第3話 堕ちた少女、紗季との出会い
絶賛帰宅途中の鏡矛の味噌を思って、本日の肴を作ろうと真先は意気揚々と裏庭に向かった訳である。
割烹着姿、と所謂おかっさんスタイルであるが特別来客が多い場所ではないので問題はない。まあ、知り合いは結構な頻度で来るが…真先にとってしてみればただの友人なのでおかっさんスタイルでも困る事はない。
最近では割烹着姿が似合ってきた、と言われることもあるようなないような。
裏手口から出れば裏庭は直ぐである。
サンダルを履き、無造作に栽培されている畑を見るがどうしても、何度見ても変な跡があるのが目に入った。
トリカブトとか阿片とか。普通、日常生活では目にすることができない異様な植物も同じ場所に生えているが…気になったのはそこではない。
無理やり理由付けをするなら毒草とか、薬物は医療に使えるものがほとんどだったりする。昔は阿片とかを吸わせて骨折とか、切り傷とか欠損とかの治療をしていた話もあるくらいである。
まあ、恐らく植えた本人はそんな考えはないだろうが。
異様に思った真先は何かに踏みつけられたような、あからさまに折れているキュウリ跡地に向かう。
「凹んだ範囲はどうやらダイダラボッチとかそんな巨人に踏みつけられた訳ではない感じだけど…まあ、どうせ怪異でしょう」
そう言って納得する。意図して踏まれたわけじゃないのなら真先が怒る所はない。誰にだって間違いはあるのだ。まあ、それを謝らずそのまま放置ってのは少し嫌だな所はあるが。
どちらにせよこのままの状態ではキュウリが無駄になった、とそう判断できるだけなので見解を広げるために『
一応、射手付喪真先は妖怪の類であるが、今世の真先は少し違う。
主に先代との違いは妖怪の類が見えない、との事であるがやはり理由は勇者な前世である。
元々に霊感が強い存在であるなら見破の面を被らなくとも裸眼で見えるのだが生憎と、勇者な時代の真先は霊感のれの字もない「見えなきゃいない」理論の持ち主である。
それに加えての勇者、と妖怪関係に全くの関連のない職業についていたことが加わって妖怪と人間の中間にいる存在になってしまったのだ。
まあ、大妖怪とか圧倒的な妖力を持つ存在はしっかりと見えるのでそこだけは妖怪としての血が流れている事を証明しているだろう。恐らく一般人にも見えるだろうが。
そんな訳で先代の射手付喪真先に作ってもらった見破の面を被るのである。
妖怪のせいである、と確信しての行動なので被っても見えなかった時の事は考えていない。
裏庭と森とを柵で仕切っているのでそれを飛び越えられて仕舞えば簡単に動物が入ってきたりする。
大妖怪の一つである天狗が「ワシが植えた作物が食われては堪らん」と言って何かの術が込められた呪符を柵に貼り付けているが…効力は知らない所である。つい昨日に子供妖怪に頼んで猪とかの動物を捕まえたばっかりなのだ。
植える許可も取ってないし、呪符を貼る関係で少なからず金は取られたのだが。
まあ、それも数年前の事なので両者とも忘れているが。
そんな訳で呪符が仕舞われている所から見破の面ーー何故か狐面ーーを取り出し、被る。
真先の平家は妖怪のたまり場になっている関係上、見破の面は必要不可欠になるのだがそんな、普段からずっと被って生活する程面に対して違和感を感じていない訳ではないし、そもそもが肉体派であった真先は身に纏う系統の邪魔な道具は付けない主義であるのだ。
それが関係して妖怪達の集会所となっている平家の家主なのだが何かを示すーー小石をぶつけるーー事がないと来ていることすら分からないのだ。
その内、恨みを覚えた妖怪に背中を刺されそうな気がするがそんな事は10年弱の間では起こっていない。起こっていたとしても未遂で終わっている。
戦闘に対しての楽しさは失われたが、培った技術は忘れていないのだ。ソレでも、恐らく復活までもう2、3年は掛かるだろうが。
若干、異変を覚えるが、視野が狭まったとかではないので未だになれない感覚であるがそのまま裏道から出る。
道中で覗き見るような小鬼が多数見られたが直接的な害はない類のものであるので適当に呪符で驚かせ、散らせる。
ヒィ〜、と呆気ない声を出しながら蜘蛛の巣を散らすように出て行く。見て何が楽しいのか…と、若干疑問に思う真先である。生前も、現在も性欲らしきものが浮かんだことがないのでしょうがないと言える。
