第6話 大鬼は冷水がニガテ
淡白な身でありながら、濃厚な「獣」が香るそれは一口噛み締めるごとに肉汁が溢れ、硬い食感を感じられないほどまでに覆い尽くしていた。
一口食べればもう二口が勝手に動き、気がつけば次に手が伸びている。
重厚な猪の肉なのだが、本来の獣臭さを壊さず、生かした味噌作りの味付けは、はやりそそられるモノがあるのか慣れ親しんだ筈の真先と大鬼は無我夢中で貪り食う。
「やっべえな、これ…! この、力強さの奥に感じるほのかな温かみがすげえ…」
「そうだね…いや、本当に止まらないよ、手が」
「それは…良かったです、お昼と同じ味噌の味付けになってしまったのでそこはどうしようかと」
「良い調整だよ、紗季。まあ、以前は味噌溶け汁を啜ってたわけだから『料理』として成り立っている時点で百点満点中九十点だよ」
「…ん? 残りの減点十はどこのポイントなんだ?」
「お酒だよ」
ニタリ、と笑った真先の少し前の場所に適当に持って来た日本酒? を一本置く。
一応三本を持って来た紗季であるが…本当に飲み切れるのかな? と、若干不安げである。
まあ、不安を感じるポイントは飲み切れる、ではなく飲み切ってしまった場合だが。
ザル…とまではいかないが、常人の数倍ほどは酒に強い2人であるが、もし酔ってしまった場合はダル絡み、暴言、喧嘩腰……エトセトラ、とデバフにかかりまくった感じになってしまうのだ。
その事をまだ知らない紗季は、言われる前に酒を出した事による「あれ、私順応していってる…?」と、その進化した感覚に酔い浸っている。
流石に三本では酔わないがたまに、龍でも殺しに行くのか? と、言わんばかりの純度百パーの酒があるのでそこは乱数である。
封を開けた瞬間に数センチ減ってしまう、消費期限が極端に短いレアモノでもある。まあ、減る原因は気化であるのが怖いところである。
なんやかんや、満足そうに食べる姿を見る紗季である。
酒が入る、とその確定事項に先んじて活性化する脳で、二人は狂喜乱舞内心で無我夢中に頬張り、瓶のまま流し込む。
注ごうと考えていた紗季の持つコップは行き場をなくしてしまった。まあ、酒が置かれたのと同時くらいにラッパ飲みし始めたのでしょうがないと言えばしょうがないだろう。
酒を浴びている(比喩ではない)事を除けばしゃもしゃ食べている姿は、老人ホームでは見ることができないイキの良い姿であり、紗季にとってしてみても真新しいものであった。
確かに老人ホームの職場体験では鬼と割烹着姿の狐面なんて見ることできないもんな。
誰に言うでもなく、自己解決した意識は消え、それと同化するように鍋の中に張られた料理は消えてなくなった。殆どが大鬼の腹の中に消えたわけだが…
酒が適度に入り、温まって来た体で食後の数分の幸せな時間を楽しむ。
が、そう言えばと思い出した真先が満腹で、眠たげな視線で大鬼を見つめる。
「そう言えば、君は用事があってここに来たのだろう? 食事処…かは否定しにくいけどそれを早くに解決したいかな、寝たいし」
「おおう。……いや、何だっけな?」
「オイオイ、まさかここまで腹を満たしに来たのじゃないのだろう?」
「それはそうなんだが…完全に忘れちまったわ。まあ、忘れるってことは重要じゃないってことだろ?」
あっけらかんと言ってのけた大鬼は、赤い表情で大きく豪快に笑い、立ち上がる。
「よし、忘れたもんはしょうがねえ、一番風呂は貰うぜ? 確か…出て右だっけか」
「…ん? ちょっと…え? ええ?」
主人である真先の是非を待たずに、記憶に沿って浴場へと向かう大鬼である。無駄に鍛えられた胸部が、着物の隙間から見える辺り、立ち上がった段階で若干脱ぎ始めていたな、と本格的に風呂に入るつもりだったんだな、と理解する真先である。まあ、理解しても納得はしてないが。
そんな光景に見かねた紗季がフリーズしていた脳を活性化させる。
「えっと、良いんですか…? 大鬼さん行っちゃいましたけど…」
「まあ、良くはないんだけどね。でも、鏡矛が今いないから多分…」
「んぎゃあああああ、冷てえぇえええええええええ!!!??」
「浴槽に張った水って冷水な筈なんだよね。最近は暖かくなって来たとは言え…井戸の水をそのまま被るのは火消しかな? としか言えないよね」
火消しって井戸の水被るんですか? と、妙なことが気になった紗季であるが、現在進行形で叫び声がコダマしている最中である。
低級な妖怪とかはこの声だけで一晩は姿が消えそうな威力を感じてしまう。
因みに送符から出入り自由な鏡矛の朝の仕事は井戸水をある程度の量、家の中にある溜めに入れることである。
その内に浴槽が入っているのだが…案の定、半日経っても井戸水である。キンキンだった様子だ。まあ、帰りは魔力充填されていないと無理だから、溜めに入れ終わって朝ごはんを作りおわった辺りで起こしに行くのだが。
それも二度寝をする性質な真先であるが故に、一度戻されたら昼頃になるまで呼び出されないので鏡矛も同じように二度寝タイムである。
なんやかんやあって仲がいい二人である。
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