2 そういう店。

 暗い空間で白光達が騒いでいる。流れるBGMも騒がしいが、客達は静かだ。

 曇りガラスで細かく仕切られたスペースに男達がそれぞれ座り、それぞれ女達を跨らせている。唇を重ね唾液を交える者達も居れば、ただ抱き合い囁き合う者達も居る。溶けた氷が浮かぶグラスやいぶった灰皿の載るテーブルもに、互いを弄り合い、甘い吐息を吐く者達も居た。

 ここはそういう店だ。

 一番奥の仕切りのソファに、男が一人、グラスを傾けていた。そのスーツの色は店内に溶け込んでおり、ワイシャツの白さだけが目立つ。


「よう、ウォンさん。待たせて悪い」


 店内を進む男がソファの男に声をかけた。

 チカチカと光が当たり、蛇柄のスーツが怪しげな光沢を放つ。


「山本さん、お久しぶりです。ですが、その名前はやめて下さい」

「おっと、そうだった。今は’アール スリー アール’社長の、ユーリ秋山だったっけか? いったいナニ人のつもりだ?」

「はは、一応はイギリスとのクォーターって事になってます。ところで、そちらの方は?」


 秋山は山本の後ろに控える男を見た。逆立つような赤い髪は、暗い店内でも鮮やかだ。


「おい、自分で名乗れ」

「はい。初めまして、秋山さん。俺はおお西にしゆうという者です」

「へえ? 彼も、ですか?」

「くく、なんで知ってんだよ?」

「人が悪いですね。あなた、私のトコの人にも手を出したでしょう? わからないハズがありません」

「くくくく、済まなかったな。だから謝りに来たんじゃねえか。それにコイツは、ゾンビじゃねえんだなぁ」

「ほう? 大西さん、と云いましたね? あなた、怖くないんですか? 山本さんの隣りに居て」


 秋山の整った歯が照らされる。


「恐いですよ。でも俺は一度死んだようなもんなので、ゾンビとかはあまり気にしてません」


「おい、それは気にしろよー? せっかくオイラが機転を利かせてやったんだぜい?」


 勇吾の【ナビゲーター】ライオウが口を挟んだ。


(ああ、そうだな)


 シンと隼人が戦うなか、勇吾は確かに死んでいた。シンと、そしてライオウによって————————。



「————【忍法 • ぐれ】の術ッッ!!」


 離れた所で隼人の声がする。

 ライオウの身体は消えかけていた。勇吾の命と共に。

「あー、そろそろ限界だぜい? オラ勇吾ぉ! 起きろって!」


 ライオウは勇吾の傷の修復を再開させた。

 勇吾の意識が戻る。

 勇吾の【HP体力】は使い果たされてはおらず、ただライオウによって止められていただけだったのだ。

 しかしそれでも、勇吾が目覚めるかどうかはライオウにとってギャンブルだった。ギャンブルだったが、ライオウのその判断は勇吾の【運】を共有していた事で思いついたものである。ライオウは勇吾が目覚める事を、確信していた。


(ライ、オウ?)

「急げ急げー! まだお前さん、! なんでも良いから口に入れろー!」


 生きているのは勇吾の上半身だけだった。千切れたはらわたがもたらす苦痛が蘇り、勇吾は顔を歪める。だがすぐに自信の置かれた状況を理解し、【アイテムポケット】から二リットルのコーラを取り出し口に注ぐ。ペットボトルが空になるとすぐにまた同じ物を取り出し、繰り返した。


「【ヒーロースーツ】も来とけー!」

(あ? なんでだよ?)

「再生速度を早めるためだっつーの!」


 勇吾はヒーロースーツを出現させる。

 


「よっしゃ! 取り敢えず巻き添え食らう前に逃げんぞー!」


 勇吾は光の方向を見る。


(三神さん、すげーな)


 遠目からでもわかった。

 隼人の光る忍具達をシンが、爆風で蹴散らす姿が。隼人には当たってないようだったが、それでもダメージを与えていたように見える。


「加勢しようなんて思うなよー? もうアイツらは次元がちげー!」

(わかってる)


 近づけば、もう本当に、生きてはいられない——勇吾の【】がそう言っていた。


 勇吾がその場から離れ悪寒が無くなったその時、地面でうごめく乱気流から細長く赤い筋が伸びる。やがて、それが霧散し、雷となって発光した。間を置かずそのふもとの大地も鳴り、めくれ上がった。

 一つの場所に稲妻と小さな隕石が同時に落ちたように錯覚する。

 それを見て勇吾は、悔しい、と、思ったのだった————————。



「くくくく、コイツは失敗こそしたが、金だけはキッチリ取り戻したからな。妥協点として、生きたままこき使うことにした、それだけだ」

「山本さん、使、じゃないですか? ねえ、大西さん?」

「わかりません」


 目の前で自分を駒か何かのように話す二人に、勇吾は眉ひとつ動かさない。


「くく、ふふ、くくくくく。良いタマァしてんだろ? コイツ、手伝ってくれた奴の事も洗いざらい喋ったんだぜ? 逆に信用してやる事にした」

「手伝ってくれた奴?」

「ああ、犬だよ犬。確か、名前は、おい勇吾、なんつったっけ?」

かみシンです」

「三神、シン? へえ? なるほど、面白い。あの狼の人が、その名前を」


 秋山が目を細め、グラスを傾ける。


「あ? 知ってんのか?」

「いいえ、たまたま知り合いの名前と同じだったもので。でも人違いです。その名前の人間は既に、死にましたから。ところで、いつまで立ってるんです? せっかくソファがあるのだから座って話しましょうよ?」

「ああ、そうだな。おい勇吾、お前は空いてる席で遊んで来い」


 山本が少し離れた位置のソファに座った。


「いいじゃないですか、彼が一緒でも。大西さん、あなたはどうしたいです?」

「できればこのまま、話を聞かせて貰いたいと思ってます」


 勇吾は立ったまま動かない。


「くくくく、生意気な奴だ。まあいい、じゃあ秋山さん、謝罪の話だがよ? 今そこらでやってる【スキルポイント】の現金化、あんたの仕業だろ?」

「その通り、ですが、その前にこちらも紹介したい人がいます」

「ほう?」


 隣りの曇りガラスの仕切りの影から、一人の男が現れた。



 

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