132刀目 美術館の入場料
「ボーイ、今だから聞くのだけど……本当に諦めるつもりはないの?」
次の階層へ向かう階段を前にして、扉の前に仁王立ちをするカプリコから尋ねられた。
カプリコは非戦闘員であるアリエスのピスケがいる為、ここでお別れである。だからこそ、カプリコは心配なのだろう。
「リラのことだよね……うん、それでも進むつもりだよ」
彼らは戦えない存在を考えて撤退するからこそ、蒼太にダンジョンからの撤退を勧めていた。
権能を殆ど扱えない今のリラは非戦闘員の2人よりも弱く、初見のダンジョンを共に行くには重荷になり得る。
カプリコはそれが心配で仕方がないのだ。威圧してまで止めようとする存在を無碍にできず、蒼太は苦笑した。
「この先に進んで欲しいって、訴えてくるんだ」
「進んで欲しい? それはまた勘っすか?」
隣で話を聞いていたベガが問いかけるので、蒼太は胸に右手を当て首を横に振った。
「ううん、ここ……リラの
「そう、
あっさりと引き下がるカプリコに蒼太は首を傾げる。
意地でも止めてやる、というカプリコの気迫がしぼむ程効果がある言葉だとは思ってもいなかったのだ。
次第に訝しげな顔になる蒼太の目に映ったのは、まっすぐにこちらを見つめてくるカプリコの目であった。
「ボーイ、次の階層はより一層、気を引き締めて行きなさい。希少な運命干渉系の権能が持ち主以外に助言をするなんて、余程のことよ」
「うん、気を付けるよ」
この時はまだ、蒼太も簡単に考えていたのだ。
自分の権能も意思を持って語りかけてくるのだ。こういうこともあるのだろう、と1人で都合よく解釈し、納得してしまった。
ボロボロなリラを最優秀候補者にまで押し上げた《運命干渉系の権能》。
それが持ち主でもない他人に干渉してまで、頼んでくるお願いが『只事』であるはずがないと、蒼太は気が付くことができなかった。
☆★☆
「ん……ここは」
冷たい感触が肌に伝わり、意識が覚醒した。
蒼太が目を開くと、受付カウンターが目に入る。
カウンターの上には綺麗に磨かれた赤い石が置かれているが、インテリアにも見えず、違和感しかない。
冷たい床から体を起こし、床と同じ白色の壁に手をつけて立ち上がった。
ベガ達と一緒に行った美術館を彷彿とさせる場所だ。
受付台には誰も立っておらず、ぐるりと見渡しても、怪しいところはなさそうである。
「リラー、ベガー。シェリー、ファラー?」
きょろきょろと周囲を探してみても、人の影も形も存在せず、魔物もいない。
リラ達と分断された洞窟の時のように後ろに誰かがいる……なんてこともなく、無人。
「これは……どうしたものか」
蒼太は倒れていた場所まで戻り、ため息を漏らす。
階層を移動した時に強制的に分断されたのだろうが、3階層の時と同じく前の階層に戻る
階層を移動してから意識を失っていたことを考えると、蒼太が1人になっているのは10階層のルールが原因かもしれない。
だが──問題は、この空間にはダンジョンらしさが感じられないということだろうか。
壁に貼られているポスターには【モード展示会】や【パリの作品一覧】という文字がデカデカと踊っていて、ダンジョンらしさよりも、現実の美術館のイベントを彷彿とさせる。
地図もなく、ルールも不明で、部屋にはヒントは全くない。
唯一変わったところがあるとすれば、鍵のかかっていない扉ぐらいだろうか。
扉を見ていると焦燥感が湧き出てくるのに、一方では興奮する子供を
(何かを理解できていないような、喉に小骨が刺さってるみたいな感覚……気持ち悪いな)
この先に来てくださいと言わんばかりに佇む扉へと視線を向ける。
扉の前を右往左往してみても何も変わらない状況に対して、蒼太は頭を抱えた。
「ここで頭を抱えても何も解決しないか」
わからないのであれば、進むしかない。
リラ達と合流する為にも扉を開こうとして、どこからかともなく舌のような何かが伸びてきた。
蒼太は思わず「うわっ!?」と声をあげて扉から飛び跳ねるように後退する。
すると、扉の部分から黒い目玉が2つと、赤い唇が特徴的な口が生えてきた。
『美術館に行きたいのー? だったら入場料ちょうだい!!』
どうやら蒼太の手を絡め取ろうとしてきたのは、扉の口から出てきた舌らしい。
「入場料って、そんなものないけど!?」
『あるじゃん、オマエのその──蒼い石!』
唇から紅の舌がべろりと伸び、蒼太の胸に向かって放たれた。
その舌は体の中にある
蒼太はいつものように刀の柄に手を添え、鞘から抜き放とうとして。
【蒼太、ここ、攻撃行動そのものが制限されてるよ!】
「嘘でしょ!?」
刀を抜くどころか振ることすらできず、蒼太は迫り来る舌を回避した。
地面に突き刺さった舌を抜こうと、扉が必死になっている。
何か解決方法はないか、頭を必死に回していると、勘が【違和感を感じたところは何処!?】とヒントをくれた。
「違和感。そうだ、カウンターの上の石!」
カウンターの上に乗っている赤い石。
飾っているわけでもない、ただ雑に置かれただけのそれが入場料になるかはわからないが、一か八かだ。
「ほら、入場料だよ。受けと──れっ!」
蒼太は赤い石を握り締め、扉の口に向かって全力投球。
伸ばされた舌に弾かれることなく、赤い石が口の中に入ると、扉は残念そうに目を閉じた。
『あーあ。そっちの蒼い方がカッコよかったのに。でも、約束だからなー。通りなよ』
舌を床から抜いた扉が口も閉じると、ガチャリと鍵が開く音が響いた。
どうやらアレで正解だったようだ。蒼太は安堵の息を漏らす。
(嫌な汗かいちゃった。1人だからかな、体力の消耗も激しい気がする)
普段と比べると明らかに少ない運動量なのに、少し呼吸が乱れるぐらい疲れている。
まるで、戦うことそのものを咎められているような消耗具合に、蒼太は目を細めた。
(いや、でも……いくら1人だからといっても、疲れるまで体力を消耗するのも変だよね。もしかしてこれ、ルールのせいなのかな)
攻撃するのがダメなのか、そもそも回避など、戦闘行為そのものがダメなのか。
前者にしても後者であっても、どちらを選んでもペナルティらしい症状が現れるのならば、蒼太にとっては悪手か最悪かの違いしかない。
その場で転がってみても疲れることはないので、行為そのものは問題はないようだ。
とはいえ、蒼太の思考回路は『とりあえず切る、切ればわかる』と攻撃寄りである。手段を取り上げられるのは痛かった。
(ペナルティもどきは攻撃動作だけであって欲しいけど……なるべくそういう行動をしないように意識するしかないか)
戦闘中という状況を再現できない今、実験することは難しい。
無駄に体力を消耗しない為にも、蒼太は実験を早々に切り上げ、扉に近づいた。
(一応、鍵は開いたみたいだけど)
ゆっくりと手を伸ばし、撫でるような手付きで扉に触れる。
目も口もない、黒塗りされた木の扉。嫌な予感もしないドアノブを掴み、慎重に捻った。
(さてと、鬼が出るか何が出るか……なっ!?)
覚悟を決めて扉を開いた蒼太の目に、飛び込んできたのは──
「リラ!?」
──体を糸で巻きつけられ、まるで見せ物のように吊るされたリラの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます