最終話 もうひとつの奇跡

 住む家が決まったその晩、私たちはホテルに荷物を置いた後、心ウキウキとスーパーに買い出しに出かけた。

 

 いよいよこの町での生活が始まるのだ。


 食材はどんなものがあるのだろう。

 お、米と醤油が売っている。まずはよし、としよう。


 一通りスーパーを探検し、レジへ向かうと、別れ際レジのお姉さんがにっこり笑いながら「エンジョイ・ユア・サマー」(夏を楽しんでね!)と言ってくれた。それは私たちにはあまり馴染みのない挨拶で、これから何度も聞くことになる言葉だった。


 アメリカ北部に位置するサウスダコタの冬は長くて厳しい。早い時には10月後半には初雪が降り、5月末に吹雪いた年もあった。

 実に一年の半分は冬、といっても言い過ぎではないくらいだ。

真冬の寒さは時にマイナス40℃にもなり凍死レベル。初めての冬、車の中に置いていたさぶのおしりふきやペットボトルの水がカチカチに凍った時にはびっくりした。


 「エンジョイ・ユア・サマー」(夏を楽しんでね!)

 その言葉の意味を実感したのは、長く厳しかった初めての冬を乗り越え、短くも美しい夏を迎えた時のことだった。


 話をスーパーに戻そう。

 会計を済ませた私たちは、スーパーを出ようとした時にもう一つ驚く出来事にあう。

 スーパーの入り口で信じられないものを耳にしたのだ。


 日本語だ!

 アジア人のカップルが日本語で会話をしているではないか。


 (ま、まさかこの町に日本人が!)

 

 心臓は驚きと期待でバクバクしている。旦那と目で会話する。これはもう、話しかけるしかない。

「あの、もしかして日本の方ですか?」

 突然日本語で話しかけられた二人は、びっくりして目がまん丸になった。


 話してみるとその2人は、この町の大学に勤める日本人の夫婦だった。この町にはこのご夫妻ともう一人の大学生の3人の日本人が住んでいるという。

 サウスダコタの引っ越し先で日本人に会えるなんて思っていなかった私たちは、思いがけない出会いに興奮した。

「うちの家族5人が増えたら、この町の日本人人口は約3倍ですね~」なんて、ひとしきり話をしたあと連絡先を交換した。


 それから私たちはこのご夫妻に大変お世話になった。学生の頃からここに住んでいてサウスダコタとこの町をこよなく愛するお二人は、町の暮らし方、極寒の中での生活の仕方、車のメインテナンスの仕方など、私たちが聞くことには何でも丁寧に教えてくれた。


 あの後、このご夫妻とこの町で偶然に会うことはほとんどない。それを思うと、今でも私たちがこの町についたその日に、このお二人と出会えたことはまさに奇跡だったと思う。

 このお二人と知り合えなかったなら、温暖なカリフォルニアから来た私たちが、サウスダコタでの厳しい最初の冬を乗り越えることは何倍も大変なことだっただろう。


 このように私たちは、引っ越し先の町に着いた初日に、奇跡的に住む家と親切な友人夫妻を得たのである。

 偶然にもその日は、13日の金曜日。

 私たちには、むちゃくちゃ幸運に恵まれた忘れられない1日となった。


 こうして私たちは家族5人、クラシカルなカローラ君と3600kmのアメリカ大陸半横断を終え、町宛てに送った引っ越し荷物も無事に受け取り、サウスダコタのとある町での新しい生活を幸先よくスタートさせたのであった。


 (終)


 最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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アメリカの ど田舎へ。~子連れアメリカ半横断 引っ越しの旅~ かわのほとり @numayu

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