3 畜生道。
「シン、あたしも戦う。【スキル】はあたしに任せて、あんたは避ける事に専念したらどう?」
マスコの提案は自然だ。【ナビゲーター】と役割りを分担しているであろう隼人と同じ事をしよう、というものである。
(良い考え、ではある。でも隼人くんが俺と同じ発想を持っていたら?)
スキルを使う状態のナビは【プレイヤー】と全ての感覚が繋がっている。プレイヤー側も、ナビが肌で感じる世界を体感できるのだ。マスコに感覚が繋がった際、シンはマスコが感じた肌寒さ、だとか、周囲の匂いに対する不快感、などを感じ取っていた。
隼人が同じ感覚を有していないわけがない。
ナビがスキルを使う時、ナビはこの世界に確かに、存在しているのである。
(——彼が敢えて俺に【魔法】を見せたのは、俺にナビを使わせる為の『誘い』である可能性が高い)
「それは、そうだけど……。でもあんた、どうやって戦うつもり?」
(それは闘いながら考えるさ。行き当たりばったり、俺が一番好きな状態だ。先が読めないモノの先を読む。かなり、楽しい)
「あたしをソレに巻き込むつもり?」
(逆だ。キミに痛い目に遭って欲しくない)
「そういうのを『独りよがり』って云うのよ」
(とにかく、今この場面に於いて、キミがスキルを使う事は許可できない。ナビが攻撃されて生じるプレイヤーへの影響がわからない今、それがリスクになる可能性もあるしね)
シンはむしろ、そのリスクに期待している。だからこその目論みだ。だからこそ——。
(——キミと一心同体、なんて甘い誘惑に、負けるわけにはいかない)
「ばか……」
マスコはシンのその言い回しに、心底呆れる。それを肯定してしまう、自分にも。
シンがこの姿になったのはその計算高さから来るものではなく、思いつきだ。
自身の生き様を体現するものが狼であるとその時思い、それだけの理由で【転生】を選んだ。優れた五感や、レベルアップのしやすさはそれに付随する単なる「オマケ」である。
それらを活かす為、その場その場で創意工夫する。
それらを伸ばす為、自らの行いを縛る。
狭い視野で遠くを細部まで見通す。
その先に見える何かを極限まで追究し、追求する。
思いつきで選ばれたその姿は、間違いではなかった。
独創こそが、シンだ。
それをシンも自覚している。
まさに、畜生。
(なに。不甲斐ない姿はもう見せない。それが『男』だ。最後まで、見ていてくれ)
「……わかった」
マスコも従う。
それに対して自分は独りよがりであってはならない。独りよがりに自分だけ消える、などという選択肢は取らない。シンが死ぬ時、自分も消えよう。だが——。
マスコは再びシンに、自身の感覚を全て、繋げた。
「——あんたの感じる痛み、それだけはあたしも共有したい。良いでしょ? だってあたし達は二心同体なんだから」
歯痒くは感じない。
シンが選んだ道は肯定する。
しかしそれでも、それだけは譲れない。
(……わかったよ)
パートナーとは、互いを互いに巻き込む、という関係性だ。自分が苦しめば、それは巻き込んだ相手をも苦しめる、という事である。
(——キミに誓おう。これから俺は、隼人くんの攻撃を、一撃たりとも受けない)
自ずと、責任が、生じる。
「舐めないでよね? 二、三発ぐらいは許してあげる」
(ふっ、ふふふ)
限りなく短い時の中で、シンは確かに笑った。
——俺はキミが居ることの出来る、この狭い、世界にたった一つの世界を守る為に、生き続けよう。俺はキミの為に、ただそこに在り続けられれば、それで良い。
とても淋しい選択だ。
「嘘つき。結局、やりたい事をするくせに」
(そうかもね。ははは)
だがシンは、満ち満ちている————。
