3 満月が一瞬、黒く陰った。

 とある施設の武器庫内。

 二人の男が物品の数をせっせせっせと数えている。


「班長、意味あるんすか? 俺たちこんな事してて」

 

 迷彩服を着る若い男が、同じく迷彩服を着る男に話す。


「意味? あるじゃん。だって俺らゲームの装備【兵士達の予備装備チェスト ベスト ベター】で統制されちゃってんだから。今まで以上にキチンと管理しないとさ」

「いや、そういう事出来ないように直ぐに新しい規則できたじゃないですか。現実に戻ってからびょーで」

「アレは凄かったよなー。まさか幕僚長が独断で全国の隊員に一斉に命令しちゃったんだから。政府からのお咎めもナシ。そういう人達のイメージ変わっちゃったよ。意外と融通が効くもんだ」

「【装備】の指定も初めにされちゃいましたもんね。こんな事なら【チュートリアル】で先に貰っておくべきでしたよ」

「そういう事考える新兵がいるからじゃん? まあ俺は【福引券ラッキーチケット】で意味わかんない武器当てちゃったからアレだけど」

「え!? そうなんすか!? じゃあ班長だけ【職業ジョブ】が違うとか!? 羨ましー!」

「だから意味ないだろ? 命令がないと何もできない【自衛官俺達】なんだから」

「だから意味ないでしょ? 今こんな事してても。規則を破れない自衛官俺らなんすから」

「ははは、言えてる。でもこれも規則だ。愚痴が許させてるだけマシに考えろよ」

「はーい」


 やがて二人はドアの電子ロックを掛け直し、外へ出てもう一つの鍵も掛け直した。


 しばらく経ったのち————————。


 暗くなった部屋で囁く声が聞こえる。


「おい、マジで大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫。俺がココに居たのは二年前だ」

「でも笑えるな。一般人の俺が【兵士ソルジャー】なのにお前は【魔導士】なんだもん」

「今じゃ俺も一般人だって。それに


 暗い部屋で、白い杖に外からのオレンジ色の光が当たる。


「だから俺が貸すんじゃね? 盗んだヤツとタマをよ?」

「それこそ大丈夫か? ちゃんと俺も使えんだろうな?」

「それこそ言ったっしょ。貸すのも使用に含まれるって。この兵士達の予備装備チェスト ベスト ベターのタマは」

「へへ。やっぱ持つべきモノは、狡賢いダチだよな」

「ふふ、俺だってお前がいなきゃこんなジョ選ばなかったって」

「盗るもん盗って早く帰ろうぜ? 当直室隣りだからよ」

「そうだな。帰って二人で無双しようぜ」


 一瞬部屋が白く光り、再び静寂に包まれた。


 かなり離れた住宅街の一室——————。


 先ほど囁き声を出していた者達がはしゃいでいる。蛍光灯が半分、切れかけていた。


らっくしょーっしょ!」

「なあなあ、いつやる?」

「どうだろうな? 結局、音が出るだろ? だからこの前みたいな暴動が起こった時、それに紛れてやれば良いんじゃね?」

「ええ? でも同じ事考えるヤツとかいたら先越されんじゃね?」


「————それはないんじゃないかな?」


 突然、部屋の隅から別の声がした。


「!?」


 男達が振り向くと、そこには小さく黒い、狼のような犬が居る。


「いや、本当にたまたまなんだけど、ちょっと近くを歩いてたらキミ達の悪だくみが聴こえてね?」


「なんだ!? 犬!?」

「おい、もしかして動画で流れてきたやつじゃねえか?」


 一人が犬を指差す。


「おお!? ニュースでは伏せられてたけど、俺って有名人みたいだね?」

「なんでこんな場所にいるんだ!?」

「だから言っただろう? たまたま聴いたって。俺耳が良いからさ。んで、キミ達が帰って来る前に適当な駐屯地と、近くの警察署に通報しといた。明日にはキミ達みたいな奴らの対策もできてるんじゃないかな? 彼らが仕事熱心だったら、のハナシだけどね?」


 犬が男達にウインクする。


「はっ! 馬鹿か!? 誰がそんな通報信用するんだよ」

「うん、自然な疑問だ。安心しなよ、警察にはココの住所も伝えてあるし、

「ど、どういう事——!?」


 男達に次の言葉はなかった。

 見えない何かに二人とも、頭部を握り潰されている。

 毛髪ごと皮膚が食い込む歪な頭部の割れ目から、血の混じる内容物が飛び散り、天井や壁にこびりついた。蛍光灯にもそれがかかり、部屋の明度が少しだけ下がる。

 

「【クントゥム】はそのままにしておくよ。通報した内容もあるし、。それに、俺が食う価値もない」


 二人を殺害した【魔物】、かみシンは、部屋に侵入した時とは違い、居間のドアを開け、玄関の鍵を開け、外に出た。

 部屋には顔の上半分がない死体が二つと、多数の銃器が、散らばっていた。


 サイレンの音が遠くから近寄る。シンは近くの別の建物の屋根に飛び乗り、遠ざかった。


「……ねえ、今のもあたしの為?」

 

 シンの側で移動を共にする【ナビゲーター】マスコが話し掛ける。


(その質問はズルいな。『そうじゃない』って返ししか出来ない)


 二人の会話は高速だ。しかし屋根から屋根へ高速で移動する二人にとって、この時間は自然なスピードだった。


(——どんな言い訳をしても、自分がして来た事は、変えられない。じゃあこれから他人がする事は? 残念ながら、無視できない)

「そんな回りくどい答えなんて訊いてない。今の人達を殺したのは、あたしの為? それとも、あんたの為?」


 シンは大きくジャンプした。

 依然その速度は速く、常人で捉えられる者は少ないだろう。


(——俺達の為、の、つもりだよ。一応)

「……わかった」

(ごめん、嘘だ。放っておいて後から後悔するのが怖かった。やがて成長する彼らを望む、自分が嫌だった)

「嘘ではないでしょ? どっちともあんたの本音。どんなに幼稚な人達でも【レベル】が上がれば、経験を積めば、あたし達の敵にもなり得る。それを脅威に感じるあんたもいるし、待ち望むあんたもいる。違う?」

(……その通りだ)

「あんたは本当は戦いたい。でもあたしの為に、戦わないようにしてる。別に頭ごなしに責めないわよ。結果的に未来の犠牲者を減らせたかも知れないし」

(未来に犠牲者なんて居なかったら?)

「そんなのは知らない。でも明らかにあの人達は誰かを殺そうとしてた。それを止めようとする事は間違いではないと思う」

(あんまり、そういう慰めはしない方が良い。特に、俺に対しては)

「あんた以外に話す相手がいないでしょ? それに、慰めてなんかいない。あんたのする事は、極端で雑。それを指摘しただけよ、あたしは」


 再びシンが大きく跳ねる。


(そういう事に、しておくよ)


 満月が一瞬、黒く陰った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る