本日も射手付喪真先は妖怪に絡まれる

椎木結

第1話 How to 妖怪プロローグ

 場所は妖怪界である。駄洒落では無い。


 その場所は自然豊かで、電気なんて化学の結晶はカケラほども残っていない世界である。世界、と言うよりも天界、人間界、地獄と分けた内の地獄と評した方が分かりやすいだろう。

 住人は全て堕ちた存在であり、堕ちたもの同士が独自の価値観で形成したある意味神秘的と言っていい空間である。


 そんな世界であるが妖怪界である。沢山妖怪がいる。妖怪、と聞けばすぐに思い付く悪戯好きだとか首が伸びるだとか目が合ったら死んでしまう。

 と、そんな異形の者たちであるがその認識で正解である。実際に、街を歩いてみると人間らしい姿は沢山いるが大体は顔が無いとか首が無いとか伸びるとかの者であるのだ。普通の見た目の方が少ない。

 堕ちた存在、と言った通りに全てが罪人であり、過ちを犯した獣たちの姿なのだ。悪い事をした原因である悪い事をした部位は、人間界で罪人として噂されていくうちに妖怪として形を成し、姿が形成される。落ち武者とかが分かりやすい例だがあれは別に妖怪では無い。


 怪異とか、悪霊とかの類である。まあ、決めるのは個人の自由なので隣人が妖怪と言えば妖怪に思えるし、寺の住職が悪霊と言えば悪霊に感じるものである。人の意見に左右されやすい人である、と言える事もある。


 妖怪しかいない妖怪界であるが、一人。

 出立が他の妖怪とは違う人物が居る。名は『射手付喪真先いでづくもしんさき』愛称は真先とかマサキとかである。


 マサキは別に似た名前の妖怪がいるので殆どは真先、と名字と名前で分けたときの名前に当たりそうな部位で呼んでいる。本人は特に名前に執着していないのでなんでも良い感じである。流石に大妖怪の名前とかを付けられたら因縁付とかされそうだね、と思っているのでそこだけは嫌そうに否定するが。

 そんな真先であるが容姿は色素の抜けた真っ白と表しても良い純白の長髪を頭の後ろに一纏めにし、普段の気怠けな性格とは裏腹にキリっとしている相貌は少々キツイ印象を受けるがそれでも整った顔立ちである。


 白髪ポニーテール吊り目、と情報多々であるがそれ以上に強いのが真先の前世である。それは人間界で天界の力を多分に借りて地獄へと乗り込む『勇者』と言われる職業に付いていた事だ。地獄に乗り込んだのに地獄の住人になるのか…と、若干のミイラ取りがミイラになる感を感じらるがそんな事はない。

 しっかりと勇者だった時の真先は地獄の王である閻魔大王を合計十度討ち取り、輪廻転生の輪に入れられないように魂ごと打ち砕くことに成功したのだ。なら何で妖怪の身に落ちているのか、と疑問に思うかもしれない。思ってほしい。

 正体は閻魔大王は面ボスであっただけで本当は裏ボスとして魔王、と呼ばれる存在がいたからである。


 出落ちだね、初見殺しだな、と思っていた真先であったが勇者であった時は鬼神奮闘、一騎当千、神殺しの異名を持つ程に強靭な力を持っていたのだ。まだ成長途中の真先を殺そうと送られた万を超える鬼の大群を一人で打ち倒し、大将であった『今宵御言』と告げる神を殺し『鬼神奮闘』の異名を手にする。その際に無理やり今宵御言の加護を自身に付ける。


 次に信頼できる仲間を手にした真先であったが、それを見た閻魔大王が内部分裂を試みようと小鬼の卵を真先の仲間に植え付けることに成功したのだが孵化した合計五万程の生まれたての小鬼ごと微塵切りほどに再生の余地すら残さないほどまで殺して『一騎当千』の異名を手にする。

 その後は裏で手を引いているな、と感じ天界の神の総数を半分程にまで減らすことに成功したのだがあとこれから、と言うところで三界を支配している神の手によって地獄に落とされる。


 まるで動く伝説だ、と言われた勇者である。通った道に人間も悪魔も神も変わらずに頭の無い首を下げる、と恐れられた悪魔、もとい勇者である。閻魔大王を殺した瞬間に襲ってきた魔王にも当たり前のように対応した。正確に言うと隙を敢えて見せた首に飛びついてきた魔王の片腕を掴み、『真先剣離コードヴァース』と言うドワーフの王を一ヶ月ほど監禁して作らせた自身だけの剣の切れ味をいかんなく発揮して真っ二つに両断する。

