中学の時、教室内にアイコラ会社ができた話

拓郎

第1話

 鬼束ちひろさんが好きだった。アーティストとしてもだけど、もう女として好きだった。会えもしないし、よく知らない。それでも僕は鬼束ちひろさんが大好きだった。中学一年生。そんなガキだった。


 芸能界にはたくさんの美女がいた。友人たちは後藤真希や大塚愛、深田恭子に加藤あい、松浦亜弥などに夢中だった。その中で『鬼束さんフリーク』はマイノリティと言えた。

「なぜあえて鬼束ちひろなのか?」と問われ続けたが、好きなものに理由など無い。何もかもが好きだった。

 中学生というのは基本的にエロい。そして馬鹿だ。勉強しなきゃいけない人生の大事な時期に、僕たちはひたすら女優やタレントのアイコラを探していた。ていうかアイコラってご存知だろうか?

 二十代のひとには馴染みがないかもしれない。しかし二十世紀末は、アイコラという技術が全盛期だったのだ。アイドルコラージュの略だ。どっかから拾ってきた裸の画像とアイドルの顔面を合成して、エロ画像を作るクリエイティブなエロテクノロジーだ。

 現在のネットサービスはご存知の通り、動画中心である。しかし光ファイバーや4Gが完備されていなかった時代に動画は稀だった。ムービーによるエロはサーバーや転送の容量を食いすぎた。IT成熟度の都合上、低容量でも成り立つアイコラ画像は大ブームとなった。世の中に名うてのアイコラ職人が氾濫した。

 そして、なんと僕のクラスにもアイコラ職人がいた。それが坂田くんだ。

 十三歳のアイコラ職人は国内でも珍しかったんじゃないだろうか。なんとなく、おっさんとかがやっているイメージがあった。そして坂田くんはアホだった。アホな情熱家だった。いつもエロ画像と後藤真希の顔をくっつけて日々をすり潰していた。

 アイコラは身体と顔のバランスが難しいらしく、彼はやたらとその技と思想を語っていた。

「要はさ、目尻なんだよ。目尻のタイプで身体のタイプも限定されてくるんだ」とまるで50代のオヤジのような発言が目立った。うっとおしかった。「創造ってのは化合だ。本当のゼロっていうものはない。化合の中にこそ誰にも見たことのない新たなものがある」とも言っていた。別にそれでいいんじゃない、と思った。

 彼の技術はひたすら進化に進化を重ねた。中学生というのはまったくもって、成長の度合いがハンパない。技は磨かれ、練られていった。そして彼の技術はついにビジネスとして昇華した。

「五百円で好きなタレントのアイコラを作ってくれる」というサービスを開始したのだ。坂田アイコラスタジオの誕生だった。

 初期は受注生産だったのが、だんだんとシステム化した。なぜならユーザーが求めるタレントはいつもお決まりだったからだ。

 それこそ後藤真希や大塚愛、深田恭子に加藤あい、松浦亜弥が受注の七割ほどを占めた。

 現代は有名人だらけだ。YouTuberやインスタグラマー、TikTok。さまざまなメディアがちゃんと機能している。ソーシャルメディア発達以前は違ったのだ。メディアはマスに限られ、キャッチする情報もテレビに集約された。つまり情報革命以前の世界では、人々の好きになるものは、統制の範囲内に絞られていたのだ。すると中学生が憧れる美人タレントの数も限られることになる。 それは坂田の事業を楽にする要因の一つになった。なぜならメニューが増えないからだ。

 版権ビジネスに近いようなマネーフローが出来上がった。そんなアイコラバブルを手にした彼は図に乗りまくった。図という波に乗りまくった。

 授業中、ときおり手紙が回ってくるようになった。

「本当の松浦亜弥っぽい身体。入荷しました」

 営業の手紙だ。ダイレクトメールに近い。

 これを授業中に流してるのも馬鹿すぎるのだが、一通流せば千円以上の収益化見込めたそうだ。みんながこぞって五百円を払ったからだ。

 坂田の事業の強みは『在庫を抱えるリスクが無い』という点だった。画像を一つ作るとそれが金脈になった。坂田ゴールドラッシュだ。

 だけど、僕はその流れに乗れなかった。なぜなら僕は後藤真希も松浦亜弥もいらなかったからだ。もちろん優香も上戸彩も小倉優子もいらない。だって僕は、とにかく鬼束ちひろさんのことが好きだったから。

