5 もし意味があるとするならば————。

『三神さん、何の用だ?』


【念話】の先に居る勇吾の声が、シンの脳内に響く。


「たまたま近くを通りがかってね。今キミ達の声が聴こえる場所に居るんだ。一方的に聞き耳を立ててるのも寂しいから、連絡してみた」


 シンは金網の柵に覆われたビルの屋上に居た。


『そうか。?』

「ああわかる。山本くんも居るし、手榴弾を使ってたギャルも居るね。あとはユンギくん、だっけ? 彼も居るよね」


 シンの耳には勇吾以外の声も届いている。


『ねえ! 三神ってもしかして、この前言ってたクソ犬!?』

『うルさイ。おイ女。だマれ』

『くくく。勇吾、俺達の前で良いのか?』

『はい、友人ですから』


 シンの声は勇吾にしか聴こえないが、聴覚の鋭いシンには勇吾の声が二重に聴こえた。


「友人とは嬉しい事を言ってくれるよ。ところでそこの二人は、ゾンビ、かい?」

『ああ、あんたにしては迂闊だったな』

「まったくだ。ユンギくんはともかくとして、彼女のクントゥムを潰さなかった事は後悔してる」

『亜美は首をもがれてから直ぐに死んだらしい。俺が話すまであんたの事も知らなかったそうだ。、山本さんもその時の事を聞きてえみてえだぜ?』

「!」


 勇吾の隠されたメッセージをシンは理解する。


 ——沢口の存在を山本は知らない。


「ははは、上手くやってるみたいだね。その亜美ちゃんに伝えてくれ。セクシーな全裸の死体はそんなに唆らなかった、そういう意味でゴメンってね」


 勇吾が亜美にそう伝えると、彼女の怒声が聴こえた。

 そして——。


『初めましてだな、三神? 俺らの声、聴こえてんだろ? んでよぉ、あんたこれからどうすんだい? 俺らと一緒に来ねえか?』


 山本がシンに提案する。


「まるで伝言ゲームだな、まぁ良いか。勇吾くん、そのまま伝えてよ。答えはNOだ。ゾンビ犬にはなりたくないし、キミ達の邪魔をしたくなるかも知れない」

『そうか。もしそうなったなら、俺達は敵だ。そういう立ち位置を俺は選んだんだ』


 勇吾の声に、以前のような戸惑いは一切混ざっていなかった。


「……それで良いよ。元気そうで、ちょっとだけ、嬉しかった。それじゃあね」


 シンは念話を切った。

 その後も勇吾達の話し声が聴こえる。

 山本は笑っていた。

 

 傍にいるマスコが口を開く。


「あんた、独りぼっちじゃん」

「それを言わないでよマスコちゃん」


 敢えて口に出してシンは返事をした。


 今の勇吾に対してだけではなく、シンは数日前、沢口の様子も見に行っていた。「二度と会いたくない」と言われはしたが、気になったのである。カナとは順調そうだが、悠月の父親になる日は遠そうだった。

 会おうと思えば会いにも行けるが、邪魔をしたくはない。

 シンは自分で自分の行動を狭めていた。


「——良いのさ。皆んなが元気ならそれで」

「本当に? 自分からそういう方向に行ってない?」

「それはこの前言った通りだよ」

「もっといい加減に生きれば良いのに」

「ごめん」

「なんであたしに謝るの?」

「一番キミに、謝りたいからだ」


 調子の良い誤魔化しではなかった。

 シンの耳には多くの情報が入る。鼻にも。

 シンはそれを無視出来ないでいた。

 マスコもそれを、止められないでいた。シンの取るがその場においては正しいと感じてしまう。本当は全てを無視してひっそりと生きて欲しい——そう想いはするが、中々上手くいかない。

 

「……あんた、何かしたい事とかないの?」

「え?」

「やりたくてやってるワケでじゃないんでしょ? だから、やりたい事でも見つければ良いと思う」

「やりたい事か、難しいな。自分からそれを探すのは」

「あんたはあたしに『キミの為にただそこに居続けよう』って言ってくれた。でも、それだけだと、あたしはイヤ」

「……」

「キミと一緒にアレをしたいだとかコレしたいだとか、そういう事言ってみてよ、嘘でも良いから。ねえあんた、あたしと一緒に何がしたい?」

 

 マスコの目が潤んでいる。


「い、一緒に、何か、したい」

「馬鹿!」


 シンは自分がやめられない事を「やらない」とは、言えなかった。その場に居合わせたならば、どうしても干渉してしまうからである。「放っておけない」ただそれだけの気持ちで。

 飢えすらもない。だが——。


「生きる、以外の意味をキミと探したい——それじゃ、駄目かな?」


 シンの答えに、マスコは顔をそらした。


「あっそ」

「ええ? せっかくクサいセリフ言ったのに!」

「クサいセリフしか言わないでしょ? あんたは。ああもう、わかったわかった。訊いたあたしが馬鹿でした」

「いや、クサいセリフだけど嘘じゃなくてだね——?」

「ハイハイ、わかってるから——」

「マスコちゃん——」


 呆れた口調で聞き流そうとするマスコに、シンは真剣な口調で、続ける。


「自分を変えるという事に俺は、物凄く抵抗を感じる。だから、いつまでも苦労はかけると思うよ。それでもキミと一緒に何かをしたい。コレは、本心なんだ」


「……知ってる——」


 獣とは本来、生きる為に生きるものだ。

 他の命で食い繋ぎ、眠り、また食い繋ぐ。

 意味などはない。

 ただただそうして、ただただそこに、あるだけだ。


 だがもしも、意味があるとするならば————。



 世界にたった一つの特別な世界。

 I FOR YOU CUZ YOU FOR ME.


 終わり。

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世界にたった一つの特別な世界。 Y.T @waitii

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