135刀目 最初はあっさりと?
蟻に隠し扉を出してもらい、蒼太が最初にしたのはリラへの報告だった。
「蟻だから『蟻のまま』ですか」
「そうそう、ありのまま〜って歌ってたんだ」
「えぇとその、上手なギャグだと思いますよ? ほんとホント嘘じゃないですから」
「それは嘘ついてる時に言うセリフじゃないかな!?」
可哀想な子を見るような目で見つめてくるリラに対して、蒼太は思わずツッコミを入れる。
わざとらしく笑うリラは元気そうで、権能を使った疲労は感じない。
どうやら杞憂だったようだ。安堵の息を漏らした蒼太は、疑ってくるリラに向けている目を細めた。
「僕が言った渾身のギャグとかじゃないから、可哀想な子を見るような目で見てくるのはやめない?」
「そうですね、冗談はこの辺で終わりにしましょうか」
お互いにじゃれ合うことをやめて、真剣な顔を作る。
リラが蟻が見つけてくれた扉に手を当てて気配を探り始めたのを確認し、蒼太は問いかけた。
「ベガ達の気配はありそう?」
「えーと……残念ですが、まだ先のようです。扉に罠がないと出ていますし、合流も先でしょうね」
扉の鑑定もついでにしたリラは目を伏せて、首を横に振った。
リラとの合流がすぐだったので、ベガ達もすぐに合流できるかもと蒼太は楽観的に考えていたが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。
もしかしたら最後の方まで合流出来ないかもしれない。そう考えて行動した方が良いだろう。
「ベガ達と合流したいのは山々だけど、今はダンジョン攻略に集中しよっか」
「そうですね。蒼太の決定に従いますよ」
ニコニコと丸投げしてくるリラに対して、蒼太は苦笑するしかない。
何はともあれ、同意は得られたのだ。鍵のかかっていない扉を開き、蒼太達は注意深く確認しながら部屋の中へ侵入した。
「これはまた、独特な部屋ですね」
「う、うん。そうだね」
リラが蒼太の肩の上に顎を乗せ、部屋の中を見た感想がそれであった。
何をしているのかとリラに問い詰めたい気持ちもあるが、部屋が独特なのも事実だ。
正面の壁一面には絵の描かれていない額縁が1つ。右と左、それぞれ2つの扉が待ち構えている。
とりあえず目立つ額縁の側まで近づくと、縁の下側に『幸運のクローバー』というタイトルらしいプレートが貼り付けられていた。
「幸運のクローバーっていうタイトルなのに、額縁の中は真っ白ですね」
「左右合わせて扉は4つあるし、四葉のクローバーでも完成させろってことじゃない?」
四葉のクローバーといえば幸せの象徴だと言われているし、だからこそタイトルが『幸運のクローバー』なのだろう。
「今までの傾向を考えると、このからっぽな額縁にクローバーを描けば次の扉が開きそうですよね」
きらりと目を輝かせたリラが巨大な額縁を眺めながら呟く。
「それが本当なら、扉を1つ攻略する度に葉っぱが1枚描かれて、4つ攻略できたら完成しそうだ」
「戦闘行為が禁止されていますし、案外、攻略の鍵は頭脳戦かもしれませんよ?」
トントン、と人差し指の腹で頭を小突くリラの動作を見て、蒼太は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「うへぇ。それが本当なら、僕は戦力外だから」
「とか言いますけど、蒼太の頭は柔らかいでしょう?」
「評価は嬉しいけどさ、いつものクセで手が出そうで怖いんだよね」
「あー、確かに怖いですね。美術館ですし、見学するだけなのを期待しましょうか」
人間とは習慣の生き物であるとはよく言ったもので、蒼太も『とりあえず切ればわかる』を選択する人間なのである。
まずは切る。切れなかったら別の方法を考えるか、押し通そうとする思考回路の蒼太が手を出さないようにできるのか。
そう問われると、蒼太はできると断言できなかった。
「4つの扉に罠は無さそうだけど。1つでもモンスターハウスだったら終わりだよね」
