第5話 紗季大噴火
顔面蒼白な紗季を知らぬふりか、それとも眼中にないのか大鬼は口端についた味噌スープを拭い、本題を口に出す。
「んで、ここに来た理由なんだが…って、やっぱ変な感じだな。先代の真先とお前が一緒に居た時を思い出しちまった…。さては堕ちたてだなお前」
そう言って大鬼は紗季の方を見る。全然眼中にあったようで思春期の男子中学生ばりに興味津々である。
苗字を呼び捨てで呼ばれたら一瞬で恋に落ちるだろう。そんな興味の示し具合だ。まあ、真先と同じで大鬼も性欲が盛んではないので純粋な『新人妖怪』への興味であった。
だが、そんな事は知らない紗季である。当たり前と言えば当たり前だろう。誰が初対面で相手の心の中を読めるって話だ。まあ、初対面じゃなくても心は読めるものじゃないが。
しかも、それに追い討ちをかけるように大鬼の圧倒的な人外な相貌である。
初めて会った妖怪は真先であり、その時は「狐面つけてる人って本当にいるんだ…」と、そんな事を考えていた。
白く長い髪と、すらりとした細い糸のような体の真先は確かに妖怪の中においては人間風な見た目である。
「妖怪界って言うけど狐耳とかろくろ首とか。行っても小豆洗いが限度で、コスプレみたいなレベルでしょ」
と、たかを括っていた訳である。
そこに全身が血に塗れたように真っ赤で、逆立つ黒髪に、大きく伸びた犬歯が人を丸呑みできそうな口から見えている。
そんな圧倒的な妖怪に当てられて思考停止状態であった。考えようとする努力はあった。問われた言葉に返そうと言葉を必死に選んでいたが…だが、同じ言葉がグルグルと同じ場所を回るだけで文章として形を作る事はできなかった。
グルグルと、目が回ったトンボのように目玉を回している紗季に気が付いたのか真先が助け舟を出す。
「そうだね。紗季は今日堕ちたみたいだからね…。色々と慣れてないからそんなに問い詰めなくても良いんじゃない?」
「問い詰めるって…純粋な疑問をぶつけただけじゃねえか」
「君の場合は見た目の影響もあってね。私も初対面の時は思わず反射的に殺してしまいそうだったから…」
「いや、しっかり殺されたけどな?」
凡そ5、6年前である。
そんな懐かしい記憶が二人の中で流れる。曲がり角を曲がったら少年少女がぶつかって…の流れにに似た感じで出会った瞬間に悪速斬で殺ってしまったのである。まあ、出会った当時は内面もそこそこに悪なのでほとんど問題はなかったが。
そんな事を知らない紗季である。顔面蒼白2ターン目突入だった。
飛び降り、と常人では到底できない事をした根性を持っている紗季であるが、死んだ先で輪廻転生の輪に入るのではなく妖怪界と言う世界に堕ちるなんて想像もしてないし考えもしなかった訳だ。
普通に考えて妖怪になる、って想像ができる者はいないので普通である。
不安定な初対面を若干厳し目であるがキュウリを許し、その代償として働かせもらえる事になった真先には感謝してもし足りないものがある。
だが、それは外面だけである。
イケ女風を感じてついて行ったのだが内面は初対面で殺しを行う悪虐非道な人物だと発覚したのだ。
しかも殺した相手と和気藹々と談笑をしている。
紗季にとってしてみれば何が何だか分からなかった。
逃げないで逃げないで、立ち向かって立ち向かって。でも、最終的には心が折れて逃げてしまった。
最終的に逃げてしまった事だけを見ると罪なのかもしれない、と紗季自身もそう感じ始めているがそれでもこんな仕置きはないだろう。
何が好きで妖怪と一緒の生活を送らなきゃいけないのだ、と。思い始めていた時だった。
「んー、紗季。台所の上の戸棚にお酒が置いてあるからさ適当に3、4瓶持ってきてくれる?」
「…はい、わかりました」
「お、関白亭主か??」
「だから何でその単語を使うのか…別に、使用人として雇ってるから普通だよ、普通」
真先から頼まれたのだ。
台所、といえば喋っている広間から一つ扉を抜けた先にある。台所の隣に玄関があったのだが大鬼は縁側から中に侵入したようで開けられてなく、通じる扉も閉まっていた。自然なように扉を閉める事ができた。