そのせいで大妖怪と認識の違いから大小様々ないざこざが起こるがまあ、本日のイベント的な認識で他の妖怪からは思われている。
見えるようになった視界で、凹んだ畑を見る。そこには懐かしい、制服を着た頭部に若干のモザイク修正が施されている女の子の姿があった。
仰向けで倒れているので呼吸の有無が確認できる。一応生きてはいるようだ。
「ここにいる時点で死ぬことはないんだけどね。おーい、どうしたー? ここは宿屋じゃないぞー」
そう言って肩を叩き、体を揺らす。徐々に起こす仕草が強くなってくる。腹に一番良いパンチを入れようか、と悩んでいたその時だった。
徐々にモザイク修正が取れていき、顔が判断できるようになった女の子の目蓋が開いた。
戸惑った表情を見せるが、直ぐに狐面の真先を見つけガバッと起き上がる。
「た、食べても私はおいしくないですよっ!?」
「そもそも食べようって発想は出てきてないよ。んで、君は何しにここへ? 姿からしてただ成らぬ感じだったけど。面倒ごとは私は嫌だよ…」
真先は考える。
頭部を原型がないほどまで壊されていたのだ。犯人は誰か、と思考する。
真先が知る見た目は一端の女の子である妖怪をそんなに痛め付ける趣味を持つのは…おっと、意外にも多いぞ。
直ぐに大蜘蛛、悪鬼、カマイタチ…と、出てくる事に意外だ、と驚く。
今後は人付き合いを考えないといけないな、と思った真先なのだが何とも自然な感じに女の子が被害者な場合を想定していたがその逆もある。
加虐趣味がある妖怪達だが意外と優しい面はあり、カマイタチなんて幼い妖怪の道案内を買って出たほどなのだ。まあ、その後に普通に切り刻んだようだったが。
そんな悪虐非道な連中なのであるがそいつらが原因ではないかもしれない。原因ではないことは殆ど無いのだが。
まあ、真先が見る限りでは潰された頭部以外に、ボロボロになった服も気になる所である。
結論として、犯人が誰でもキュウリの代金は適当に要求しようと考える。
結論付けたと同時くらいに女の子は悩んでいた口をようやく開く。
「えっと、あの、ここはどこですか…? 私、その、マンションから飛び降りた筈なんですけど…」
「…今日来たばっかりなのは少し意外だけど、それが私の家の裏庭に侵入していい理由にはならないよ?」
「え、え? ああ、す、すいません…。あの、お金は持っていないので何らかの形で返したいとは思っています…」
「そ。まあ、とりあえずはようこそ、妖怪界へ」
妖怪界は、堕とされた君達を歓迎するよ。悠久な時を一緒に生きようじゃないか。
そう、先代が真先に言ったように自身も同じ文言を彼女に言う。
言われた彼女はふっ、と糸が切れたように気を失って倒れてしまったが。
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妖怪界は総じて堕ちたモノが集う場所である。
その場所には善人なんてものは存在しない。まあ、妖怪となってまで悪事を働くものは少ないのだが。言って仕舞えば世界レベルでの更生である。
まあ、更生しても生き返るなんてことは一切ないのだが。
そんな世界の背景の元、突然に畑に倒れる頭部が損傷した彼女も真先にとってしてみればただ倒れている悪者である。
素性を知らないだけただの悪人よりも評価は低い。これが他の妖怪の敷地であったのなら有無も言わせずに半殺しにされ、路上に晒し首になっているのでどちらかと言えば真先の彼女に対する態度は優しいものである。
そんな事は知らない彼女、当条紗季とうじょうさきは意識を回復し、説明を受けた訳なのだが上の空であった。
因みに鏡矛はお使いから帰ってきており、今は空気を読んでお昼ごはんを作っている。
流石に小人サイズで調理は難しいので160位の身長になっているが。真先としては胸や下半身を隠す炎が木造である平家を燃やさないか冷や冷やしているのだが。
ボヤは今まで無いがそれでも心配は心配であった。
「私が妖怪…ですか」
「そうだね。でも、紗季は今日此処に来た訳でしょ? なら、まだ妖怪としての名は決まっていないのかな」
「妖怪としての名前ですか…? 小豆洗いとか?」
「そこで小豆洗いの名前が出てくるのは結構渋いね…。まあ、そんな感じだね」
