137刀目 覚悟の方向性
最後の扉には覚悟が必要だろう。
それも、本人であるならばもっと必要になる。
そんなことをリラが言っていたというのに、蒼太は軽く考えていた。
いや、軽く考えていたというのは語弊があるか。
言い訳をするならば、覚悟する方向が違っていたのだ。
命の危険という意味で死ぬ覚悟をして挑んだら、精神的な危機で死ぬ。
そんな方向性の違う攻撃が、蒼太の心へ大ダメージを与えてしまった。
「な、何これ」
意を決して4つ目の扉を開けたはずなのに、蒼太の声はか細く震える。
その部屋は今までと同じように、絵がメインの部屋だった。
今までは蒼太にとって殆ど知らぬ存在の絵なので、何とも思わなかった。
だが、4つ目の部屋は違う。どこをみても白髪青眼。見覚えのあり過ぎる姿がただ1人。
天井にも壁にも綺麗に、隙間を埋めんばかりに飾られている写実的な絵。
どこを見ても
「あーらら。ちゃんと私の言葉の意味を考えないから、そんなにダメージを受けるんですよ」
「いや、いやいや。だって、こういう方向だって思わないじゃん……」
視線がほぼこちらを向いていない絵。
『美術館』という先入観がなければ盗撮写真にも見えるそれに、蒼太は口をもごもごと動かした。
絵だとわかっていても、あまり気分のいいものではない。
しかし、この盗撮写真のような絵のお蔭で、蒼太の予想は正解だと確信した。
「ねぇ……今までの作品ってさ、たぶんリラの記憶なんだよね?」
「
「その答え方、もう隠すつもりないでしょ」
何度か紫色の両目を瞬かせたリラはゆっくりと目を細めて首を傾けた。
「私はわたしですし、最初から隠していませんから。そうでしょう?」
「確かに、あなたをリラだと最初に呼びかけたのは僕だけどさ」
「ふふふ。でも、広義的には間違いないですし、誤差ですよ、誤差!」
「それって結構大きな広義じゃない……?」
そもそも、目の前の彼女がリラではないというのは、蒼太の両目が青単色であることで証明されている。
リラに出会って少し経ったある日、会話していた言葉は何であったか?
『── それで、目の話でしたっけ? 昨日話した通り、私が今みたいに蒼太の体から離れて活動しなければ戻りますよ』
あの日のリラは確か、そう言っていたはず。
覚えている記憶通りならば、リラが目の前にいる状態で蒼太の目が青単色になっているのは間違いなく『異常』で。
目の前でリラらしく微笑んでいる存在が偽物であるという、何よりの証拠になる。
「さて、推理を披露してくれた名探偵蒼太君はどうするつもりなんですか?」
にっこりと笑って問いかけてくる彼女に、蒼太は首を横に振った。
「別に。何もするつもりはないけど」
「えぇっ!? 何もしないんですか!?」
「うん、どうせ答えはすぐだろうから」
目を大きく見開き、大きなリアクションをする彼女を遇らい、蒼太は絵画のタイトルを確認する。
ボロボロでみすぼらしい姿の絵には『好奇心』と名付けられたが、お祭りの時やダンジョンで一緒にいるであろう姿が多くなるにつれて、『愛』というタイトルが増えている。
優しいタッチで描かれた絵の数々に、自然と蒼太の口角が上へと上がった。
「おやおや。嬉しいんですか?」
「……煩いよ」
にやにやと笑う彼女の顔を押しのけて、蒼太は奥に進む。
最後の問題を紙に答えると、今まで通りの説明が出てきた。
【作品解説】
道はいくつもあるはずなのに、視野が狭くて一つしか見えなかった。
一本の廊下が世界ではない。抵抗しなければいけないのに、糸が絡んで進めない。
だからこそ、囚われてはならないのだ。
短かった文章を最後まで読むと、遠くから扉の鍵が開いたような音が響いた。
部屋の外に出ると、白だった額縁に大きな四つ葉のクローバーの絵が描かれている。