ふう、と一つため息を溢す。
少し、いや、結構な話し声が扉を貫通して聞こえてくるが隣に座っているよりも幾分か心が安らぐ。感じていた圧迫感は消えていた。
気合を入れ直し、台所の上にある戸棚を開けて酒を取ろうと背を伸ばす。ぷつり、と何かが切れた音がして崩れてしまった。
どうやら我慢の限界だったみたいである。
戸棚を背もたれにして寄っ掛かり、三角座りの状態で顔を埋める。
先程までの紗季はどこに行ったのかポツポツ、と涙が流れ、いろいろな弱音が頭の中を過ぎってしまっていた。
『「帰りたい」
「両親の声が聞きたい」
「見慣れた近所が恋しい」
「煩かった近所の犬の遠吠えが名残惜しい」』
今となっては過去の事になってしまった両親との思い出が紙芝居のように流れてくる。同時に崩壊した涙腺は勢いを増して行った。
「帰り、たいよ…」
紗季はまだ高校3年生、17歳である。世間一般的にはアルバイトとして社会貢献に取り組める社会人の一員一歩手前である。
だが、それでもまだ子供である。色々自分なりに考えて、行動して、悩むが子供なのである。一人では抱えきれない事はまだ沢山あるし、出来ない事も相応に多い。しかも現状が現状である。
大の大人であっても妖怪と一緒に暮らせ、と言われた日には戸惑いイカれ発狂して息絶えるだろう。流石にないが。
踏まえて考えるとこの今の紗季の形も普通なのかもしれない。
まあ、それを考えない非常識が2人。扉を開けて来たが。
「紗季ー? お酒は上の棚に…ってあれ?」
蹲って泣いている紗季を発見した真先、と大鬼である。寸秒考え、至る。先程までの会話の中で正解にたどり着くヒントはあったのだ。意気揚々に応える。
「紗季、確かに大鬼は見た目はグロテスクだがそこそこに良い奴なのだよ? お酒のセンス良いし」
「まあ、確かに見た目狐面の変態だもんな。こんなのが主人なんて俺だったら首吊って輪廻転生するね」
「…大鬼? 変態は言い過ぎじゃないか。しかも私の狐面の理由は知ってるだろう? それと妖怪は輪廻転生しないよ。しっかりと見たから」
「酒のセンスで良い奴認定って…そこまで俺は薄っぺらくねえぞ!? つか、輪廻転生を見たからって言い張れるのかよ…すげえな」
どうやら酒を摂取したのか。ほんのりと色付いた頬でお互いに罵り合い、褒め合う。
他者から見れば夫婦にも似た二人三脚を感じるが…生憎と見せる相手は思春期のJKである。まあ、思春期は終わってるかもしれないが。
紗季そっちのけで話が盛り上がる2人を見兼ねたのか、真先の腰のホルダーから塊の炎が飛び出した。
「お2人とも分かってないです!! 問題は紗季ちゃんなんですよ! 惚気あってる場合じゃないです!!」
「いや、別に惚気てる訳じゃないが…」
「お、俺にはしっかりと可愛い完璧超人な嫁さんが居るし…」
鏡矛であった。
プンプン、と怒り心頭で出て来て、直ぐに紗季と同じ背丈まで大きくなる。
「紗季ちゃん。確かに、色々と思うところはあるかも知れない。けど、ここに至った理由は分かるでしょ? 原因は射手付喪真先さんとか大鬼さんとかかもしれないけど…一端は紗季ちゃんにもあるんだよ。
何々が悪い、とかは私には言えないけど全てに真っ向から向かって行くんじゃなくて、多少捻くれても楽しく生きないと。だってここは妖怪界なんだから。もう死ぬ事なんてないし体、楽しく生きないと意味ないでしょ?」
泣きっ面だった紗季は顔を上げ、鏡矛の胸に飛び込む。先程までの静かな1人泣きではなく、号泣だ。
若干、隠している炎が熱くないのかな? と、思っている除け者2人であるが、鏡矛からキリッ、とした鋭い眼で見つめられる。
その後、流れるようにして鏡矛は胸元から小銭を掴んで取り出し、真先に投げつけた。
「しっかりと! キュウリの代金ですので悪しからず!! 妖怪だからってマイナスに捉えすぎなんです! 紗季ちゃんの過去を全て知っててその態度なんですか? サラマンダーブレスで焼き払いますよ!!」
