136刀目 やっぱり悪趣味


 一つ目の部屋が拍子抜けするぐらい簡単に終わってしまった。


 そのせいだと言うのはよろしくないかもしれないが、蒼太のやる気は減少していた。


 扉は4つで、最初が簡単な回答問題。

 その上、蒼太の勘が『同じようなものが続くぞ』と訴えているのだ。


 残りも簡単だという予想は、蒼太の中では確定事項に近いモノになっていた。



「まぁまぁ。解けないような意地悪なものじゃないですし、いいじゃありませんか」


「相変わらずどの扉も僕じゃないと開かないけどね」


「うぐっ。手分けして扉に挑めない、足手まといですみません」



 胸を押さえて謝るリラに、蒼太は軽く首を横に振った。


 ルールのせいか、はたまた仕掛けなのかはわからないが、リラ1人ではどう頑張っても先に進めないのだ。


 このことからも、2人をセットにして動かしたいという意図だけはわかったので、彼女に苦言を呈しても仕方がない。


 蒼太達は2人揃って次の扉を開き、先に進む。



「これは……」



 扉の先で蒼太達を迎え入れたのは大きな人物画であった。


 クローバーが描かれる予定の額縁よりは小さいものの、今までの絵画と比べると大きめの絵には3人の人物が描かれている。


 真ん中で座っているのが蒼太よりも幼く見える黒髪の少女だ。


 黒髪という部分だけを見れば日本人らしい。


 だが、顔立ちは西洋人形のように整っていて、紫色の目も相まって人らしさが感じられない笑みを浮かべている。


 右で不機嫌そうに立っている男はいかにもプライドが高そうな尊大な態度。


 赤髪と黄色い目はコスプレだと言われてもおかしくない色合いだが、全く違和感がない自然体だ。


 絵だからなのか、そういう存在なのだと受け入れることができた。



 ──そんな2人を差し置いて、蒼太が1番気になったのは左側の女性だった。


 ピンと背筋を正している立ち姿は絵を見ていてもわかる生真面目さを表現しているようだ。


 白髪で青い目。蒼太に近い色合いだからなのか、何となく親近感を覚える顔。


 彼女の絵を見て、蒼太はこの部屋の絵全てに描かれた3人の正体を察した。



「誰の絵なのか、わかりましたか?」


「たぶん。管理者の絵、だよね」


「正解です。真ん中にいる方が私の上司であるラサルハグェ様。唯一の男が廃棄派のケバルライ、隣に立っているのが保護派のサビク様ですね」


「……1人だけ呼び捨てで、恨みを込めてなかった?」


「気のせいですよ」



 『触れるなよ』と警告するかのように、リラはとてもいい笑顔で断言した。


 これ以上は命に関わるかもしれない。蒼太は苦笑いを浮かべ、絵を見て回ることにした。


 今回の絵達もタイトルは『敬愛』と『服従』の2種類のみ。


 黒髪の少女ラサルハグェには敬愛が、赤毛の男ケバルライには服従のプレートが付けられていることが多い気がする。


 逆に白髪の女性サビクの絵には興味がないのか、白いプレートがかかっていた。



「で、問題もさっきと一緒か。『敬愛』と『服従』っと」



 見覚えのある選択問題に答えると、前の部屋と同じように紙が書き換えられる。




【作品説明】


 人形は3人の内、1人の上位者に対して敬愛を持ち、服従していた。

 上位者は一番人形の主にふさわしい力を持っていたが、彼女が欲したのは人形ではなく、自分と対等な存在であった。

 その期待によって、人形もその殻を破ろうとしたのだが……結局、抜け出すことができず。

 人形のまま、今も縛られている。




「人形か。現場のリラさーん、意見をどうぞー」


「さぁ、どうでしょうねー?」



 リポーターのように問いかけた蒼太に対して、リラが返したのは微笑だった。


 どうやらまともに答えてくれるつもりはないようだ。


 答えてくれないのならば仕方がない。最初から期待をしていなかった蒼太は文を暗記して、部屋を出た。



「2枚目の葉が描かれてるし、クリアできてるかな」


「順調ですね。3つ目はこのまま真っ直ぐ――最初の扉から見て左の奥がお勧めですよ」



