4 世界にたった一つの、特別な世界。

(セリナ、もう良いぜ)


 隼人が、刹那の世界で、セリナに囁く。


「何故ですか?」


 セリナの不満げな声に気付けるのは隼人だけだ。


(あいつ、たぶん同じ発想だ。だから俺の誘いに乗らねえ)

「でしょうね。しかし、追い詰められているのは此方こちら。違いますか?」

(まぁな)


 シンと隼人の速度は依然、拮抗している。だが先ほどからシンの動きが変わった。迷いがなくなった、と云うよりは、一才の妥協をしていない、と云った感じだ。


「現在私が支援することにより、かろうじて均衡が取れています。ですが、此方の攻撃は全て読まれ、躱され、反撃を許している——此方の方が圧倒的に手数が上であるにも関わらず。そういった事実があります」

(ああ、だからこそお前が攻撃喰らったらヤベェんだよ)

「本体がやられても同じです——」


 シンと隼人の目が合う。

 悪寒がした。


「【忍法 • ふうかいもうの術】」


 セリナが無数につむじかぜを起こす。

 隼人はその風に身を委ね、そして悪寒が消えた。

 武器達を放る。

 自分は風で移動し、更に攻撃を、続ける。


「——あれにとっては、どちらでもいのです。私を倒そうと、貴方あなたを倒そうと」

(今のは俺だけでも避けられた。あいつの的を減らすんだ)

「確かにあれが攻撃する対象を絞れば、此方が対応する幅も狭められます。しかし結局、私が支援を辞めるなら彼方あちらの手数が増えますし、私なしで回避するのは難しいかと」

(はっ。パラドックスみてえだ)

「この場合はジレンマ、でしょうね。ですが、私の支援がある方が生存の確率は高いでしょう」

(……良いのか? わざわざめえが痛い思いするようなコトをして)

「どの道貴方あなたが死ねば、私も死にます。それだけですよ」

(それだけには、死んでもならねえ)

「死んでるじゃないですか。その言葉だと」

(へっ。矛盾には矛盾で返すのが、俺の礼儀だ)


 セリナは隼人と一つになりたかった。同じに、なりたかった。

 隼人の生い立ち、考え、行動、その全てを観ているし、全てが理解できる。しかし、共感だけが出来ていない。

 何故他者よりも優れているはずの隼人が自己を卑下するのか。

 何故他者よりも上に居るだけで満足出来ないのか。

 何故隼人の全てを知り自己の想いを晒すセリナよりも、シンへの理解の方が深いのか。


 常に傍に居る自分よりも、離れた位置に居るシンの方が、隼人に近く感じる。

 セリナもまた、飢えていた。

 セリナは隼人の一部になりたいのだ。


(——良いんだな? じゃあやるぜ?)

「出来ますか?」

(出来る出来ねえじゃねえ。やるかやらねえか。ヤるかヤられるか、だ。なぁに、俺らならヤレるだろ? なんせ俺らは、一心同体。見てくれが離れてても、それが事実だ)

「……! そうですね! 全力でお護り致します……!!」

(いやいや、攻撃もちゃんとしろよ?)


 隼人はまだ、飢えている。を得た今でも尚。

 現在隼人が飢えているものは勝利、そして敗北、その両方である。

 シンを倒せばもう、敗北する事は望めないだろう。だが隼人は勝つつもりだ。


 セリナと共に勝利する。


 それこそが隼人が新たに感じる「飢え」の全容だ。それを手にした時、更なる飢えが発生するかもしれない。

 しかしそれを、恐れない。

 セリナと居ればどんな飢えや渇きであっても、しのぐ事が出来る。

 セリナと共に、目の前に居るこの畜生さえ倒せれば、おれは天にも昇れる。


 隼人の記憶から、先ほど勇吾から感じた絶望は、もうない。

 自己の理解者シンの存在を知り、体験している今では、どうでも良いのだ。安心できる。


 どんな飢えや渇きであっても、恐るるに足りない————。


「ハッハー!!【忍法 • ぐれの術】ッッ!!」

 

 初めて隼人自身が、その【魔法】を使った。魔法は使用者の詠唱無くして使えない。

 シンが火の矢全ての隙間を縫い、向かい来る。


「——【忍法 • すいきょくの術】」


 セリナも詠唱した。

 隼人とは違い、一瞬の詠唱である。【プレイヤー】の思考速度に比例して発言出来る【ナビゲーター】の強みだ。


 辺りを霧が覆うと同時に、無数の針がシンを阻む。

 その間に隼人は【装備】を切り替え、空を駆ける。

 更に切り替えた。


「【忍法 • ぐっとうらいの術】ッッ!!」


 言い終わる直前に手裏剣、苦無を無数に投げる。隼人のどんな早口よりも僅かに、隼人の行動の方が速い。

 武器達の間ででんが走る。


(まだだ! まだまだァ! ——〝忍法 • らいじんしょう〟ってか!?)