 その衝撃で閻魔大王の家ーー地獄に落ちた罪人の罪の重さを問う場所ーーを完全に破壊してしまったのだが家主がいないので善意の解体、とそ考えた結果の生気を感じる魔王の両半身を地面に叩き落とし、斬撃を飛ばす。声を飛ばすのと同じ要領である、と言うがそんな訳はない。


 と、まあ、色々なんやかんやあっての、敗北を経験した勇者は三百の神、一千の神獣との『死ぬ事』と言う自身が死ぬ以外で解消されない契約が破棄された事によってその身を突如として現れた熱せられた鎖に貫かれ、内部から幾千万の毒虫が湧き出て、数秒と経たずに腐った死体へと変貌されてしまう。

 その結果の罪と赦しの妖怪である『射手付喪真先』の元に妖怪の身で堕とされてしまう。あ、それも類稀なる才能で先代の『射手付喪真先』の技術を吸収し、我が物にし襲名したのだが。



 そんな異色の経歴を持つ真先であるが悠々自適に生活を送っていた。


 そもそも妖怪は怪異で、出立は人などの想いがある生物の怨念や願いである。その関係上寿命はないに等しいので殺されることに関しても特に深くは思っていない。

 実際に閻魔大王も十度殺されたわけだが現在は魔王と脱衣麻雀に勤しんでいるほど元気である。基本的に妖怪は生き返り可能なので死ぬ事は長期休暇かな、と思っている程である。陽気な性格とかそんなレベルを超えているが怪異とはそんなものである。

 そんな性格故に生前の真先に無残に殺された妖怪達は恨んでいるとか、そんな憎しみの感情は抱いておらず、寧ろ殺し合いと言う新しい楽しみを教えてもらったことに感謝を覚えているほどであった。




 そんな殺しが一周回った真先であるが、殺す事に深い意味がある訳ではない。ただ悪い奴だから殺した、とそんな感じなので特に現在も妖怪を出会い頭に殺す事はなかった。死に、妖怪界に墜とされた時に殺生に関しての喜びを感じる感情を消し取ったことが関係しているかもしれないが知らないところである。



 そんな人畜無害となっている真先であるが現在は、先代の役割であった悩み事解消、と何でも屋のような仕事とも言えないようなものを生業として平家でゆっくりと暮らしていた。









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「あれ、味噌ってなかったんだっけ…? うーん…」


 割烹着姿の真先は悩むように手を顎に当てる。

 声色は困ったようなのだが実に中性的な声で言葉を発する。まあ、妖怪って言う面が強いのが理由だが。


 少し悩み、昨日の出来事を思い出す。そういえば昨日は大人数の来客が来て、猪を食べたんだっけ、と思い至る。森に面して立つ真先が住む平家は獣が多数生息しているのだ。

 まあ、殆どが猪や鹿なので害獣なのだが。その駆除と、お駄賃をあげるという経済を回すために近所の少年少女妖怪を呼んで合計四頭の猪と二頭の鹿を狩る事に成功したのだ。まあ、呼んだ内の一人が呪術系の妖怪だったので猪の肉は食べられそうになかったので無事な三頭を残して焼いて供養し、埋めたのだが。流石に不老不死な妖怪でも呪術系の攻撃には弱いのだ。

 しかも真先の最後は契約違反、と遠い目で見れば呪術系な物なので個人的に受け付けないものがあったのも理由の一つだが。


 理由の背景があった訳だがその二つの獣は獣臭い、で有名な肉である。その分旨味も強いのだが臭みを消す為に多めに味噌を入れて味付けしたのだが…恐らく、それが原因で持ち味噌が無くなったのだろう。

 その証拠に近くのゴミ箱に味噌樽ごと捨てられていた。


「…お酒は控えようかね。恐らく私じゃ無いと思いたいけど樽を捨てるまで酔うのは流石に用法要領は守ってないよね…」


 誰に言うでもなく呟き、華奢な体からは予想もできないような怪力で大の大人二人は余裕で入りそうな樽を軽々と持ち上げる。流石妖怪である。

 実際、真先自身は勇者の頃に学んだ医療術を応用して医者の真似事をしていたりするのだが…基本的に沢山食べて沢山寝れば怪我が治るのが妖怪である。


 そこまで医者の需要は無かったみたいで、医者としての真先は依頼を受けた事は過去に数度しかない。

 まあ、過去と言っても10年前とかそこら辺であるが。


 そんな医者としての自分の意見が体を大事に、と言ってくるので素直に従う真先である。あるが棚には友人知人から貰った酒が多数保管されているので実際に辞めれるかは謎である。

