134刀目 ありのままの

 扉を固定し、数十分経った頃。


 リラと共に部屋の探索をしていた蒼太は、ぷりぷりと怒っている彼女の姿を見て、目を丸めた。



「ご立腹だね」


「それはそうですよっ。この階層、仮にも美術館みたいに作っているのなら、扉ぐらいわかりやすく設置して欲しいんですが!」



 リラの顔は口元も目元も引き攣っており、声も怒りがはっきりと伝わってくるほどに低い。


 両手の握り拳は硬く握られたまま震えており、紫色の目もギラギラと輝いている。


 怒りだ。どこにぶつけたら良いのかわからぬ行き場のない怒りが、彼女の心を静かに燃やしているのだ。



「赤い光のせいで目がおかしくなりそうですし、部屋入り口と反対側の隅には蟻の大群がいるだけですし、本当に困りますよ」


「つまり?」


「何の成果も得られませんでしたといいますか、私では扉を見つけるのが無理といいますか……」


「リラじゃ無理って、どういうこと?」


「言いにくいのですが。その、言葉にするなら『拒絶されてる』といいますか」



 だからいくら探しても見つからないんです、と呟くリラの表情はどこかグッタリとしている。


 怒りの炎は話している間に鎮火されており、代わりに出てきたのは『私、もう疲れてるんです!』と訴えてくるオーラだった。



(聞きたいことが増えていく一方だけど……今は答える時じゃないって言われそうだなぁ)



 拒絶されているとか、無理だとわかることとか。


 気にならないと言えば嘘になるが、今までの経験から、蒼太は脇に置いて提案することにした。



「わかった。じゃあ、僕が改めて探してみるよ」


「ありがとうございます。申し訳ないのですが、お願いしますね」



 眉を下げて、力無く微笑むリラに対して、蒼太は首を横に振る。


 リラには部屋の隅で休んでもらい、蒼太は改めて部屋の探索を開始した。



(探索といってもなぁ。どこを見ても嫌な感じがするんだよね)



