第4話 来る大鬼。撒くのは塩
将来の夢は介護職に就きたいと考えており、高校卒業後は専門なり大学なりで知識を得て、資格を取得し、紆余曲折あって就職する筈だったのだが…どうしてか飛び降り自殺をし、地獄ーーまあ、地獄を細分化したうちの一つが妖怪界なのだがーーに堕ち、真先にキュウリの代金代わりと使用人として働いている。
そもそも、自殺は動物の中で人間しかしないと言う。
雑多な理由で考えるなら知能がある、で収まる話であるが与えられた命を自ら立つ行為は遠い目から見ると罪である。
その結果として堕ちたのだが…色々と考えさせられる部分があったのだろう。
結果としては妖怪界に堕ちたのだが、一応は人としての身体を保ち、両親から授かった当条紗季はそのままの名前として残っている。
それが良い事か悪い事かは判断しかねるが…どっちかと言えば悪い事だろう。真先曰く「キャンパス」なのだ。
何者にもなれる妖怪ほど怖いものはない。妖怪界を脅かす存在になり得るし、逆に真先のように役に立てる存在にもなってしまえるのだ。
まあ、未来は誰もが知り得る筈がないので現状としては黒髪短髪のよくいる活発系なJKが紗季に対する評価である。美女の分類に入るが真先の性事情は老人並みである。頭の中はキュウリの話しかないまである。
そんな紗季に対する評価がキュウリ、な真先なのだが今は共に食事をとっていた。鏡矛が作った昼食である。
お昼頃に味噌を買ってくるように使いを出したのだが、その空いた時間でお酒を嗜もうと肴を作る為に裏庭に出た真先であるが取ってこれたのは妖怪のなり損ないである紗季である。
地味に小腹が空いていたので満たすため、と酒を摂取できなかった事に対する八つ当たりを含めながら味噌何かの肉煮込みをご飯と共に掻き込む。
流石に昼間から自身よりも一回り以上も年下な子に酒を呑んでいる姿を見せるのはなぁ、と思っている訳である。
少しは常識はあるようだ。
同じように掻き込んだ紗季は勢いよく吹き出す。
「ちょ、ちょっとこれ濃すぎじゃないですか!? 高血圧で間接的に殺そうとしている
「小姑って…どんな生活を送ってたらそんなワードが出てくるのか少し疑問だけど。そうかな?」
そんな事はなかったみたいである。
真先は突っ込まれた理由を探る。
真先自身はこの家で、鏡矛の…まあ、自身が作ることもあるが。同じような感じの味付けの料理を口にしているのだ。多少の変化は日常生活の中で培ったある意味肥えた舌で分かる。
だが、反面として同じような料理で舌がバカになっている可能性がある。それを含めて考えるが…
「いや、獣臭さを消すために味噌をたっぷりと使ってるくらいしか味付けはしてないんだけどね。私とほぼ同じ感じで作ってるみたいだから今日が特別濃いって訳じゃ訳じゃないし…」
「…因みにどれ位の鍋にどの量の味噌を使っているんですか?」
言われた真先は少し悩み目の前の鍋を指差す。
「この鍋の4分の1だね。量によっては増やしたりしてるけど」
それを聞き紗季は考える。風呂桶以上の大きさの鍋の4分の1だとしたら…と、そこまで考えて原因がわかった様子で声を上げる。
「それですよ! 普通はそこまで味噌は入れませんし、味付けは味噌だけじゃなく醤油や塩、後は色々な香料とかを使うんです。味噌オンリーでその量じゃただの味噌溶き汁ですよ…」
えっと、少し味付けを変えても良いですか? と、聞いてきた紗季に数秒考える。
出会って数分の彼女に料理を任せて良いものか…と、考えた真先であるが使用人として雇う予定である。技術を見る機会としてはこれ以上の良い場面はないのではないか。そう考え了承をする。例えば毒をもられたとしても解毒はできるし、と考えた真先の意向も混じった了承であるが純白の心を持つ紗季には伝わらなかった。
紗季は立ち上がり、台所の場所を聞き向かう。
その後ろを真先は付いていく。割烹着姿であるのが現状にして初めて違和感を覚え始めた。
料理を作らない割烹着姿の人間なんてただのコスプレでしかないのだ。食べ終わったら着替えよう、と考えた真先である。
台所に到着し、中の味噌溶き汁を何分かに分ける。
「調味料とかってどこら辺に置いてますか…? えっと、多分中に入っている肉は豚肉だと思うんで香料系を使いたいんですけど…」
「香料? うーん…ああ、そこの引き出しの中だね。そう、そこ。その隣は砂糖とか塩とか入ってるよ」
手前の引き出しを開け、中に入っている瓶詰めの香料を取り出す。名前は特に明記されていないので見た目で判断したり、中を開け嗅いだりして合計三つに絞る。それを上手いようにぐるぐると振りかけ、呪符で火が付いているコンロの上でグツグツと煮込む。最中に水を相当な量入れている。
焦げ茶色で見慣れた真先としては薄い、味噌汁のようになったそれを見て多少の不安を覚えるが立ち込める良い匂いを嗅ぎ、どことなく安心に変わる。
