5 夜明け。

(……! まだスピードが上がるか)


 シンは隼人とその【ナビ】が繰り出す攻撃を紙一重で、最大限の想像力アイディアで躱しながら隙を突いて攻撃を成立させている。しかし目に見えてわかるほどに高い隼人のモチベーションが、更に難易度を上げていた。


 ——行くぜ。


 もう何度出したかもわからない武器【逢魔ヶ平手裏剣】を携える隼人の声が聴こえた気がする。


 周囲に隼人が撒き散らした金属はもうない。【装備】を切り替えた瞬間にそれらは消滅している。逢魔ヶ平手裏剣が巻き上げるのは、元々存在する金属達だ。尤も、それらは既に削られ粉塵の一部と化し、金属以外も巻き込み大きな気流となった。


(また【魔法】、いや〝忍法〟か)


 シンはマスコの視覚も使いながら全体を俯瞰するよう心掛けている。戦闘に没入し持ち前の【知力】がゾーンの集中状態に入る事によって、気流の流れを予測し、ナビの位置すらも把握している。

 戦闘に参加しないマスコも、それを体感していた。感覚が繋がっているだけではなく、シンに自分のその先を、完全に委ねたからである。


 悪寒を感じた。

見えざる手ヒドゥンハンド】で地面を弾き上昇する。

 更に弾き、方向を換え、そこから離脱する。

 から。

 巻き上げられた砂鉄達からでんが飛び交っていた。

 隼人の【忍法 • 喰通雷】である。

 本来ならごく短時間に起こる放電現象であるはずの魔法を、先ほどから隼人は、自身の武器達を経由させる事で優れたコストパフォーマンスを実現していた。それによって生まれた余力を、威力に使っている。

 空間内の発光が、熱により、歪んだ。

 そして、それが、広がる。

 追っては来ない、しかし広がり続ける。竜巻ではなく乱気流が目まぐるしく渦巻いていた。

 シンは見えざる手ヒドゥンハンドをそっと伸ばし、風を弾いて更に昇る。水流による大蛇の中を潜ったのと同じ要領だ。

 だがシンがその風の内部に干渉する事は、不可能である。

 体の座標か手の座標を地面などの安定した場所に固定していない現在、その乱気流の中に見えざる手ヒドゥンハンドを差し込む事はできない。どんなに加える力が強かろうとも風の力がシンの自重を上回り、シンの方が振り回されるのだ。


(——俺にできるのは徐々に広がる熱気から上方に逃げるくらいだ。どれぐらい逃げられるかはわからないが、既に熱によってあれは金属では無くなっているはず。無理矢理通電させ放電までさせているとなると【MP魔力】もいつか尽きるだろう)

 

 だがシンは、ただ待つつもりはない。

 金属ではないのに未だ粉塵の風が止まないのは、その風が魔法によるものだからだ。何故MP魔力の消費が大きい方法を選んだのか。

 決まっている。一気に勝負をつける気だ。

 これだけで終わるはずがない。

 隼人は見えない。

 見えないが、確かに隼人はその中に居た。

 シンの【】が、そう告げている。


(——空気の壁を使って身を守っているのか。熱まで固定できるとは、恐れ入る)


 乱気流内の電位差は目まぐるしく変化し続け、細かな光達が風と共に動き続けている。【ステータス】によりシンはそれを認識できるが、低レベル者であれば、単なる巨大な光の塊に見えている事だろう。

 その塊から空へ向けて、山吹色の数本の細長い柱が形成され、昇って行く。


(——なるほど、それが狙いか。なら俺も、うかうかしていられない——)


 見えざる手ヒドゥンハンドは依然、風達に触れ続けている。シンはで力の向きを調整しながら空中で安定し続けている。

 その安定を、辞めた。


(マスコちゃん、ゴメン。凄く痛いコトをやる。

(ありがとう)

 

