第2話 味噌処の店主は一つ目らしい

 鏡矛は元使い魔の妖怪である。


 使い魔とは下位の魔族が使役された場合の総称で、真先が勇者勇者していた時には敗残兵である下位魔族が祭りの時のヒヨコ並みのテンションで路上で売っていたまである。鏡矛は真先が個人的に契約し、使役した使い魔だが。


 そんな鏡矛であるが妖怪界に来て十数年の歳月が経っている。活動のエネルギーは真先が呪符に込められた魔力で回復は出来るのだが、呼び出された際に肉体を形成する時に妖怪界の空気に多分に触れ回ったのだ。

 既に魂レベルで鏡矛は妖怪になっている。妖怪になっているので魔力がなくて活動が出来ずに死んでしまう、とそんな事はなくなったのだが心地よい休憩所である『送符』は無くされたら困るなー、と思っている。

 言ってしまうと無駄遣いである。真先は気付いていないのが現状である。



 そんな鏡矛なのだが使い魔であるにしては幾分か顔が広すぎるのだ。


 まあ、原因は真先のネームバリューもあるが一番は手先として使いに出させている所が大きい。所によっては真先の顔を知らない店もある。

 そんなレベルに出歩かないのが真先である。妖怪なので太る心配もないし食っては寝て、食っては寝ての繰り返しである。


 たまに悪さをしている妖怪を退治してくれ、と頼まれて外出する程度である。そして、その外出も程度が低い妖怪だと解決すら鏡矛に任せるほどである。

 鏡矛の見た目は小人に羽が生えた様で、愛くるしい見た目と、格好の如何わしさを発揮しているのだが実力はそこそこにある。

 鏡矛とは妖怪界に来て、姿が浸透してきた時に着いた名前であるのだ。元はハイサラマンダー、と上位精霊なのだがそれは今は関係がない。

 いや、関係はするが。まあ、色々と紆余曲折あって人の心を鏡の様に写し、自身の炎を膨れ上がらせる。

 と、そんな感じの妖怪に変化してしまったのだ。名は体を表す、と言うのは妖怪の世界では至極当たり前の様に捉えられている。なので大鬼とかは大きい鬼とかそんな感じの見た目である。


 と、実力と容姿ともに優れている鏡矛なのだが現在は使い魔である。そして妖怪である。真先の住む平家は山の中にあるのでそこから下山する。そうすると徐々に町の全容が見えてくる。妖怪大全町である。無害で、人懐っこい妖怪が多数住む町である。

 厳つい見た目の馬面と、牛面の門番の目の前を通って中に入る。

 基本的に昼夜問わず門は空いているので入国手続きとかそんな事はしない。アホみたいに出入りが激しい所なので一々確認しているとそれだけで日が暮れてしまう。

 そんなに待たせるとたまに来る大妖怪が癇癪を起こすのだ。そんな背景の元、いかにもな様子の妖怪を止めるだけで後はほとんど素通り状態である。


 殺されても死なない、ってのもこのフルオープンな要因の一つなのだが。


「モゥ…鏡矛ちゃん、お使い? 今度は遅れない様に頑張ってね〜」

「確か前回は飲み屋で宴会芸を披露してたら『遅いっ』って言って来たんだっけ? 流石にアレは馬も驚いたブルゥ…。大妖怪ってこんな人を指すんだね、って初めて知ったよ」

「その件はごめんなさい…だけと、別に私は悪くないんだけどね! あの時に誘われなかったら…って、ごめん! 行くね!!」


 また前回の二の舞になりそうだ、と判断した鏡矛は二人との世間話を終わらせ、町内を進んで行く。

 妖怪大全町、と名がついている通りに門を潜るとその先は妖怪達が暮らす、妙に珍しい世界が広がっていた。因みに門番の一人称は『牛』と『馬』である。語尾や最初に鳴き声が付くので遠くから声をかけられても分かる妖怪トップツーである。