「他に浮気するのはなんだかよくない、ましてや鬼束さんをエロの対象にするなんて!」と、よく分からない罪悪感に頭を抱えた。

 でも我慢は続かなかった。ある日、僕は意を決してアホの坂田を呼び出した。もちろん「鬼束ちひろのアイコラを作ってくれ」と言うためだ。引け目はあった。葛藤が駆け巡らないはずがない。鬼束さんに知られたら引かれるんじゃないかとか、鬼束さんに対して無礼なのではないかとか、鬼束さんは歌を歌うひとなのに失礼なんじゃないかとか。だが、別にいいやという結論に至るまで、そう長くはかからなかった。馬鹿だったから、たぶん、あんまり考えるのが好きじゃなかったのだ。

 それに僕がそんなこと考えてても、当の鬼束さんは僕のことなんか見向きもしていない。だからいいんだ、たぶん。

 坂田は「鬼束……ちひろか…完全なオーダーメイドになるな」とこぼした。

 僕はアホのくせに。と思った。

 坂田はアゴに手をやり、コナンくんみたく考えこんでいた。利率の部分もあったのだろう。ひとつのアイコラを作っても、ニーズの増減で利率が決まる。期待値の少ない商品を作るのは、ビジネスとしては非効率だった。分かりやすくいうと、人気の無いメシをメニュー欄から消していくレストランと同じだ。

 後藤真希はオーダーが多いが、鬼束さんは受注数が見込めない。そのタレントに合う素材を探さないといけない。労力と需要のトレードオフがよろしくないのだ。


 それから僕は坂田と話さない日々が続いた。一週間、二週間。月日が流れた。待ちきれなくてイライラした。反して、何故か坂田は少しずつやつれていった。システム化したモー娘。まわりのアイコラ事業で受注は取れていたみたいだが、以前のような活力が失せているように見えた。

 そんなしばらく経ったある日、一通の手紙が授業中に回ってきた。

「ようやく見つかった。鬼束ちひろみたいな身体」


 震えた。


 文言だけ見ると、違法クローンに手を出すマッドサイエンティストそのもので怖すぎるんだけど、震えた。ようやく、鬼束ちひろのアイコラが見れる。その嬉しさはあった。だけどそれ以上に、坂田の度を超えた情熱に震えたのだ。彼があんなにやつれていたのは、延々と夜通しネットで、鬼束さんにフィットするエロ素材を探していたからだった。それはプロとしてのプライドだった。

 女子からスタンディングオベーションをもらえないかっこよさが坂田にはあった。

 僕は坂田に親指を立てた。坂田は少し唇の端を上げただけだった。つまらない授業中に交わした、あのアイコンタクトを僕は生涯忘れることはないと思う。だが、僕が鬼束さんのアイコラを受け取る日は来なかった。


 いや、シンプルに坂田の仕事が先生にバレたのだ。


 調子に乗った男子が、坂田の仕事をバラすという幕切れだった。しかもタチの悪いことに女子にバラしやがったのだ。

「坂田のやつアイコラ作ってんだぜ!」

「なーにアイコラって?」

「こういうやつ!」(バーン)

「キャー!不潔!キモイ!先生に言いつけたる!」という流れだった。


 全員が不幸になった。そのお調子ものも結局不幸になった。馬鹿だ。学年主任のゴリラに呼び出され、坂田は殴る蹴るの極刑に処された。そして、過去にSIS(坂田アイコラスタジオ)を利用したユーザーも全員裁かれた。生徒指導室に全員呼び出しだ。思ったよりも動員してしまって、生徒指導室はエロ中学生で入場規制になった。

「お前らは学校にいったい何しに来てるんだ!」というゴリラの言葉が今も頭で鳴っている。ホント僕たちはいったい何をしに、学校へ行っていたのだろうか。


 月日はさらに流れた。ブロードバンドは進化し、瞬く間に世界を変えた。端末は手のひらに収まるようになり、いくつもの不可能が可能になった。そして、アイコラなんてものは廃れた。一気に失くなった。デジタルネイティブたちは、2000年問題もユビキタスもISDNも知らない。すべて歴史の中で不要とされた遺物だ。これはまた別の話だが、坂田はその7年後、エロサイトの管理人になって大金を得る。

 何かに対してアホほどのめり込めば、何かが決壊するんじゃないだろうかと、あれほど感じたことはない。坂田はアホだけど、熱すぎるアホだ。でも人生なんて、人間なんて、アホになったやつの勝ちなのかもしれない。たぶん何だってそうだ。誰だってそうだ。すべての始まりは、中高生のときに始めたくだらない遊びだ。だけどくだらないことに一生懸命になった時間が、いつかの自分を作るんだ。狂おう。負けないように狂っていこう。


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