 見ているだけで気分が悪くなるぐらい、負のエネルギーを発している絵画達に、怪しさを倍増にしている赤い灯り。


 ここからボタンを探し出すだけ、とかならリラも既に見つけているはずだが、そう簡単にもいかなさそうな本格的な隠し扉。



「嫌な気分になるというか。変な力があるなぁ……この部屋」



 あまり気が乗らないが、部屋を見て回るしかないかと、渋々絵画を一つ一つ、確認してみた。


 作品名も作者の名前も特になく、ただただ不気味な絵が壁に飾られている。


 主に『負の感情』を表現している人物画が多いのだが、中には子供が描いたようなぐちゃぐちゃな絵もあるが、法則があるとは思えない。



「気になる絵はあるけど……」



 蒼太は藤色の髪の少女の絵を見る。


 どこか遠くを睨みつけながらも涙を流し、自分への怒りでギラギラと輝く目を見事に表現している、生々しい絵だ。


 それこそ、蒼太が見てしまった記憶の姿にそっくりであり、菫と菖蒲の花を抱いている時点でベガだと確信してしまう程、特徴を捉えている。


 他には金髪の男が目を閉じている少女を抱きしめて、怒りを露わにしている絵。


 緑色の髪の幼い少年が、同じような顔の少女の手を掴めずに力尽きたような絵もあり、負の感情で常に殴られているような気分になった。



「ベガ達にそっくりだったり、何かありそうな絵なんだけどなー」



 絵をじっくり見るだけでなく、隅から隅まで調べるために触ったり、仕掛けがないかと絵画を外してみようと試みたり。


 普通の美術館ならば怒られるのも承知の行動をやってみても、怪しげな絵画達はうんともすんとも反応しない。



「でも、この部屋の仕組みとは関係なさそうなんだよねぇ」



 愚痴を呟きながら次の絵に触れた瞬間、動かないと思っていた絵が斜めにズレた。



「……おや」



 今までになかった感触だ。


 蒼太はズレた絵を手に持ち、壁から外してみる。すると、絵はいとも簡単に壁から離れた。


 絵の裏面と壁を確認するが、当然のように何もない。


 ひっくり返して絵の部分を見てみると、岩だろうか。じっくりと観察すると枯れた巨木にも見える不思議な物体が描かれている。



「何の絵だろ、これ」



 じっと見ていても絵は変わらず、蒼太は首を傾げること以外に何もできなかった。


 他の絵を調べても、この謎の岩か木のような絵以外は全て固定されている。


 蒼太が干渉できるのは手に持っている謎の絵だけ。予想なんてしなくても、この絵に何かがあるのだろう。



「リラ、ごめん!」


「どうしましたー?」


「この絵だけ外れたんだけど、何の絵かわかる?」



 ぐるぐると彷徨うように探索するリラを呼び止め、蒼太は手に持っている絵を見せる。


 隣まできたリラが絵を覗き込み、「これ、何ですかね」と呟いた。


 どうやら彼女も一眼見ただけではわからないらしい。


 いくら見てもわからないと諦めたのか、リラは《天秤》の権能を使って鑑定した。



「ふむ、なるほど。これ、『蟻塚の絵』らしいですよ」


「ありつかの絵……?」


「言葉通り、蟻が作った塚。つまり、蟻の巣のことですよ」


「なるほど」



 頭の中で変換できずにぽかんと間抜けな顔をしていた蒼太は、理解が追い付いて力強く頷く。


 言葉としては知っていたが、この絵が蟻塚だとは思わなかったのだ。


 改めて絵を観察してみると、言われてみれば岩肌だと思っていた無数の黒い点があるし、これが巣に繋がる穴なのだろう。



「でもこの絵、不思議ですね」



 なんとなく近くで見たり、離して見たりしていると、リラが隣まで歩いてきて指を指す。



「蟻塚の絵だと言うのに、蟻が全く描かれていないんですよ。だから権能を使う羽目になりましたし、きちんとその辺はして欲しいですよね」


「そのさ、リラは権能を使っても大丈夫なの?」


「……まぁ、ちょっと使う程度でしたらね?」


「いや、ね? って聞かれても僕にはわからないんだけど」



 蒼太は目を細めて様子を観察するものの、リラは涼しげな表情のままだ。



「無理はしないでね」


の心配をしてくれるんですか? ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですよ」


「ふぅん……わかった。じゃあ、また探してくるよ」


「えぇ、いってらっしゃい」



 探索を再開するようにと、暗に伝えてくるリラに背を向けて、蒼太は部屋の奥へと進む。



(確か、入り口と反対側の部屋の隅に蟻の大群がーって言ってたっけ)



 リラの最初の言葉を思い出しながら歩いていると、蒼太の耳が小さな音を拾う。



『蟻のまま、ありのまま~♪』



 目的地に近づいた蒼太が効いたのは音ではなく、蟻の歌であった。ずっと同じ言葉を繰り返しており、少々不気味である。



『おや、ニンゲンさんだ。君も巣に帰れないのかい? 僕らも巣に帰れないんだ』


「その巣っていうのは、これ?」



 一匹の蟻がタイミングよく話しかけてきたので、蒼太は手に持っていた蟻塚の絵を地面に置く。



『わぁ、巣だっ。おーい皆! 僕ら、帰れるぞ!』



 すると、蟻は嬉しそうな声を上げ、独特な歌のような何かを唱えながら絵の中へと入っていく。


 蒼太に話しかけてきた蟻がこちらに振り返り、小さな体の前足部分を上げた。



『ありがとう、ニンゲンさん。君はありのままじゃない子を探しているんだろ? なら、この先に行くといいよ』



 蟻が壁の一部分に群がり、一斉に噛り付く。


 ガリガリ、ガリガリと壁を剥がすと蒼太が探していた扉が現れた。


 どうやら今の一連の行動がギミックだったようだ。ホッと息を吐く蒼太に、蟻が声をかけてくる。



『君はあの子のありのままを受け入れてやってね』


「え?」


『あの子、自分を受け入れられなかったんだ。だから、僕らは拒否された。だって僕らは《ありのまま》だからね!』


「え、ちょっと、それってどういう……」


『蟻のまま、ありのまま。蟻のまま、ありのまま〜♪』



 問いかけるより前に、蟻達は独特な歌を歌いながら蟻塚の絵の中へと撤収してしまう。


 手を伸ばそうとしても絵の中までは届かず、蒼太は諦めるしかなかった。



「……やっぱり、何かあるんだろうなぁ」



 白髪を乱雑にかき混ぜ、ポロリと声を漏らす。


 いつまで立っても絵の中に帰ってしまった蟻が出てくることはない。


 話を聞き出すのを諦めた蒼太は、そのままリラを迎えに部屋の入り口まで戻るのであった。

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