133刀目 天秤座な展示物
いつもの蒼太であれば、罠を警戒したのであろう。
「リラ!?」
しかし、今の蒼太は気が動転しており、それどころではない。
糸に絡まったリラに駆け寄り、それが罠かどうかなんて全く考えず、蒼太の手が糸を引きちぎろうとする。が。
【いやいやいや! 罠を考えようよ、罠を!】
寸前で勘が大音量で警告した為、その行動はキャンセルされた。
まるで頭をハンマーで叩かれたような衝撃に、蒼太は頭を抱える。
低い声で唸っているうちに冷静さも戻ってきて、漸く周辺を調べる余裕が出てきた。
「あー、そうだ。『新しい場所に来たら、真っ先に状況確認っすよ!』だったっけ」
耳にタコができるぐらい、口が酸っぱくなるまでという表現が相応しい程にベガから忠告されていたのに、すっかり頭から抜け落ちていた。
最も有力な選択肢を防がれている今こそ、冷静に対応しなければならいのに、この体たらく。
(ごめん、馬鹿なことしてた。止めてくれてありがとう)
【1人なんだし、気をつけてよね】
(うん、そうする)
忠告を受け止め、蒼太は探索を開始する。
まずは足元に罠がないか確認し、後退だ。流石にもう、最初からリラを調べるつもりはなかった。
(ふむ……大きい展示室なのに、不自然なぐらい空っぽだ)
薄暗い展示室はどこを見ても空っぽだった。
まるでゲームの都合上、形だけ用意した博物館みたいなのだ。
ここに化石の1つや2つ置いていれば、正しくとあるゲームを彷彿とさせていたに違いない。
……実際のところ、展示されているのはリラだけであるし、スポットライトに照らされているのもリラのみなのだが。
(改めてみると……釣り針、大き過ぎない?)
【あからさまに怪しいねぇ】
勘が告げてくる通りかなり怪しいのだが、リラの糸が切れない限り、隠された扉が開かない仕組みになっているので、先に退路を確保するのは不可能。
入ってきたときの扉も閉ざされており、何かが起きた場合はリラを抱えて現れた扉へ向かうしかない。
「糸をどうにかしないと、か……鬼が出るか何が来るか、それだけが問題かな」
周辺を警戒しながらも、蒼太はリラに巻かれた糸を解いていく。
幸いなことなのか、リラに巻かれていた糸は複雑なものでもなければ頑丈なものでもなかったらしく、簡単に解くことができた。
ガチャリ、と少し離れたところから鍵が開く音が聞こえてくる。どうやら予想通り、隠されていた扉が現れたらしい。
いつの間にか黒い壁に、古ぼけた木の扉が設置されていた。
「……何も、こないな」
ここで魔物が大量に現れたり、毒の煙が噴出するぐらいは想定内だったのだが、蒼太の予想とは反して何も起きない。
前後左右はもちろん、上も下も確認してみたものの、何もなし。
警戒し過ぎたのかもしれない。そう思いながら視線を下に向けると、紫色の瞳と目が合った。
「り、リラさん……いつからお目覚めに?」
「蒼太がきょろきょろしていた時からですけど」
上擦った蒼太の声に対して、上半身だけ起こしたリラは冷静そのもの。
捕まっていたのにも関わらず、全く動じていないリラの姿はとても頼もしい。
そんなリラだからこそ、落ち着かない姿を見られた蒼太は肩をがっくしと落とした。
「ほぼ、最初からじゃん。なんで声をかけてくれなかったのさ……」
「それはその。かなり警戒していましたし、声をかけづらくて」
言いたいことがシャボン玉のように浮かび上がってくるものの、リラの紫色の両目を見ているうちにそれもなくなってしまった。
蒼太はわざとらしくため息を漏らし、リラに手を差し伸べた。
「そういえば……この部屋にはリラしかいなかったんだけど、ベガ達はいないね」
「3人の繋がりは近くに感じないので、周辺にいないことは確かです。もう少し近づけばわかると思うのですが」
「……そっか。じゃあ、早く見つけないとね」
「ええ。合流を最優先に、この階層も攻略しましょう」
蒼太の歯切りの悪い返答に対し、リラは前の階層の調子の悪さなんておくびにも出さず、微笑む。
