紗季ちゃん戻れ! 戻れ!!!!」

「んっごごもごおgmごお……」


 躬多羅尾に飲み込まれそうになっている紗季と、それを救い出そうと必死に引っ張っている大鬼の姿があった。阿鼻叫喚である。


「躬多羅尾、紗季の事は『気にするな』!」


 その光景に呆気を取られるが、すぐにきを取り戻す。少々高くなった声でそう言うと躬多羅尾から紗季は吐き出され、元の醜男の姿に戻る。


『そうか? ・・・なら気にしないでおこう』


 躬多羅尾…一応は神の一対であるのでまあ、相当に強力なのである。怪力の大鬼でも引き剥がせない程に。

 唾液に塗れ、呆けた表情の紗季が大鬼の手の中に収まる。

 一応のところ、大鬼は下半身だけは隠している格好なのでおかしな所はないが…なんやかんやあった後の出来事である。

 流石に捕食は体験した事ないのか直ぐに死ぬように目を閉じ、寝息をたて始める。

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本日も射手付喪真先は妖怪に絡まれる 椎木結 @TSman

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