シンは爪を振るった。【
その爪は隼人が移動する先へと伸びていた。
隼人は手甲鉤でブレーキを掛け、その攻撃を回避する。
——空気の壁、厄介だが、無限に造り出せるわけでもない。勇吾くんが繋がっている事が、何よりの証拠だ。
勇吾は依然、倒れたままだ。だが身体が繋がっている。しかし中途半端だ。中途半端に腹の内容物だけが繋がってはいるものの、コスチュームに包まれた上半身と下半身は離れたままである。
再生が途中で止まっているのだ。
それが何を意味しているのかを、シンは理解している。
悪寒を感じた。
飛び退く。
——今のはナビの
隼人の苦無や手裏剣達が、浮いたシンに向かい来る。同時に、火の矢も。
弾く事なく地面を引っ張り、躱す。
苦無や手裏剣の間で細く白い閃光が繋がっていた。
——【魔法】は、違う属性であれば、同時に使う事が出来る。今のはさしずめ雷遁か。なんてファンタジーな世界観だ。
放電によって熱せられた苦無や手裏剣が赤く光り、溶けて、蒸発する。飛び散るその飛沫も降り注ぐが、その下にシンは居ない。
が、突然地面全体が迫り上がった。
地面を突き破り、金属製の管達が昇り、砕け散り、飛び回る——【逢魔ヶ平手裏剣】だ。
——金属の
その風は金属だけでなく、細かな瓦礫や粉塵をも巻き込んでいる。魔法も加わっているだろう。複数の竜巻が上がっている。
だがシンは巻き込まれていない。
いや、「手」で風に吸い付いてはいるが、それを利用し、風達の間を抜けていた。
竜巻は過去に、攻略済みだ。
悪寒を感じる。
爪で切り裂く。
四肢の爪の方でだ。実際の爪にも【スキル】は働く。
既に金属の撒菱は消え失せて、空気の壁や礫が襲って来てはいたが、その全てを受け入れない。
——【ステータス】に比例して傘増しされた速度や威力も確かに脅威だ。けど肉体と、それを増幅させる【力】と【素早さ】を持つ本体ほどは、恐くない。
悪寒がある。
掴んだ。
見えない手だ。
——当たり、でもないか。だが俺達のこの手が傷つかなくとも、力を加える事は出来る……!
粉塵の先に隼人がいる。
一瞬、体が固まった。
——ビンゴだ。ナビが受けとる重量や質量は、プレイヤーにも働く。じゃあナビにダメージを与えたら? 俺の仮説は正しい! だが、残念。
シンの
だが伝わったはずだ。そのスキルのリスクが。もう気楽には使えないはずだ。
しかしそれは、チャンスの芽が一つ潰れた事も意味していた。
——掴んだまま投げ飛ばして地面に叩きつけるアイディアもあったけど、それはもう無理そうだ。
火の矢が飛ぶ。
躱す。
空気の壁に沿って追ってくる。
空気の壁を壊す。
あらぬ方向に手裏剣達が飛んでいる。
それらが次々と向きを変え、シンに迫る。
躱す。戻って来る。躱す。火の矢も来る。躱す。
水の針が、空気の礫が。
躱す。
時折り、弾く。
隼人も躱した。
隼人に手を伸ばす。
隼人が遠ざかった。
手を、掴まれた。
力をマイナスに加える。
相手の手が消えた。
焦げた匂いが近づく。
無視する。
突っ込む。
音はもう、匂いはもう、要らない。
風が吹く。
雷鳴が響く。
炎が降る。
地面が迫り上がる。
金属が舞う。
塵も舞う。
手に、集める。
飛ばした。
当たらない。
だが近づく。本体に。
隼人も来る。手にしころを携えて。
離れる。
短筒が鳴った。
当たっていない。
隼人の一部が視えなくなる。
気にしない。
後ろから礫が。
弾く。
火の矢が。
掻き消す。
空気が。
切り裂く。
未だシンは、傷ついていない————。
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