かなり調子がいいんですよ、と笑う彼女に何かを言うのは無粋だろう。そう思った蒼太は口を閉ざした。
「では、先に進みましょうか」
「あー、いや。ごめん、リラ。1つだけ聞いてもいい?」
「どうしました?」
扉の方へと歩くリラを引き留めて、蒼太は苦笑いを浮かべる。
「ここに来る前に、ちょっと目を掻きすぎてさ。僕の目、腫れてたり、充血したりしてない?」
「ええ、いつも通り、綺麗な青色ですよ」
「それって、片目だけ? それとも、
申し訳なさそうに尋ねる蒼太にリラは微笑んだまま、首を縦に振った。
「はい、両方とも、綺麗な蒼ですよ」
「そっか、ありがとう……いや、心配だったんだよね。真っ赤な目を見せるのは恥ずかしいしさ」
「確かに、恥ずかしいかもしれませんね」
クスクスと笑うリラに、蒼太も恥ずかしそうに笑い返す。
「もう心残りはありませんね?」
「うん、お陰様で」
「では行きましょうか。案外、3人も探し回っているかもしれませんしね」
張り切っているのか、別の理由があるのか。先陣を切ったリラが扉へと向かう。
後ろからの視線も気にせず、紫色の目を爛々と輝かせたリラは罠のない扉を開いた。
「……これはまた、不気味な部屋ですね」
リラの感想通り、不気味な展示室であった。
部屋の明かりは真っ赤なもの以外存在せず、壁に飾られている絵は息苦しそうな人ばかりが描かれている。
絵の中の存在達は胸や首、頭、顔と手で押さえている部位は違うものの、誰も彼も何かに怯え、もがき苦しんでいた。
今にも動き出しそうなぐらい写実的な絵画達を前に、蒼太は重い息を吐き出す。
人の苦しんでいる姿を煮詰めて収めているような絵画の中でも、リラは躊躇いなく中へと入っていく。
(何ともまぁ、頼りになる背中だね)
罠があっても関係ないと言わんばかりの堂々としたリラの姿に、蒼太は苦笑するしかない。
ダンジョンを警戒しているのは自分だけなのだろうかと、錯覚しそうなぐらい自然体だったのだ。
(彼女は彼女で考えがあるんだろうし、こっちはこっちでやれることをやろうか)
気持ちを入れ替えた蒼太は先程入手した糸で、扉を壁に固定する。
簡単に閉じない逃げ道を確保し、扉から壁へと視線をスライドさせると、部屋のライトで赤く染まった張り紙が目に入った。
「えーと、『展示品に傷をつけるような行動をしないでください。傷つけた場合、それ相応の代償を頂きます』……か」
今回のルールは《戦闘行為》を禁じており、それに近いことをすると体力の消耗というペナルティがある。
蒼太はそう予想していたが、この階層のルールはそんな簡単なものではない可能性が出てきた。
直接戦っておらず、回避行動だからこそ、張り紙のいう『それ相応の代償』が体力の消耗だけで済んだとしたら。
「もしもここの美術品が動き出して、それを傷つけてしまったら、その時は僕も傷つくか、最悪は……お命頂戴、かな」
それ相応の代償がどこまで奪われるのか不明なのだ。細心の注意を払う必要があるだろう。
蒼太は改めて、視線を前へと向ける。
隠された仕掛けがないか、絵の周辺を探し回るリラの姿と、見覚えのある絵が目に止まった。
(ここか、その先かはわかんないけど……確かにこれは、一筋縄じゃいかなそうだ)
菫と菖蒲の花を抱きしめ、涙を流す少女の絵。
悲しげでもあり、世を恨んでいるような感情を直接訴えかけてくる藤の髪の少女の絵に、蒼太は目を細めるのであった。
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[後書き]
謎の藤髪美少女『蒼太の言葉とか反応が気になる? 話を見返したら、もしかしたら何かがわかるかもしれねぇっすよ』
──もっと詳しく教えてもらっても?
藤の髪の超絶美少女『えぇ? 詳しくぅ? ……アタシは4って数字が今、物凄く好きっすね。最初の方とか、うん……何かあるかもしれないし、ないかもしれねぇっす』
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