縁側で、のんびりとお話をしている両者である。挟むようにして鏡矛が入れたお茶と、どこかの妖怪が置いて行った菓子が盆の上に置かれている。真先は口を潤すようにしてゆっくりとお茶を含む。
それに吊られるようにして紗季も同じにお茶を飲む。どうやら渋かったようで表情が崩れた。
「妖怪に乗っての名はそのまま体を表すからね。私の場合は『射手付喪真先』ってのが本名で、意味合い的には射て付くモノ〜的なもので攻撃的な名前だね。そこら辺の鬼とかは簡単に討伐できるよ」
「鬼、ですか…。って、事は私も当条紗季みたいな感じになるってことですか?」
「いや、それは違うね。えっと、因みにだけど生前は大量殺人とかして世間に名を響かせた?」
「…いえ、えっと、飛び降り自殺しただけなのでそこまで響かせた訳では無いと思います…」
「そ。なら、変な感じで名は体を表す、になってないと思うよ。基本的に妖怪の名前は見られる側、主に人間達の主観によって決められるからね。向こうが君を『不気味で、無くなった首を探し迷って、出会った人間の首を奪っている』とか、そんな説明が流れない限りは大丈夫だよ。まあ、名が無い状態ってのも怪しいけどね」
「怪しいって…えっと、戸籍がないって意味でですか?」
「この流れで戸籍の言葉が出る事に私は結構驚いているよ。でも、まあそれもあるね。妖怪は人以上に名前で繋がりを作っているからね。でも、私の言っている事はそれじゃ無い」
真先は煎餅を取り、無遠慮に齧って咀嚼する。気持ちの良い音を響かせ、破片が地面に落ちる。その流れでお茶を一気に飲み干す。
「えっと、名前が無いってのは個人としての特徴が無い。まあ、言って仕舞えば真っ白なキャンパスって感じだね。つまりは何事の影響も受けやすい存在だって事になっている」
「キャンパス…?」
「まあ、分かりやすく言うと私が紗季の事を『背丈が十メートルを越える巨漢で、醜悪な外見であり、常に悪臭を匂わせている』と、認識すれば君の名前は…うーん、『臭巨鬼しゅうきょうき』とでも変わって見た目も変化するだろうね」
「えぇ!? そ、そんな…」
「私は君の見た目が分かるからそんな事にはならないけどね。つまりは名前が無いってのは面倒だって話だよ。生前の、では無い妖怪としてのだね」
妖怪界に堕ちたのだから悪者ってのは確定事項であり、翻ることがない事実である。その事をしっかりと理解し、生前とをしっかりと切り離せるかが恐らく、彼女の課題であると考えた真先である。
丁度、良いタイミングで昼食が出来がったらしく、鏡矛が来た。
「射手付喪真先さん達、出来上がりましたよー。えっと、因みに私の…その、呪符の」
「ああ、もう帰って良いよ。てか別にご飯作らなくても良かったんだけど」
「別に!? 帰らせてくれなかったのは射手付喪真先さんの方なんですけどね?? では、私はこれで失礼っ!!」
そう言って真先が取り出した送符に飛び込むようにして戻る。色が戻った送符を腰のホルダーに戻し、広間に向かう。恐らく、料理はそこに並べられているであろう。
「じゃ、取り敢えず続きはご飯を食べてから話そうか。どちらにしてもキュウリの件で私の使いになった訳だしね。長くやろうよ。長く、さ」
「え、ええ、そうですね…。よろしくお願いします真先さん…」
「ま、でも食べる前に着替えだね。流石に風呂までは沸かす手間があるからやらないけど…」
そう言って全身が汚れた紗季を連れて広間を抜け、真先の服が仕舞われている部屋に行く。
これまた真先の自室のようにタンスがずらっと部屋中に並べられているが呪符のような味気なさは無く、どちからかと言えば華やかさまであった。まあ、華やかな女性服や小綺麗な男性服が見える形で保管されている事が原因であろうが。
真先の仕事柄、町まで下る仕事が稀に来るのでそれ用のおめかし服である。最近はファッションする機会はなく、割烹着一択であるが。
呆気に取られる紗季を尻目に適当に服を見繕い、着替えさす。流石に下着の交換までは止められたので止めたが。
「なら服の着替えもさせるなって話だけどね」
「でも、服と下着は流石に…幾ら同性でも流石に…」
と、恥ずかしそうに言う。まあ、特定した名前以外の妖怪には決められた性別はないのだが…特に言う必要はない、と考えた真先は黙って話を聞いていたが。
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