 シンは身を丸め、そして回り出す。くるくると、グルグルと、ギュルギュルと、まるでジェットタービンのように、回っている。


『おい、聞こえるか?』 


 何故か聴こえる。

 乱気流に阻まれているはずなのに。

 自分自身が高速で回転して、それどころではないはずなのに。

 隼人の声が、聞こえる。


『この術はあんたの為に今考えた、サイッコーの忍術だ。だからお願いだ。逃げたりなんかせずに、味わってくれよ』


 山吹色の柱は熱を帯びた空気の柱だった。

 それが解かれる。

 抵抗により黄色くなった光達が拡散し、白色光が残る。

 電流の通り路が。


 シンも既に風からその見えない手を離していた。


(俺も全力で、ただ殴ろう。キミも、キミのパートナーも。キミ達を守る壁ごと、叩き潰す……!)


 既に極限にまで達している空と風の電位差が、巨大な雷となって繋がり、青白い輪郭を纏っている。


『——〝忍法 • しょうらいごく〟ッッ!!』

 

 雷鳴に隠されず、その術名が響いた。

 細い雷が太さを増し、数を増やし、辺り一帯を、焦熱へと化けさせる。

 火の手が上がるがすぐに消えた。

 燃焼する為の酸素が足りない。

 ただただ光が広がり、ただただ音が広がり、ただただ熱が伝わる。

 地球の真裏にいる者以外の全ての者達がこの光を認識できるのではないか、それほどの光量だ。

 被害を受けるのは狭い範囲だが、光は人々の眼に届くまで、進み続ける。


(さて、行くよッッ————!!?)


 見えざる手ヒドゥンハンドは設定した座標に力を加える、それが本質だ。「瞬間的な全力の限界」はシンのりょりょくに依存するが、

 回転により保存され、蓄積されたその力をシンは、一気に隼人に向けて解き放つ。

 見えざる手ヒドゥンハンドによるてっつい打ち——光源から更なる波紋が広がった。

 集約されたエネルギーを受けた大地が、波のように舞い、辺り一面に熱泥を降らせる。


 餓鬼と畜生のこうしょうが、この街の大部分を巻き込み、ぶつかり合った。

 餓鬼と畜生のどうこくが、更地になった大地に、尚も負担をかける。

 もうじき迎える朝焼けよりも、辺りは明るい—————。

 

 


 ——。

 ——————。

 ————————————————。


 熔けだしていた地面が、しばらくして固まった。

 空気はまだゆらゆらと揺れている。

 熱による細かな爆発達も、もうない。

 人々は、熱の届かない遠くに居るようだ。

 聴覚が教えてくれる。


「……勝負あり、だね」


 シンはそこから遠く離れた場所に移動していた。

 木々の足下には芽吹いたばかりの草がまばらに生えており、枯れた笹の葉や松の葉が、泥や土を隠している。

 更にその上に横たわる隼人を見下ろし、自身は樹木の上に座っていた。

 シンは五体満足だ。しかし毛に付着して凝固した血が、自身の攻撃の威力を物語っている。

 

「こ、こは、どこ、だ? なんで、こんなに?」


 隼人は裸だった。

 しかし治り切らず肉が剥き出しになっており、一見、赤黒い肌着を着ているように見える。東の太陽が、修復された胸から上の肌を美しく照らしている。

 それによって命が繋がれていた。


「叩きつける方向だよ。斜めに打ち付けたから反動でここまで来れた」

「そうじゃねえ。なぜ俺を、連れて、来た?」

「最後に、キミの顔を見たくなったのさ。でも、後悔している」

「そう、か。ああくそ、指一本動かせねえ……殺るのか?」

「そうしたいのは山々だけど——」


 その時、シンの首を見えない手が掴み、絞めようとする。


「キミのナビ、かな? 非常に弱々しい。体が動かないってのは、本当みたいだ」

「くっ、おいセリナ。辞めてくれ。キチィから」


 見えない手がシンから離れた。


「俺は今、迷っている。キミにとどめを刺すべきか、辞めるべきか」

「できればそうしてくれるとありがてぇな」

 

