138刀目 資格がなかったとしても


「蒼太、目的地に着くまで話しませんか?」



 10分だろうか、それとも30分ぐらい歩いていたのか。


 それぐらいの時間、黙って歩いていると、彼女の方から声をかけてきた。


 化けの皮が剥がれているせいか、こちらに振り向く彼女の笑みは人形のようにしか見えない。


 だが、不思議なことにそれこそが『彼女らしい』と感じた。


 一通り観察しても、こちらに何かをしてきそうな気配はない。


 話をしようというのであれば、ここは乗っても問題ないだろう。


 「どんな話題にしましょうか」と聞いてくる彼女に、蒼太は気になることを聞いてみた。



「話題が決まってないのなら、君の話を聞きたいんだけど」


「私ですか? 私なんて本来ならばこうやって話せないはずの、小さな存在なんですけどね」



 あははー、と軽い笑い声を出す彼女は、困っているのがわかるほど、あからさまに眉を下げた。


 答え辛いことならば答えなくても良いのだが。


 そう思って、声をかけようとする蒼太を手で制し、彼女が口を動かす。



天秤座リィブラには3つの権能があります。その中でも1つ目の《天秤》は彼女の代名詞として有名ですし、《支配》もまぁ……知られてますね。でも、3つ目の権能は殆ど知られてません」


「そういえば、3つ目の権能ってリラの口から聞いたことないな」


「その権能はあの子の道を壊した『最低最悪のモノ』。運命干渉系の権能ですから、あの子も口に出したくないのでしょう」


「最低最悪な運命干渉系って、随分酷いことを言うんだね。それで、それと君に何の関係が?」



 あえて前を向き、蒼太に顔を見せないようにした彼女は、まるで懺悔するかのように吐き捨てる。



「権能持ちでもたった2人しか発現していない運命干渉系の権能の1つ……《幸運》。その自意識が私なんです」



 己を卑下し、断罪してくれと言わんばかりの懺悔が、俄には信じられない。


 しかし、蒼太には前例がある。


 勘といい悪魔といい、殺人衝動のようなヤンチャな狼といい。


 蒼太の権能は漏れなく全て、自意識を持っているのだ。他の権能だって意思があってもおかしくはない。


 その上、さっきのクローバーの額縁を思い出せば、不思議と納得できるカミングアウトだった。



「ふぅん。じゃあ、今のあなたは扉の守護者ゲートキーパーの力で顕現してるのかな」


「当たらずとも遠からずです。今の私は次の階層の扉の守護者ゲートキーパーによって、この階層の扉の守護者ゲートキーパーとして設定された存在。私は次の階段への鍵なんですよ」



 あっさりとバラしていく彼女は、変わらず前へと歩く。


 話ながらも歩いているのに、一向に廊下の終わりが見えないのは彼女のせいなのか。



「といっても、この階層では戦闘禁止です。物理でどうにかするなとは言いませんが、私は戦えませんからね?」



 思わず癖で刀に手を伸ばす蒼太に、彼女は忠告してきた。


 そういえば、この階層では戦えないことを忘れるところだった。


 ならば、何か扉の守護者ゲートキーパーを倒す以外のギミックが隠されているのだろう。


 ヒントが少ないから情報を得たい。蒼太はそう考えながら会話を続ける。



「リラは幸運至上主義みたいなことを言うし、最低最悪って卑下するほどでもないんじゃない?」


「あれは権能の衝動ですよ。あの子にとっては『強制された思想』なんです」



 一歩前に出した足を軸に半回転。


 くるりと振り返った彼女は後ろ向きで歩きながら、楽しそうに笑った。



「蒼太は《幸運》の権能ってどんなものだと思いますか?」


「幸運を引き寄せるとか、運が良くなるとか……かなぁ」


「近いですけど、《幸運》の権能のメインは『幸運の流れを見て、それに乗る』ことなんです。蒼太の言うように運を引き寄せたり良くしようとしたら、実はそれなりに動かないといけません」



 でも、と続きを匂わせながら、彼女は再び前へと向く。



「あの子はそうしなかった。権能が示す方向に身を任せて、舵取りするだけ。それでは『比較的運がよさそうな所』に行けても、『運命を掴み取る』ことも『運命を切り開く』こともできません」


「あの子っていうのが、リラのこと?」


「さて。それを答えるのに権限が足りませんね」



 殆ど答えを言っている彼女に対して、蒼太は目を細めるだけに留めた。


 ここで何かを言っても始まらないし、いつまで経ってもゴールは来ない。



「運命に乗るだけ乗って、今じゃ糸に雁字搦め。抜け出すことすら叶わない……それが、あの子なんですよ」


「なら、助けるだけだよ」


「助ける? それができれば良いですが、今の貴方には資格がありますか?」


「助けるのに資格なんて必要かなぁ」


「ええ、少なくともこの階層では必要です。私には貴方にその資格はないように思えますが……どうするつもりか、見ものですね」



 彼女の言う『資格』というのは精神的な資格という意味でないと、蒼太は直感する。



 なら、資格とは何なのか?



 彼女は直接ヒントを与えられないから、こういう遠回しな発言でヒントを渡そうとしているのだろう。


 助ける資格がない。


 それは、蒼太がすでにこの階層のギミックに捕まってしまっているという物理的な意味。


 目の前の彼女による、精一杯の警告だ。



「助けるのに資格なんて必要ないと思うけどな」



 種が分かれば後は乗り越えるだけ。


 刀に手をかけて、彼女の問答に付き合う蒼太は肩を竦めた。



「あえて必要なものをあげるとしたら、助けるのに必要なのは『気持ち』だけだよ」


「それは理想論ですね。気持ちだけあったところで、現に今、貴方は先に進めていないじゃないですか」


「そう見えるなら、そろそろ会話も終わりにして、あなたの言う資格とやらを証明しようか。どうやらあなたも、さっさと進んでほしいみたいだし」



 それに、ちょうど良い地点に来たようだ。


 蒼太は足を止めて、何もない壁をじっと見つめる。


 そんな蒼太の異変を感じ取った彼女も振り返って「どうしたんですか?」と問いかけてくるものの、蒼太はそれに応えない。



「──うん、ここならいけそう」



 その代わりに、刀身の輝きが彼女の疑問に答えた。


 彼女からすれば唐突に、何の許可もなく斬と壁を切りつけたのだ。



「え。蒼太、何してるんですか!?」


「見なくても何かわかってるくせに。切ったんだよ、ここってそういうところでしょ?」



 いっそ白々しく感じる彼女の驚く表情を無視して壁を切り開くと、今まで隠されていた部屋が現れた。


 その部屋の奥には大量の人形が描かれた絵画が一枚、壁一面に貼り付けられている。


 どうやらあの絵がゲートらしい。蒼太の勘があの絵に飛び込めばゴールだと訴えかけてきていた。



「これで資格はどうかな、足りそう?」


「……十分ですよ。あの子をよろしくお願いします」



 ぺこり、と頭を下げる彼女を見つめて、蒼太はゆっくりと頷く。



「ありがとうございます。《幸運》《わたし》の名の下に祝福を。これから更なる試練に挑む貴方に、少しでも力になれますように」



 彼女は、天秤座のリィブラの権能の1つ──【幸運】は目を細めて権能を使用した。


 特に何かが起きる訳ではない。


 幸運は目に見えないものなのだから、今はわからないのだ。



「うん、ありがとう。あなたの持ち主を絶対に、助けてくるから」


「はい。あの子を──よろしくお願いします」



 彼女が絵に触れた瞬間、ただの絵だったモノがゲートへと変化する。



「うん、頑張ってくるよ」



 人質をとられていようが、いきなり扉の守護者ゲートキーパーが待っている可能性があろうが、最悪が頭を過ったとしても、後は歯を食いしばって進むだけ。



 蒼太はリラの権能である《幸運》に見送られながら、次のゲートの中を潜ったのであった。






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∥д・)ソォーッ…


|ω・`)つ(138話)ソッ…


|)彡 サッ


 

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ダンジョン・ダイバー 〜深き穴へ潜る者〜 大森 依織 @history4ater

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