満足そうに味見をしている紗季の姿を見て真先は飲んでいたお玉を取り、自身も味見をする。
「あ、間接キス…」
「…一応主従関係になる私達によくそれ言えたね。まあ、でも味は良いんじゃないか? 少し薄い気もするが臓腑に染み渡る温かみを感じるね。…これは生姜か?」
さっきまで同性って言ってたじゃないか。と、恥ずかしげに頬を染める紗季を見るが当の本人は本気で恥ずかしがっているようだったので特に感想を告げず、味だけを評価する。
先程までは味噌の香りで味噌が引き立つ、肉の食感を感じられる味噌だったのだが今は、味噌だけの味ではなく、しっかりとした肉の味もほんのりと感じれ、味噌の良さを引き出すようにして生姜の味が感じられる。食事と言うよりは栄養食的な感じを真先は感じた。
「そうです、生姜ですね。食材のそもそもの味は良かったんでそれを上手く活かせるように香料を入れたのですが…って、薄くはないですよ…。さっきのが濃過ぎだっただけだと思います…」
「そうか…? まあ、美味しいから濃過ぎって事で良いよ。紗季って料理上手いんだね。良いじゃん。良い拾い物だよ」
「そうですか? えへへ…。実は介護の学校に見学に行った時に調理の仕方を教わったんですよ。…あ」
「いや“あ“じゃないよ…。いや、確かに君からしたら私は年上だけどさ。流石に介護されるまでの老いは感じてないよ…」
生前は20手前まで。妖怪に落ちてからは襲名するまでに20年弱。真先としては10年程。合計で凡そ50前半である。…まあ、介護まではいかない年齢だろう。個人差はあると思うが。
にしても妖怪とはいかんせん寿命がないのだ。その影響で先年生きている仙人って呼ばれる妖怪もいるし、毎年生まれ変わっている新生児みたいな妖怪もいるのだ。老いとは無縁な生き物である。生きてはないが。
そんな訳で別に介護を必要とする歳ではないのだ。精神年齢より肉体年齢を重要視する世界である。
その観点でいくと真先の肉体はピチピチの20代前半であるのでほぼOLのようなものだろう。性別はないが。
若干、心が痛くなったが美味しいご飯が食べられそうだと。
毎日の喜びを見つけられた発見とで心が蝕まれながら4分の1になった味噌汁を広間に持っていき、ゆっくりと残りを飲み干す。
ご飯は最初に濃いめの奴を掛けて食べ終わったのでほぼデザートのような感覚で食べ進めた。決して味噌汁はデザートではないが。
ごちそうさま、と言い口元をティッシュで拭う。因みに一個30枚入りを2、3個程定期購入している。
案の定、来客の多さで足りないのだがまあ、その時は近くの井戸で洗ってね、と突き落とすだけである。水質が悪くなるので落としはしないが。
食事が終わった事で紗季を見るために完全に外さず、ズラしていた狐面を元に戻す。怪しさ満点になってしまったのだが妖怪界である。やっぱり外を出歩けば普通の容姿の妖怪は殆どいない。
まあ、尻尾が生えているとか腕が異様に長いとかを含めるとそこそこにいる感じがする。そこまで外出はしない質なので数年前の知識であるが。
最近は強い妖気の妖怪としか飲んでいない為、久しぶりだな、と思いながら場所を修正していると見えなかった視界で薄っすらとモヤがかかった場所があるのに気が付く。
面を付けてもモヤがかかるのはとある一つの妖怪が原因としか思えない。別に老化で老眼になり始めているとかではない。
老化ではない、と確証を得るため…もとい、当てがあるので手に持った茶碗をそのモヤに向かって投げる。
「ちょ、真先さん!? 関白亭主!?」
「その反応は少し違うと思うけどね…ほら、来客だよ。お茶は出さなくて良いからね。ほぼ不法侵入だし」
投げられた茶碗を目で追う紗季。直ぐに自身の隣を飛んでいき、空中に浮かんだのがわかる。誰かが受け取ったように。
発見された事にやれやれ、と半分嬉しそうに隠れていた姿を見せる。
「いやー、お酒をな、飲もうと思ったんだけど…面の良い女いんじゃん。嫁さんでも貰ったんかなと思って見てたんだけどな。使用人か…」
そう言って無遠慮に紗季の隣にどぅっぷりと座る薄っすらと赤い肌が目立つ大男。
ーー
「…食べて良い? 昨日帰ってから何も食ってねえんだ…。なんか、酒臭えとかで塩しかくれなくてよ」
「まあ、酒臭かったからね。酒で体洗っているのかって感じで。どうぞ。ーーてか、塩って撒いてるとかそんな感じじゃなくて?」
「いや? 別にそんな感じじゃなかったけど。妙に渡す際に地面に落としてるなあ、ってのは感じたけど撒くのは流石に…なあ? 俺、鬼だし。豆まきじゃあるまいし」
軽い鬼ジョークを交えながら味噌汁が入った鍋を手で掴み、豪快に飲む。どうやら臓腑に染み渡る介護食は酒に明け暮れる鬼にも聞いたようで結構な満足そうな表情である。
まあ、反比例する感じで紗季の表情は真っ青を通り越して真っ白になり掛けているが。
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