 クローバーの確認をしていた蒼太に、リラは次へ向かうべき扉を指し示す。


 彼女は隠したいのかそうでないのか、どちらなのだろうか。


 鈍い痛みを感じる頭を片手で抱えつつも、蒼太は彼女の思惑に乗って次の扉へ。


 3つ目の部屋も焼き回したように絵画ばかり飾られている場所だった。


 違うのは絵の内容とタイトル。


 タイトルは『支配』と『希望』の2種類のみで、前者の物騒なタイトルの絵も笑みを浮かべた姿ばかり描かれている。


 1番多いのはピンク色の髪が特徴的なシスターの美人画。


 次に多いのが顔つきがそっくりな緑髪の男女が手を繋いでいたり、こちらに手を伸ばしたりと、今にも一緒に遊びにいきそうな絵。


 最後の方には見覚えのある3人の絵がある。

 やはり、気のせいでも何でもなく、三姉妹の絵だ。



(絵の中に3人が閉じ込められてるってことはなさそうだけど)



 1枚1枚、触れて粒子がないか確認してみたものの、反応はない。


 蒼太にもわからないぐらい巧妙に隠されているのならお手上げだが、恐らくリラが言っていた通り、ここにはいないのだろう。



(赤い光の部屋が今まで経験してきた負の側面。1つ目の部屋が今まで見てきた景色。2つ目の部屋が上司で、3つ目の部屋が親しい相手とか、かなぁ)



 何となく今までの部屋の傾向を予測して、蒼太は嘆息する。


 この絵にも自分の姿らしい絵はどこにもない。蒼太はそのことを気にしていた。


 最初にこれ見よがしに吊られていたことといい、白黒ハッキリさせない行動といい、怪しんでくださいと言わんばかりに並べられたヒント。



 ──もしかしたら、美術館の展示物は全部リラの記憶か経験か、それらに関するモノを絵にしているのかもしれない。



 そう予想していたのに、蒼太の絵はどこにもないのだ。



(この部屋は大切にしてる人ばかり集めてるっぽいし、絵があるならここなのかなぁと思ってたんだけど……思い上がりだったかな)



 蒼太の中でリラの比重はかなり大きい。


 だから彼女も同じように思ってくれている、というのは蒼太の思い込みだ。


 リラにとっては現地で出会っただけの、ただの少年。


 実は内心ではちょっと使い勝手のいい道具程度にしか思っていませんでしたー、なんて可能性もあり得る。



(……と、そこまでは思いたくないけど、全くないわけではないしなぁ。あまり期待はしない方がいいよね)



 うんうんと悩む蒼太に対して、何も言わずに後ろをついてきていたリラが口を開いた。



「心配しなくてもいいと思いますよ」


「さらりと読心してくるね?」


「貴方がわかりやすいだけですよ……まぁ、次は本人には覚悟が必要だと思いますし、悩めるだけ幸運でしょう。その運に私は関係ありませんが」



 仏のように穏やかな笑みを浮かべていたと思いきや、最後の発言をする頃には顔が引き攣っていた。


 彼女の言葉を信じるならば、何故か覚悟が必要らしい。



「ややこしいのはさっさと済ませるのに限るよね。『支配』と『希望』っと」



 またしても同じような質問を書いている紙にタイトルを答えて、説明文を出現させる。




【作品説明】


 人形は大切な存在の為に、権能の人形になることを選んだつもりだった。

 そこには『希望』しかないと思って、選んでいた。

 しかし、友人である兄妹が望む自分がわからず、親友が望む過去の自分にもなれない。

 最後には三姉妹が求めた主人であることすらままならないことを突きつけられて。


 残ったのは、何かに支配されている人形と、反転した気持ちだけ。


 求めても求めても、人形如きには手に入らな──




「他人の過去や内心を暴かせるとか、本当にダンジョンって趣味悪いよね」



 蒼太は最後の文字が現れる前に、紙を握りしめてグシャグシャに丸め、床に叩きつけた。


 転がる紙を踏みつけて、ため息。こんなことをしても、自己満足にもならなかった。



「行こう。最後なんでしょ」


「はい。よろしくお願いします」

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