 朝陽が顔に当たり隼人が眼を細める。


「嘘をつけ、。本当はこのまま逝きたいんじゃないのかい? だから迷っている。しゃくなんだ」


 シンは笑っていない。


「あ? 俺、そんな表情カオしてんのか? へっ、くく……全部、出し切ったからな、全力だった。だから、動けねえんだ」

「まるでスポーツみたいな言い草だ」

「どこまで行ってもスポーツだろうがよ、俺らのする事なんて。それか作業だ」

「俺はそうは思わない」

「あんたも言ってたじゃねえか。世の中のモンには大抵、決まり事とか設定があるってよ? そういうルールを律儀に守るか、破るか、それだけ。勝とうが負けようが、勝負なんてしてもしなくても満足できるかどうか、それだけさ」


「キミはさっきので、満足だったのかい?」


「……あんた、キャッチボールでも相撲すもうでも、なんでも良い。そういうの、親父か誰かとした事はあるか?」

「ない」

「それこそ嘘だろ? まあ良いや。俺は、あるぜ。ガキん時は常に全力だ。でもガキだから勝てねえ。そのうち疲れて寝るんだ」


 隼人は真っ直ぐに空を見ていた。夜と朝のコントラストの、ちょうどその、境目を。


「——それで、良かったんだよなぁ。でもデカくなるにつれて、全力なんて出さなくても、出来なかった事が出来るようになっちまう。いつの間にか親父も、俺より弱くなってた。他のヤツらも弱え。だが全力を出してぇから俺なりに頑張る。でもよお、そうなるとますますさ、カンタンになるんだ。色んな事が。つまんねえから他を探す。それの繰り返しだ」


「キミにとってはルールを守るっていう人々も、言い訳、なんだろうね。全力を出さない為の」


「……だって、そうだろ? ルールなんてもんは、単なる生きやすさの目安だ。守った方が楽か、そうしない方が楽か、そういう指標。楽した分だけ別なトコロに全力を出せる、それだけだぜ? 縛りプレイを言い訳に使うんならよ、最初から守らなきゃ良いんだ」


「違う。ルールがあってもなくても全力は出せる、。だから頑張るんだ。未来の全力に向けて、今を全力で生きるんだ」


「頑張る? 頑張ってる奴なんかいるか? 俺とあんた以外に」


「頑張ってない奴なんていない」


「……そういやアンタ、なんでそんなに強えんだ? 俺と同じタイミングでこのに放り込まれたハズだろ?」


「……準備さ、ただの。チュートリアルが終わった後、ただ一言『ちょっと待って』というだけで無限の時間を許された。この身体の使い方と【スキル】が納得できるくらい自分に馴染むまで、シンプルに練習と探究を重ねたのさ。それだけだ」


「ふはっ、ふふっ、あはははっ……! め、めちゃくちゃ頑張ったってか? 俺もヌルい奴らと一緒だったってワケだ?」


「捉え方次第じゃないかな」


「くく、つーかよ? アンタの方がよっぽど抜け道使ってんじゃねえか。? 今までのルールを無視して、ゲームのルールを守った。何も悪くねえし、間違ってねえ」


「間違いではあるだろう? 俺たちみたいな生き物が増え過ぎると、世界が、壊れる。お互いそれだと困るじゃないか」


「ああ、確かに。じゃあアンタ、死んでくれるか?」


「無理な相談だ」


「だよな、くそ。だが悪くねえ。おいセレナ、前言撤回だ。【HP】、


「だから、癪、なんだよ」


「ふふアンタ、俺が不幸って、言った、よな。違うぜ? 俺は今、最高に幸せだ……へへ、やっぱり、おれ、は、まちがって、なんか、いや、しね、え————」


 隼人の肉体がHPを使い切り、再生を辞めた。

 

「くそ。まるで勝ち逃げ、だな。せめて地獄の存在を、心から願いたい」


 シンは知っている。地獄が裁く者達に自分も含まれる事を。

 シンは隼人の胸に齧り付き、その中にあるごと噛み砕き、呑み込んだ。

 そうせずにはいられなかった。

 隼人の身体が緑色の粉のような光となり、消滅する。


 今完全に、夜が明けた————————。


 

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