 鏡矛の個人的な意見では牛面の牛面守人ぎゅうめんしゅじんの方が分かりやすと思っている。

 強面なのに気が弱い性格なので個性が強いのが原因である。まあ、妖怪大全町ではそれもよくある見た目の一つなのだが。


 猛スピードで飛ぶ鏡矛を手を振って見送った門番二人は通常の業務に戻る。

 たまにこうして仲が良い知人が来て世間話の一つでもするのが楽しみになっていた。最近は天候とかの関係か、外出する妖怪も全然いないのでお暇状態な二人である。

 数秒後にはどの雲が自身に一番似ているか、を探しはじめていた。


 因みに真先大妖怪誤認事件は鏡矛を連れ戻そうとした空腹状態の真先が町に降り、飲んでいた酒場までの凡そ1キロ弱の距離にある建物を全て破壊した、ってのが概要である。

 ギリギリ理性が残っていたのか死人は出ていなかったのが幸いである。ほぼ致命傷は多数出たが。

 色々なイベントを残しながら様々な意味で真先の名は広まっていっている。

 殆どが自業自得なものが多いのだが酒に酔って起こした事が殆どなので当人は覚えていないのが罪深い所である。


 地獄に落ちても堕ちていないみたいである。








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 射手付喪真先はある意味人気の妖怪である。


 出立の特殊もあるがそれを加味するかの様に実力も兼ね備えている。人柄も酒に酔わなかぎりは温厚なので密かに慕う妖怪も少なくはない。

 ついでに美形である。


 そんな真先の元には殆ど毎日、入れ替わりの様に妖怪の来客がある。その流れで食事や酒を共にする事が多い。

 静けさで一人寂しいよりはマシである、と考えている真先であるがその温厚な考えとは逆に食糧事情は冷え切っていた。主に財布の中身である。


 一応の収入であるご意見番も、たまに行う妖怪退治もそこそこにお金が貰えるものであるがそれ以上に食費が嵩むのだ。

 その事を思って食料持参で来る妖怪も多いがそれ以上に消費する速度が尋常じゃない。何度も出るが大鬼がくる時は決まって人が一人は余裕で煮込めそうな鍋を一人で空にする。

 先代の射手付喪真先が残した遺産もあるがそれもいつかは無くなってしまうものである。日に日に減っていくのが分かる程である。

 精々が今日の様に使いに行かせ、お駄賃もちょっとあげるくらいが精一杯である。


 そんな金欠な真先の懐事情であるが、今を生活していけるのは町人たちの手助けがあることが大きい。俗に言うところの御供物である。

 供物とか、生贄とか。悪い言い方ではそんな感じであるが、まあ事実である。真先や鏡矛が手助けをして、助かったものは多いのでそのお礼として貰うのである。

 今日、鏡矛がお使いに向かった店もその恩を感じている一つである。

 名は『茶畑家屋』である。お茶は売っていないのでややこしい店名であるが、茶色ーー味噌を畑の様に相当な量を作って販売している家系である。その一号店である。


 鏡矛は掛かった暖簾に身を触れさせない様に低空飛行で店の中に入り、声を上げる。


「おーーい、味噌を買いに来たよー!」


 そんな声で店の店員が顔を見せる。一つ目の顔であった。直ぐに戻っていった。


「すいません、今お父さん寝ているので起こしますね!」


 との事だ。

 昼間から寝ているとは店としてどうなんだ、と思った鏡矛であるが自身の雇い主である真先は恐らくこの店主以上の怠け者であるので考え方を改める。


「(店主が休んでいても店が回るなんて従業員が育ってる良い証拠だよな)」


 そんな事を考えていると奥の方からドタドタと階段を降りる音が聞こえて来た。直ぐに先程の一つ目同様の人相が飛び出てくる。

 今度は先程の一つ目とは頭一つ分高く、来ている衣服も高級そうな和服である。

 口元にあるヨダレを袖で拭いながら


「やあ、やあ真先さんとこの鏡矛ちゃんじゃないか。どうした、今日は? 一緒に昼寝でもするかい? 夢の内容は真先さんとの料理対決だったから個人的に続きが見たいんだけどねぇ…起こされる寸前で大火事が起こって店が全焼したって辺りで起こされたからどうしよっかな、って感じだよ」


 とても人の良さそうな声色で話すが和服から覗く体はしっかりと鍛えられたものが見える。

 大胸筋なんて詰め物でもしているのかな、と疑うほどに膨らんでいる。腕なんて引き締まりすぎて太ももと見間違う程である。

 まあ、そう見えるなら精神に効く薬が処方されるが。


 そんな良い肉体の店主であるが一年前まではバリバリの武力派で、真先に退治されるまでは『真瞳の巨人』と、言われる程であった。

 その名残で構える店の場所は一番良い場所で、五つの指には入るくらいに面積も大きい。

 一発触発の、綱渡り状態でお使いに駆り出された鏡矛なのだが一つ目店主と関わるのはもう十年も経つ。そこまで経てば慣れるもので


「いや、それが原因で私は主人に怒られたんだからね? 今日は普通に味噌樽のお使いだよ。十分くらいで帰るって言っちゃったし…」

「それはまた、難しい見栄を張っちゃったね…。十分て言うと鏡矛ちゃんが全力で往復するくらいの時間だしね」


 と、普通に会話できる程である。まあ、真先という後ろ盾があるってのも大きいと思うが。

 まあ、兎に角事情を説明してのお使いである。直ぐに話を理解して店奥に戻っていく。

 基本的に鏡矛がこの店によるのは味噌樽のお使いだけなので来たタイミングで準備させれば早いと思うのだが一つ目の主人としては一緒に酒を飲んで楽しみたいのだ。ノリでなんとか飲み歩きできないかなー、と常々思いながら生きている節がある。

 ひらひらと紙幣を揺らしながら鏡矛は来るのを待つ。数秒と経たずに主人が帰ってくる。どうやら準備はしているみたいだった。


 エグいほど血管が浮き出る程に掴み、一人で運んできた。大の大人が二人は余裕で入れる樽なのである。その樽に味噌が詰まっている、となると相応に重い筈なのだが、彼は持つことに苦労しているだけで重さに対しては苦労していない様子である。

 そんな力持ち具合を鏡矛は再確認しながらゆっくりと下ろした店主に紙幣を渡す。「ありゃ、金はいらないっつったんだけどな…」と、呟きながら渋々受け取った後、腰の入れ物から釣り銭を渡してくる。

 この釣り銭だけで一週間は飲み食いに困らない金額はあるがそれは残飯換算で、である。しっかりとした店で行儀良く食べようとなると一日と半日ほどで使い切ってしまうだろう。お駄賃にしては相当な金額である。


 受け取り、使い魔としての技術を使って自身の後についてこさせる様に空中に浮かせ、礼を言って道を遡っていく。

 甘味屋が近くにあったのでそこで買って帰ろうと考えたのだが…どうやらなくなっているみたいで別の店が建っていた。


 マジか、と落ち込む鏡矛である。口の中も胃のなかも甘味屋で売っているカステラを所望していたので、別のものを買う気になれず、そのまま帰宅することにした。今度は門を通らずに上空から飛んで帰る。

 帰りの鏡矛を待っていた門番の二人は呆気に取られたように頭上を飛んで行っている火の玉と樽を見送った。

 時間は凡そ十分弱、とそこそこに約束通りの帰宅である。

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