「…真先って何でフルネームで呼ばれてるんだ?」
「大鬼さんも煩い!! 射手付喪真先さんとデキたって噂を流しますよ!?」
サラマンダーブレスとは。気になるところであるがスルーする。変に問い返すと逆ギレして来きそうな雰囲気を感じた為である。
鏡矛は空気を読まない大鬼に最近仕入れた1番のネタで強請る。いざと言う時の為に取っていたので効果は抜群だったようだ。
大鬼は大きくニヒルと開いていた口をすぐに閉じ、真面目な表情に変化していた。お口チャックの様子である。
ほぼ、買収されたような形な真先であるが実際、紗季を使用人として雇っているのはキュウリの代金の返済の為であるし、金を返してくれたのなら使用人として雇う筋合いは一切ない。
ここで町で出回っているキュウリの値段を知らないままな紗季だったら一生払えない額まで値段を釣り上げる予定だったのだが鏡矛が払ってしまったのならしょうがない。
真先は切り替えて落ちた小銭を拾い、銭袋に仕舞う。
「…まあ良いけどね。でも、ボランティアじゃないから使用人として以外では住まわせないよ。私の持ち家だしここ」
「悪魔だな…」
「いや、お金を貰っちゃったら関係終わっちゃうからね…。キュウリで雇ってた関係だし、それが終わったらそりゃあ他人になるよ。…いや、鬼に悪魔って言われたくないけどね」
まあ、そんな訳である。
その後、なんやかんやあって紗季の立場が使用人に戻った訳である。鏡矛は何となく不満げだったが人1人養えるほど懐が暖かくないので純粋に紗季の不安定だった心を戻した、メンタルケアで終わった様子である。まあ、所詮は妖怪しかいないんだし、そんなもんである。普通は妖怪になっていないし、地獄に落ちていない訳で。
因みに大鬼の用件は聞かされないまま、夕食の時間になってしまった。
鏡矛がついでにと、夕食の準備をし始めたのだが
「ん? あ、鏡矛はもうご飯作らなくても良いよ。紗季の方が健康的だし」
「介護だから…病人食か? それらしいけどな。まあ、健康志向で良いんじゃねえの? 酒も遠慮なく飲めるし」
「プライマイゼロ的なね」
そんな訳で鏡矛の仕事が一つ減った訳である。
その反面で、紗季がセーラー服をエプロン代わりに食事の準備を始めたのを見て盛大に鏡矛は舌打ちをする。
「くそッ!! 恩を仇で返しましたね!? もう、寝ます! お使い以外で呼び出さないでくださいね!!!!」
と、言って送符に戻る。勝手に出て勝手に戻るその姿は嵐にも似た雰囲気を感じてしまう。まあ、事実として紗季の精神が安定したのでマイナスだけ、ではないのが救いである。
「鏡矛さんって凄い…ですね。何と言うか…凄いですね」
「言葉が出ないって感じだな。俺としてはお前で言葉が出ねえけどな。ま、今日は猪持って来たからそれを使ってくれよ」
そう言ってある程度まとめられた肉の塊を差し出す。ここに来てから相当に時間が経っている筈なのだが…常温で肉は大丈夫なのか。寄生虫とか食中毒的に。若干の謎味を感じてしまうが自身が妖怪なのを思い出し、気にしない事にする。
「今なら生レバーだって食べれますね。いや、食べた事がないんで興味止まりですけど…」
「死なないってだけで腹痛とかは普通にあるからね。生レバーで何度死の瀬戸際に立たされたか…」
「確かにな。つか、一番瀬戸際感じたのはフグだけどな。マジで捌くのは素人じゃ無理だろ、アレ。何度毒食えば良いんだよ…」
生レバー、で思い出した鉄砲魚事件を思い出した大鬼は1人、腹痛を幻影痛で感じてしまう。確かその時は十人以上の大宴会でフグを出したのだがバチバチに毒に触れていたみたいで地獄だったのだ。何度閻魔大王の列に並び直したか…。
因みに鉄砲魚はフグの別名である。
まあ、でも美味しいんだけどな。と、纏め、少しずつ良い匂いが立ち込める台所を想いながら、鏡矛曰く心が無い2人で酒を嗜む。まあ、2瓶目であるが。
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