「まぁ、そこまで意地悪じゃないですよ」
「何を証拠に言ってるのやら」
「クリアできる道があるってだけで、ダンジョンは優しいですもの」
リラはスタスタと右側の扉へと向かい、手を伸ばした。
ノブを握って捻りながら扉を引くものの、びくともしない。
首を傾げて押してみても、扉は固く閉ざして佇んだまま。
「くっ……
大苦戦しながら横に引いてみたり、上や下に移動できないか試してからもう一度引いてみても無反応。
まるでリラが扉に嫌われているかのように、何もできなかった。
「やはり……私はこの階層に拒絶されてますね」
最後には諦めて部屋の隅に移動したリラが三角座りで膝を抱え、床に円を描きながら拗ねてしまった。
蒼太はリラがパントマイムしているかのように苦戦していた扉に手を伸ばすが、簡単に開いてしまいそうな手応えを感じる。
「へぇ、拒絶って言葉通りなんだね」
「むしろそれ以外になんだと思ってたんですか?」
「いつもの思わせぶり」
「うぅ、日頃の行いが巨大なブーメランとなって私に今、突き刺さっています」
立ち上がったリラは胸を抑えて壁に寄りかかっている。テンションが上がっているのか、いつもより芸が細かい。
「っと。お遊びはこの辺にして、最初の扉はここでいいの?」
「ええ、右側の手前の扉がお勧めですよ」
権能を使ったのか、キラリと目を輝かせたリラが頷く。
蒼太も念の為に扉の向こう側の気配を探ってみたものの、嫌な感じはない。
リラの言う通り、まずは右の扉を選んでいく方がよさそうだ。蒼太の勘もリラの意見に同意していた。
「じゃあ、お勧め通りに行こうか」
リラが後ろに来たのを確認し、一つ目の扉を開く。
扉の先は美術館らしく、赤い灯の部屋と似たような趣味の悪い絵が飾られている。
だが、よく見ると自然であったり、廃れ果てた中世ヨーロッパっぽい場所。
木々が枯れ、建物が破壊された町など、世紀末のような荒廃した風景画も並んでいる。
「よくよく考えたらさ、この絵って何の絵なんだろうね?」
絵のタイトルは『容認』か『感傷』と書かれており、法則性があるのかもしれないが、見ているだけではわからない。
「この絵は……最終試験の様子を描いた絵でしょうね」
「試験の絵だと言う割には、趣味が悪い絵が集まってる気がするんだけど」
「ダンジョンができる世界は漏れなく、終末──滅びる直前なんですよ。だからこそ、この絵に描かれた存在達は悲しみ、怒り、そして絶望してるんです」
いつか、必ず訪れるであろう終わりの瞬間。
それが世界なのか、自分の命なのか。その違いでしかない絵達が、蒼太にはバッドエンドを詰め込んだような地獄に見えた。
「……やっぱり、嫌な絵だね」
「それが最終試験なんですよ」
リラの言うこともわかる気がするが、それで納得できるかは話が別である。
だからこそお互いにこれ以上は議論することなく、部屋の奥にある仕掛けのところまで歩いた。
「『この部屋の作品のタイトルは?』ですって」
「『容認』と『感傷』でしょ」
壁に貼られた紙の文をリラが読み上げ、蒼太が反射的に答える。
その瞬間、目の前で紙の文章が意味深なものへと書き換えられた。
【作品説明】
人形は無知で無垢だった。
従者として参加していた頃は、目の前の出来事に感情的になっていた。
しかし、それでも現実は変わらないし、変えようという意思が足りない。
結局、人形は悲鳴を上げる前に、全てを容認するという形でその場から逃げ出したのだ。
「……これで終わり?」
「どうやらそのようですね」
あっさりと終わった謎解きに蒼太とリラは顔を見合わせた。
念の為に外に出て額の中を確認してみると、右上に1枚の葉が描かれている。
「次、行く?」
「いきましょうか」
一通り調べ直しても、意味のありそうな文以外には何もない。
仕方がないので、蒼太達は次の扉──右側にある奥の扉へと向かうのであった。
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