第6話 もう一人の女の子の今?(最終回)

紗英の夫:かおりちゃんには話してるみたいだけど、紗英の両親は、彼女が子どもの頃離婚しているんです。


ユウキ:その事、実は知ってます。あの…かおりからでなく、うちのばあちゃんから。その……紗英先輩のお母さんの実家がこの近くだったんで、ばあちゃんは子どもの頃の紗英先輩の事、知ってるんです。


紗英の夫:え? そうなんですか。


ユウキ:いつもホラー映画みたいに頭に浮かぶシーンがあるんです。夏のキャンプから戻ったら、家は真っ暗で誰もいなくって雨の中濡れながらバンバンとドアを叩いてる小学生の姿。それは女の子。僕が子どもの頃、ばあちゃんから聞いたさえちゃんって子の話。ふっと思い出して。あれは紗英先輩の話だったんですね。女の子はどうなったんだろうって、いつも心を痛めてました。


紗英の夫:そう、心を痛めてくれていたんですね。一触即発だった彼女の両親はサマーキャンプの間に修復不可能な所までいって、二人とも突発的に家を出ていたんです。まあ母親の実家が近いので、賢い娘がそこに来るだろうとは考えていたんでしょうね。


ユウキ:雨と涙に濡れて母親の実家のドアを叩き続けていた女の子の事、ばあちゃんはずっと気にかけてました。それ以来、笑わない、勉強の虫の女の子になってしまったって。


紗英の夫:妻は言ってました。その前の年があまりに、素晴らしかっただけに落差が辛かったって。


ユウキ:じゃ、前の年は仲良かったんですかね?


紗英の夫:何らかの溝はあったんじゃないかと思うんです。そのさらに一年前の七歳の年に、妻は大病を患って手術までしたそうです。回復した春、夏に両親は今まで行けなかった様々な場所に彼女を連れて行ってくれ、それは楽しかったって。家族で笑い合い、戸外でバーベキューしたり湖畔のハンモックで昼寝したり。高原、海、夜祭に花火……世界がこんなに美しさにあふれているんだって感じたそうです。だから翌年の夏、家族が微妙な雰囲気でどこにも出かけず、でもきっとまた去年のように楽しい夏になるのを密かに期待してたって。帰り道、キャンプで起こったでき事をいつか笑って話せる日を楽しみにしてたって。


ユウキ:帰ってきて家は真っ暗で誰もいなくて怖かったでしょうね。


紗英の夫:怖かったと思います。その反動というか、それからは夏休みのイベントっぽい場所や行事がキライになって、そんな場所に近寄りもしなかったって。


ユウキ:だからみわちゃんが初めて来た夏、遊びに連れて行くのが怖かったんですね?


紗英の夫:そうなんです。でも実際には一週間過ぎて、みわちゃんが帰る日には心地良い疲れと楽しさが残っただけ。恐れていたような悲しい思い出が呼び戻される事はなかったんです。あっけないくらい。


ユウキ:それで去年も同じように夏を過ごしたんですね。今年は、でもみわちゃんは一日もいなかった。


紗英の夫:それでも同じように二人で、子どものような夏休みを過ごしてみたんです。こっそりですけどね。いや堂々かな。ラジオ体操にディズニーに花火大会や夜祭も。別に何て事もなく、ディズニーは、普通に中年同士のカップルも老夫婦もいた。


ユウキ:かおりから聞いた時、そうなんじゃないかと思ってた。


紗英の夫:どうして分かったんですか?


ユウキ:洗面台のスペースにヨーヨー風船を飾ってたって言ってたから。うちの母ちゃん、いえ母は夫婦の部屋の近くの洗面台にはキレイにしてて、オレの物とか置かせないんです。夫婦で沖縄に行った時の土産の硝子玉のキーホルダーみたいなの飾ったりして。だからきっとヨーヨー釣りが二人の楽しい思い出につながってるんだろうなって。それに…。


紗英の夫:それに?


ユウキ:かおりに貸したエルメスのハンカチに、かき氷のイチゴのシロップとメロンのシロップの染みが付いていた。親戚の子がこぼしたのを拭くんなら、ティッシュペーパーのはずだから。それにかおりに聞いてた紗英先輩の性格なら、染みのついたハンカチなんて捨てるんじゃないかって思ったんです。


紗英の夫:やっぱり分かるものなんですね。


ユウキ:今ね、トラウマの女の子の別な帰宅シーンが頭に浮かぶんです。


紗英の夫:どんな? 


ユウキ:女の子が夕暮れ時に家に着くと、辺りは夕焼けでオレンジ色に染まってて、ベルを鳴らすとドアがすぐに開いて笑顔で家の中に入るという。家の中からは大好きなハンバーグステーキの匂いがして。


紗英の夫:その風景、僕にも見える気がします。今日話した事って、これまで夫婦だけの秘密だったんですよ。


ユウキ:誰にも言ってなかったんだ。何か悪いですね。人のプライベート部分に入り込んでしまいましたね、僕とかおり。


紗英の夫:いえ、いいんです。聞いてもらえてうれしかった。会社の連中にも避暑地で休暇を過ごすなんて、曖昧に言って誤魔化していたんです。うちの会社は夏の休暇がそれぞれ十日もあるから、海外旅行に出かける社員がほとんどなんですよ。ナイアガラだサグラダ・ファミリアだってスケールの大きい休暇の過ごし方してるから、こういうセコい休暇の過ごし方、カミングアウトするのに気が引けて。


ユウキ:そうですかね? 逆にスケールが大きいと思いました。何十年も時を遡って。


紗英の夫:これ、射的でとったヨーヨーの形のピアス。ちゃちでしょ? 夏の思い出に妻に渡すつもりです。


ユウキ:いいえ。高級に見えます。あっ。


紗英の夫:何?


ユウキ:いや、その中に一瞬顔文字の笑顔が見えた気がしたけど、そんなデザインかと思ったけど、見間違いですね。夕陽が当たってそう見えただけみたいです。

(*˘︶˘*).。.:*♡(*˘︶˘*).。.:*♡(*˘︶˘*).。.:*♡


***

〈九月、朝のオフィスで〉


かおり:先輩、私、何とか飛ばされずに済みました。心配かけてすみませんでした。


紗英:良かった。


かおり:ところで今日の先輩はいつもと雰囲気が違いますね。


紗英:?


かおり:新しいピアスですか? なんで耳を押さえて見えないようにしているんですか? 照れないで見せてくださいよ。




〈終わり〉

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夏の素敵な思い出 秋色 @autumn-hue

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