4 ちっちゃいイヌに食べられちゃうよ。

 とある小学校、その教室。

 生徒達の半分以上が既に登校しており、仲良く談笑する子もいれば、席について大人しくしている子もいる。

 先月隣街で起きた大きな暴動の復興がまだ終わっておらず、避難して来た生徒達もまだ在籍している。その為、教室内の賑やかさには、があった。それにはまだ年度が始まったばかりで新しいクラスに馴染めない子が多いという理由もあるが。


「ねースキルとかつかえる?」「つかえないー!」「ずるいよねオトナばっかり」「あたしはやだなぁ。だってこわいもん」「ボクもー」「なさけねー! ブキがあれば先生とかやっつけられるでしょ!」「だからこわいんだって」


「——そんなこと言ってると、ちっちゃいイヌに食べられちゃうよー?」

「いぬ?」


 一人で席に座っていたくぼづかづきは密かに耳を傾けた。友達のサクヤは別のクラスだ。


「パパがいってたんだけどねー。わるいコトしようとすると、黒くてちっちゃいイヌが来るんだってー」

「セイギのミカタ?」

「ちがうよー。だって、すっごいザンコクなかんじにコロされちゃうんだから、悪いイヌに決まってるー」

「オレだったらそんなイヌにやられないけどね!」

「うっそだー?」


 やがて悠月は聴くのを辞め、ぼんやりと自分の【ナビゲーター】であるデメキンを眺めた。


「なになに? 悠月くん。今ボクを見た?」


 その見た目は名前とは違う、小さなシュモクザメである。だが悠月にとっては、横に目が飛び出ているのでだ。

 

(見たよ。だからナニ?)

「冷たいなー。ところで今のハナシ、あの犬のお兄さんだよね」

(そうみたいだね)


 悠月は周りに気づかれないように心の中で会話をする。悠月が【プレイヤー】である事は、彼の母親の窪塚ですらも知らない。


「悠月くんには『人の痛みを知れ』なんて言っておいて、お兄さんはやりたい放題!」

(そうだね。でもそれが大人でしょ? フツーだよ)

「悠月くんマセてるー! ヒューヒュー!」

(うるさいよ)


 悠月の脳裏には、橋の上でのシンの姿が浮かんでいた。とても効率の悪そうな方法で人助けをしていた、シンの姿が。


(——きっと色々あるんだろうね。まだまだ僕にはわからないコトが)

「悠月くん、オットナー! でも悠月くんもワザと怖がらせて橋の車をどかしてたでしょ? もしかして、そんな感じ?」

(たぶん、チガうと思うよ)

「違うの?」

(ただグーゼン気づいて、ついやっちゃうってカンジかもね)

「アハッ、そうかも! 犬も歩けば棒に当たるー!」

(そういうのワザワザ言うと、バカみたいに見えるよ)

「ワザワザ云うのがコトワザなの!」

(ふーん?)


 そんなやり取りをする悠月達に、教室に入って来たばかりの生徒が近づいて来る。

 女の子だ。


「ユヅキくん、おはよー!」

「おはよう。えーと名前、なんだっけ?」


 親の趣味なのか、フリルの襟が付いた長袖のシャツにチェック柄のスカートを穿いている。艶のあるストレートの髪が、内側に巻いていた。

 いつも洗い晒しのパーカーやトレーナーを着て、伸びっぱなしの髪に寝癖を付けている悠月には、人形に着せられた衣装のように見えている。


「ひどい! まだおぼえてくれてないの?」

「ジョーダンだよ、カノンちゃん。でも僕たち、話したコトあった?」


 悠月の記憶では挨拶をされたのも初めてだ。というか、悠月に挨拶をする生徒はこの教室にはいない。悠月が自分から誰にも話かけないからである。

 既にプレイヤーとしての戦闘経験がある悠月は、他の子供達が好む話題にどうしても興味が持てないのだ。興味を持ちたい、と思ってはいるが、面倒臭さの方が勝っている。


「ないよ! だから! それに——」


 不意に彼女は悠月に顔を近づけた。


「ユヅキくんも、?」

「————!?」


 悠月は反射的に【亡骸達の遺産テイルズ オブ テイルズ】を天井の隅に一体、けんげんさせた。

 悠月のそのどくのような【武器】に気づく生徒はいない。

 目の前にいる、このたちばなのんを除いて。


「あははっ、ユヅキくんガチじゃん。ダメだよこういう時は知らんぷりしなきゃ。でもダイジョウブ、だれにも言わないから。だって知ってる? 先生にはセイトに言うコトを聞かせるスキルがあるんだって。バレたらメイレイされちゃう」

「なんで僕に話かけたの?」

「これからもっと私たちみたいな人、ふえると思うんだよねー。だからその前に、イッショにキョウリョクして、?」

「……やらない」

「あ、そっかー。ユヅキくん、レベル上がらないんだね? ザンネーン」

「さあね。でもそろそろ話すのやめない? みんなにヘンに思われるよ」

「えー? ま、しょーがないよねー。気がむいたらいつでもコエかけてねー?」

「わかったよ(やらないけど)」


 ガララッ。


「皆んなおはよう! さあ席に着いて!」


 チャイムが鳴る前に担任の男性教諭が入って来た。


「じゃあユヅキくん、またあとでね!」


 花音が悠月から離れて席に着いた。


「うげげー、『また後でね!』だってー。悠月くん、どうするの?」

(わからない、けど、うまくやるしかないみたい。たぶん、犬のお兄ちゃんの色々って、こんなカンジだと思う)


 そう言うと悠月は亡骸達の遺産テイルズ オブ テイルズを消し、教卓から生徒達を見下ろす男性教諭に目を向けた。


 


 

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