PROLOGUE EPILOGUE.
1 莉子様は令嬢ごっこ継続中。
ビルの大型ビジョンに、スーツ姿の男性が映っていた。いつもより少ない人々だが、それでもこの駅前の足音達は、閑散としていない。
『昨日、全国各地で相次いだ暴動について政府は、三日前からの【レベル】や【ステータス】などの【設定】によるものだとの見解を示しました。警察の発表によりますと——』
画面の音が騒つく。
『臨時ニュース入りました!』
慌てた女性の声が小さな騒音に混じった。
『速報です。昨日から多数の死傷者を出していた〇〇県△△市の何者かによる一連の破壊活動が収束した模様です。被害が最も大きい東部地域は謎の落雷により——————』
「ふうん? 物騒ですわね」
ビルに映し出されたニュースを見上げる長い黒髪の女が一人、呟いた。
広く丸い眼鏡が光を反射しその奥の瞳を隠している。透けるようなブラウスと膝丈のスカートが言葉遣いどうり、彼女に上品な印象を漂わせた。それでも気取って見えないのは、そのゆったりとしたシルエットと、細いヒールがついたサンダルによるものなのだろう。
「ご冗談を。貴女ほど物騒な女性を
応えたのは綺麗な姿勢で人間のように二本の足で立つ羊だった。
グレーのウエストコートの上に、一見燕尾服にも見えるゆったりとした黒い上着を羽織っている。淡く細かなストライプのズボンが光沢感を印象づけ、ワイシャツの襟とそこで締められた黒のネクタイが、モコモコしたこの白い草食獣に気品を纏わせていた。
「あらあら人聞きの悪い。貴方の影響ですことよ?」
女の名前は
【脱獄囚】の称号がついてはいるが、まだ刑が執行されていないので【受刑者】であると同時に【死刑囚】でもある。脱獄囚になった事で受刑者と死刑囚が持つ制限が、なくなっていた。
「いえいえ、私めが提案させて頂いたのは留置所を出るまでの方法。まさか隣りに在る刑務所の方々まで殲滅するとは想像しておりませんでしたので。貴女様の元々の気質であらせられましょう?」
羊の名前はセバスチャン、莉子の【ナビゲーター】である。そして
「便利ですわよね? この世の中。証拠も残らなければ誰が逃げ出したのかもわからないんですもの」
莉子がブラウスの袖口からオリーブ色の小石を取り出した。【
「確かに。きっと今頃はあの若い女性刑務官が疑われている事でしょう。それにしても、あの鮮やかな破壊に、私めは感服致しました」
セバスチャンの姿や声は莉子以外には認識できない。莉子のこの「独り言」も、目立つ行為ではなかった。他の者達もイヤホンをつけながらスマートフォンに話しかけたり、同じような独り言をしているからだ。むしろビルの画面を観ていたのは莉子ぐらいで、他の者達は「あれは犬がやったらしい」だとか「忍者だ」とか「今更情報規制してもムダムダ」だとか騒いでいる。
二人の物騒な会話は、そんな喧騒にかき消されていた。
「〝毒〟も使っていたでしょう? それに色々と試したかったんですの。破壊ではなくて、勉強ですわ」
「それで、只今の勉強の成果は
「そうですわね。『人は見かけによらぬもの』ってトコロかしら? だってー、さっきすれ違ったオジさん、そこそこ【レベル】高くてびっくりしちゃった」
莉子の眼鏡は【
「莉子様? 口調が戻っておいでです」
「んもう!」
莉子は他に【
解析眼は【
彼女こそが物騒な女だ。
「——お姉さん、今【念話】中?」
二人の会話に若い男が割って入る。青みのある襟にボタン穴があるヒラヒラしたシャツと、黒のスキニーパンツという、典型的な大学生ファッションだ。
「——ちょっと一人で寂しくてさ、良かったらこれからどっか行かない?」
寂しそうではない。
「ナンパ、ですな」
(ふふ、今日だけで五人目。どうしようかしら)
莉子の口紅が薄く光った。
「ここだけの話なんだけど、俺、強いんだよ。あ、ニュースみたいな人殺しじゃないよ? ホントホント。だからもし仲良くなったらお姉さんを守ってあげるよ」
男が顔を寄せてそう呟いた。
「レベル4ですね。大した収穫はないでしょう」
(ううん、カッコいいからコレクションに加える!)
「莉子様、口調が」
(オホホホホ)
思考での会話に切り替えている莉子の様子に、男は気づけないでいる。
「やっぱさ、今の危険な世の中————」
「えい!」
男が潰れた。
アルミの空き缶を踏み潰したかのように。
莉子の手には人の背丈ほどもある戦鎚が握られている。
石畳みのような地面に破壊はない。
地面に到達する数センチ手前で攻撃は止まっていた。かなり手加減をしている。
すぐに戦鎚が消えた。
男も衣服と所持品を残して消える。
(あー! やっちゃった!
「莉子様、口調が」
(今くらい許してよ! ショックなんだから!)
「所持品くらいは貰っておきましょう。職に就けない以上、金品は貴重です」
(そ、そうね。そうですわね。オホホホホ)
莉子は手早く地面に散らばる「証拠」を、自身の衣服の隙間に捩じ込んだ。
気づいた者は、誰もいない。
(——あら? 地面に足跡。やっぱりそれなりに強かったってことかしら?)
「左様で御座いますね。所で、銀行に行っては如何でしょう?『合言葉』もあります」
(今朝出会った方の事ですの? 本当に大丈夫かしら?)
「一度試してみては? 大量の【スキルポイント】も、今の莉子様にはあまり必要ないかと」
(それもそうですわね。近くにそれらしい人も居そうですし。解析眼、本当にラッキーでしたわ。これでわたくしも少しは令嬢っぽくなれるかしら?)
「それは莉子様次第で御座います」
(んもう!)
サンダルのヒールをコツコツ鳴らし、莉子はその場を後にした。
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