きっとわたしの運命だから

綿引つぐみ

きっとわたしの運命だから

 そう。わたしはいなりずしが好きなんだけどそれはまあいいとして、近所に昔からのお寿司屋さんがあるの。

 幼馴染というわけではないんだけど、そのお家の長男とはずっと同じ学校でちょくちょくクラスも一緒になったりしてる。

 高二のいまも同じクラス。

 その子の名前は修一郎っていうんだけど。


 修一郎の家は三人兄弟で少し年の離れた弟が二人いて、で三人で住んでる。両親は一年くらい前に交通事故で死んじゃっていなくなった。それで店はずっと閉まってる。

 でも学校にはちゃんと来てるし、生活はできてるみたい。

 でね。まあはっきりいうとわたしはその修一郎のことがずっと気になってる。

 ていうかもっとはっきりいうとたぶん好きだ。


 正直、修一郎は全然かっこよくないし、頭も良くなくて性格もなんだかぼんやりしててやる気なんてまったくみらんない。良いとこなんて一コもない。

 ほんと。

 でも近づくとふわあっ、ってなる。ドキドキとかじゃなくてふわあっ、ってなるの。ふわあっ、って。


 免疫型と匂いの関係って知ってる? 最近たまたまどこかのえらい先生がいってたの聞いたんだけど、HLA遺伝子ってのがあって、なんか自分とは異なる遺伝子型を持った男の子の匂いに惹かれるんだって。

 生まれる子どもが丈夫に育つように、免疫が違うタイプを選ぶように女の子はできてるんだって。

 本能的に。

 たぶんそれだと思う。

 ふわあっ、ってなるのは。

 男子としてのセールスポイントが何もないのになるんだから。

 修一郎に。

 ふわあっ。って。

 ふふっ。

 本能って運命? 


 ああ。こいびとなんて通り越して、これは家族になるしかないじゃん。

 子どもをつくる相手を見つけたってことだよ。


 それでなんだけどまあある日のこと。

 偶然スーパーで修一郎と会ったわけ。

「やあ。古賀」

「あ。山崎くん。買い物?」

「うんまあ」

「だよねー」

 たとえばこういう感じで何か話したんだけどよく覚えてない。ふわあっ。だもん。だって。

 とにかく何かがどうかなってわたしは初めて修一郎の家に行くことになったの。

 まあその時彼はケーキの箱を持っていて、地元の同じダンススクールに通ってる弟くんの誕生祝いに誘われたってことなんだけど。


 行ってみてびっくりした。

 というか想像はしてたんだけど、家の中はかなり荒れ放題。小中高の男三人じゃ片付けなんかまあしないよね。

 台所の様子も、自炊の気配は一切ないし。

 いちおう料理人の息子なのにと思ったけど、それがつまり修一郎。

 ねえいくらなんでもひどくない? 

 今度わたしが掃除してあげる。

 とかいってわたしはまた来る約束を取りつけたわけだけど。

 そこで具体的に日にちを決めなかったせいであっという間にひと月が過ぎちゃった。


 そのひと月の間にあんまりよくない噂が流れた。

 修一郎の家がクラスの元気な男の子たちのたまり場になって、しょっちゅうお酒を飲んで深夜まで騒いでるって話。

 うーん。弟たちもいるのに、これはちょっとやばいよねって話、だよね。

 と思ってわたしは修一郎にいったんだけど。

 あの子たち家に入れるのやめなよって。そしたら。

「でもあいつら楽しんでるし」

 それで答えになってるのかどうかわかんないけど、でもそれ以上はいえないよ。

 これはわたしのおせっかいだし。

 うっせーよ。といわれて当然的な事案だし。

 それはわかってる。


 数日後のこと。

 それは2020年の今のご時世としてはやっぱりやばい話だった。

 山崎家でコロナのクラスターが発生した。

 ってまじ学校が大騒ぎになった。騒いでるのはほぼ先生たちだけどね。

 とはいえ出入りしていたクラスの男子を中心に十数人が、陽性陽性って何らかの形で隔離された。

 その中にはもちろん山崎三兄弟も含まれていた。

 わたしたちのクラスはその後全員、PCR検査を受けさせられた。



 そうして修一郎がどこかへ消えてからもう何週間もたつんだけど、あの近所のお寿司屋さんには誰もいない。山崎家は無人のまま。生き物の気配はない。

 クラスメートは隔離が明けて、さらに課された謹慎も明けて続々と戻ってきてるんだけど、毎日見回って、いまわたしが目の前に立っているこの家には誰もいないわけ。

 どこ行っちゃったの? 


 翌日。

 日曜日だけどわたしは買い物帰りに遠回りして山崎家の前を通った。

 そしたら玄関が空いてるじゃん。

 それならチャイムを鳴らすよ。ね。

 懐かしい。修一郎が出てきた。

「古賀さん」

「沙希です。約束の掃除に来たよ」

「えっ?」

「忘れたの。約束したよね。もう大丈夫なんでしょ、コロナ」

「うんまあ」

「マスクもしてるし、アルコールも持ってるよ。対策ばっちりだから」

「あのさ」

「うん?」

「なんかごめん」

「なにが?」

「いやなんていうか」

「わたし定期的にこの家掃除に来るからね。そのうち料理もする。弟くんたちのためにも」


 修一郎の家の匂いがする。好ましい匂い。

 こういうものなんだと思う。運命って。

 わたしんち、実家はいたってしあわせなんだけど、でも。

 不満も何もなく恵まれてるなー、と思うんだけど、でも。

 わたしはわたしの家族をつくる。つくれる。つくりたい。

 よね。


「一週間に一度はいなりずしね」



 っていうまあそういう話。











 ところで。

 これは本当に全然関係ない話なんだけど。

 修一郎の家の奥の和室にはずっとおじさんとおばさんがいるんだよね。彼のお父さんとお母さん。最初にここに来たときから。

 わたしってときどき見えるんだよねこうゆうの。ああもう体質、って感じだけど。

 それからね、屋根の上には意味不明の黒い巨大な眼球が浮かんでて、出入りする人のことを監視してる。何かなあれって。まあこういうのもよくいるんだけど。

 で。こんなのはもちろん修一郎にはいわない。

 だって本当に全然関係ない話なんだから。



 これからの、わたしの断然しあわせな運命とは。


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