 基本的に騒いでも迷惑にならず、勇者の魔力を込めた呪符で大抵の不祥事は解決出来る状況は、悪人巨人天狗…と、多種多様な種族が集まれる場所として重宝されているのだ。

 気安く集まって飲む為に酒を置いているだけでなく、裏庭には真先が知らぬところで栽培されている変な植物もある。ツマミ、かは知らないのが怖いところである。

 家主の知らないことの多いとも言える通称『百魔重衆』として天田の妖怪から知られる集いの場所になっているのだ。もう、百鬼夜行と捉えられるかもしれないね、と。

 妖怪の元締め、と思われる事を気にしている真先であるが時すでに遅しである。まあ、逆にそこまでの妖怪を集めても不祥事はさほど起きていないので実力のある、足りがいのある元締めとして町人の方に理解されているので良いのか悪いのか。


 なんやかんやあるが今の真先は味噌汁が飲みたいのである。今の心情的に妖怪達の元締めと思われても特に心情の変化はないだろう。

 次に作る料理が多少味付けが濃くなるだけで劇的な変化はない。


「具はわかめと…そうだね、豆腐とかが良いかな。普通が一番見に染みるんだよねー」


 そう言いながら台所から場所を移動し、部屋を二つ繋げた大広間に移動する。そこを抜け、自室に入る。

 三百六十度棚で埋まった空間で、一つの引き出しを開ける。

 そこにはびっしりと呪符が並べ、仕舞われている。そこから『伝符』と書かれた呪符を取り出す。妖怪として身を落とした時に残った魔力を使って作った呪符の一つである。閻魔大王と魔王との戦闘で魔力が減った状態で妖怪に落とされたのだ。

 環境の違いか、失った魔力は回復の兆しが見えなかった事を感じた真先が残した勇者時代の魔法が封じ込められているのだ。それぞれの魔法が千ずつは保管されている。失ったとは…?


 取り出した送符をその場で発動する。淡い光を帯びて、燃えて消えるようにして無くなる。同時に入れ替わるようにして火の玉がその場に現れる。


「んー! はじめまして、ご主人様! 使い魔の鏡矛きょうむです! よろし……て、射手付喪真先の方ですか」


 登場と同時にはじけんばかりの笑顔とテンションで自己紹介をした火の玉、改め掌サイズの小人になった鏡矛きょうむは目に見えてテンションを落とした。

 体の所々を炎で隠しているので若干であるが炎系統の妖怪だと理解できる。まあ、使い魔なのだが妖怪界に影響してか魔から妖の雰囲気に変化していていっているのを10年の歳月の間で感じはじめていた。


 目に見えて引く様子の鏡矛に一枚の紙幣を渡す。


「味噌を買ってきて欲しいんだ。残りで好きなものを買って良いけどできるだけ早く買ってきてね」

「いや、使い魔なので喜んで引き受けますけど…もっと、こう、作伐とした空気感はないんですかね? 昔のアナタを知っているとギャップで吐き気がすごいんですよね…」

「…休暇はない方が良いのかな?」

「行ってきます!! 十分以内に帰ってきますので私の呪符は捨てないでくださいね!!!」


 そう言いながら飛んでいく鏡矛を見送る真先。使い魔界隈ーー妖怪化した使い魔は鏡矛しか知らないのだがーーでは呪符は人で言うところの休憩所のようなものらしい。

 その中に入っていると気が休まるし、真先の魔力を封じ込めているので失った魔力の回復もそれで行えるのだ。鏡矛の生命線と言っても過言ではないのでその真剣さは理解できるものだろう。


「行ってらっしゃーい」


 既に見えなくなるほどまで遠くまで行ってしまった鏡矛を見送り、効力が失い、チリとなって地面に落ちた屑に補充用の『補符』と書かれた呪符を重ねる。一瞬で燃えカスのようになっていた灰色の色が元の色を取り戻し、形も符としてのものになる。流石魔法製である。妖怪がいるんだからいるんだもんである。


「…折角だしお酒も開けちゃおうかな。昨日飲みすぎたから来客は来ないよな」


 そう言って外に出る。因みに休肝日は寝ている時である。

 確か裏庭に大根が育っていたはずだ、と微かな記憶を頼りに行くのだが…うっすらと昨日、天狗が来た時に大鬼と協力して生大根を食べさせた記憶が蘇るが…。


「まあ、無くなってたら後でお金を請求すれば良いか。射手付喪真先印の野菜って巷では高値で取引されているみたいだし」


 先日聞いた話を思い出す。高値になるには効果や、元値が高い、とか色々と理由が必要なのだが裏庭で作った野菜はそんな工夫は一つもない。ただの大根である。まあ、妖怪の土地で作られた野菜を普通と言って良いのか謎なのだが妖怪界では普通である。


 高値で取引されているのは射手付喪真先の妖艶な雰囲気が原因なのだが本人の知らぬところである。

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