 無限に武器達を追加し続ける——その全てが放電で繋がり、雷のろうが形成された。

 シンは、その中にいる。


「その場合は『法』ではなく『術』では?」

(照れるなって。お前のネーミングをパクったんだ)

「……!」


 このやり取りは隙ではない。

 この場で一番速く動けるのは隼人とシンの両者だが、それよりもナビとの会話の方が一瞬だ。


 隼人の放った武器達は既に放電の熱で融け気化し始めている。それ程の熱だ。空気中の窒素を酸化させ一酸化窒素を生成する。酸素が酸素を酸化させ、オゾンすらも造られていた。


「あれが【毒耐性】を持っているなら効果は薄いでしょうが、あれほどの熱、見た目には出さなくとも【HP体力】は削られてゆくでしょう——」


 だがシンは口を大きく開き、中から濁った透明の手が現れる。


「【アイテムポケット】——!」


 水を纏った【見えざる手ヒドゥンハンド】が雷の牢の中を高速で飛び回っている。熱を吸っているはずだというのに、それが蒸発していない。


「確かに気温は下げられるでしょうが、それは微々たるもの。融ける武器達が直撃する方が早いはず——」

(避けろ! セリナ!)

「……!?」


 隼人は悪寒を感じ、既に武器を切り替え空気を渡っている。だがセリナは、少しだけ遅れた——セリナを、熱風が襲う。


「がぁぁぁ……!」


 セリナの感じた熱と圧力が、隼人にも伝わった。

 

 水蒸気爆発。

 シンは見えざる手ヒドゥンハンドに集めて圧縮させていた水を、その高い【パワー】によって縛っていた。

 熱を吸収して気体と成ろうとするもそれが出来ず水に溜まったストレスを、一気に解き放ったのだ。

 もちろん高水圧のレーザーを放った時と同じく、圧力も加えていた。爆風に威力を上乗せし、爆発に指向性を持たせる——効率的な攻撃方法である。

 

 セリナは熱気から逃れた。既に隼人の半径五メートルに達していたので、隼人に引っ張られただ。


「隼人、申し訳ありません……!」


 セリナの見た目は損耗を受けていない。直接、隼人のHP体力にダメージが入っていた。隼人の【耐久力】はシンと同等である為、感じた熱さほどのダメージではないが。


(気にすんな。それより、あんな事も出来んのかよ?)


 シンは自身が開けた穴を通り、熱の牢を脱していた。損耗は見られない。


「あれはきっと、【マニュアルモード】を使っています。水を留める熱せられた大気ごと集めていたのでしょう。でなければ、あれに損耗がない説明がつきません」

(俺にも出来るか?)

「勿論です。ですが、時間が足りません。今のこの状況で、それを習得するなど」

(だよな? やっぱ、今出来る事の中から試していくしかねえってワケだ)


 隼人は、シンの前に空気の壁を作り、短筒を放つ。猫手で空気の弾も飛ばしていた。

 シンが壁を壊す。

 鉛玉と空気の弾が襲う。

 吸着、した。見えない手で。


(——マジかよ!?)

「正面からではなく、弾達の横から吸着したのでしょう」

 

 隼人に弾達が飛んできた。いつであったか勇吾がパチンコ玉で見せた、ショットガンを思わせる。


(くそ、にゃろう……! くっく)


 壁で防ぎ、貫通する前に避けた。


(——俺の攻撃が、全く通用しねえ)

「隼人」


【ステータス】はほぼ同じであるはずだ。なのに、実力に大きな差がある。


(別に、諦めたわけじゃねえぜ——)


 隼人は感動していた。

 こんな体験は初めてだった。


(嬉しいねえ? 全く新しい世界だ。嬉しいだろう? セリナ)

「……そう、ですね」


 セリナも喜ぶ。

 何故なら自分にとっての世界とは、隼人が見る世界そのものだから。


 今のこの場こそ隼人とセリナにとって、世界にたった一つの特別な世界、なのだった。

 

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