クレヨンで描かれているのに、水色や青といった寒色系の色合いのせいか、どこか冷たい感じがする。
(幸運の証が冷たく感じるのか。嫌な予感がする)
目を細めて最後の扉へと手を伸ばす。
ガチャガチャとドアノブを捻ってみるものの、滑らかに動くノブは扉を開いてくれない。
「……?」
引いても押しても開かぬ扉。
どこかで見たことがある現象を、まさか自分も体験することになるとは。
思わぬ出来事が降りかかり、蒼太は目を白黒させた。
行儀悪く壁に足を置いて引っ張っても、扉はびくともしない。
「鍵、開いてたよね?」
蒼太は後ろへと問いかけながら、何とか扉を開けようとする。
肩で息をし始めるぐらい扉を開けようともがいても、全く解決する兆しがない。
とうとう床に倒れてしまった蒼太を横目に、彼女が開かずの扉へと近づく。
「あら、空いてますね」
蒼太が必死になって開こうとした扉は、彼女がノブを捻ればあっさりと開いてしまった。
「拒絶されてたって話はどこにいったのさ」
「さぁ……それで、進みます?」
このまま彼女を先に進めてしまってもいいのか、蒼太は不安を覚えていた。
「ちょっと試してもいいかな」
それを直接伝えるのは憚られたので、誤魔化しながら再度、ドアノブに触れようとする。
その瞬間、半開きになっていたはずの扉が勝手に閉じた。
握ろうとして宙を彷徨う手。嫌な予感しかしない。
(予想通りだけど、僕が先に行くのはやめてほしいみたいだね)
クローバーの下の扉は蒼太を拒絶するかのように閉ざされてしまった。
彼女に開いたままにしてもらい、黒い道の先を無理矢理進もうとしても無理。
見えない壁のようなものが蒼太の行手を阻み、部屋に入るのを阻止してくるのだ。
「今度は僕が拒絶されてるってことかな」
「ふふふ。あの時の私の気持ち、よくわかりましたか?」
「はいはい、よくわかりましたとも」
何をしても入れない扉に蒼太がゲンナリするのに対し、彼女の顔は自慢げだ。
自分と同じ苦労をしているのが、とてもお気に召したらしい。
先に進むには彼女に先頭を譲るしかない。
「満足したし、お先にどうぞ、お嬢様」
あまり気が進まないが、蒼太は先に進むようにと手振りで誘導する。
「よきにはからえ」とノリよく返事した彼女が扉を開き、その先へと一歩、歩みだした。
途端に真っ暗闇にしか見えなかった景色から一変し、赤い絨毯が敷かれた廊下へと変化する。
天井には何もないが、壁に蝋燭が付けられているので暗くは感じない。
目視で確認する範囲には罠がなさそうだ。だが、背筋に氷から落ちる水滴を垂らされているような、嫌な感触が伝わってくる。
「進みますか?」
「そう、だね。進もうか」
迷ってても道は一つしかない。ならば、例えそれが化け物の腹の中であっても進まなければならないだろう。
そんなことを考えてしまったせいか、扉を潜ってからの空気が生暖かいものに変わった気がした。
しかし、先を歩く彼女はなにも感じていないらしく、「行きましょうか」と軽い足取りで先へと進む。
1人で歩くには少し広いが、2人で歩くには狭い廊下。先に進む彼女の背中を傍目に、蒼太は退路を確認するために振り返った。
(あー……これは本格的にまずいかもしれない)
振り返った蒼太の目が捉えたのは黒に塗りつぶされた壁。退路が塞がれたのだ。
「どうしました?」
壁から目を離し、前を向く蒼太に対して、彼女が首だけをこちらに向けて微笑んだ。
振り向いた彼女の笑みは作り物のように嘘っぽく、蒼太は息を飲み込む。
「いいや、なんでもないよ」
どうやら、ここがこの階層の正念場らしい。
今度こそ、方向違いの覚悟を決めないように。
歩き始めた彼女の背中をゆっくりと追いかけるように、蒼太は歩き出した。
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