5章 パリ・モードの美術館……10〜11層攻略

131刀目 プロローグ パンドラへようこそ!

[前書き]


他にやりたいことや興味があることがあったので、後回しにしてました。申し訳ございません。

打ち切るつもりは全くございませんが、かなーりゆっくりと更新します。



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 遠くから声が聞こえる。



「……ラ! リラ!」



 声が聞こえて目を開くと、ピンク色の髪の女性が目に入った。


 まるで『教会のシスター』を彷彿とさせる衣装を身に纏う女性が、こちらを心配そうに見つめている。


 だが、どうして彼女が不安そうにこちらを見ているのか、リィブラには理解できなかった。


 なぜならば、彼女とリィブラは『初対面』なのだ。こちらを心配してくる理由がないのである。



「……そんなに心配そうな顔をして、どうしたんですか?」



 わからないものはわからないと、素直な気持ちに従ったリィブラは女性に問いかけた。


 瞬間、彼女の顔が心配そうなものから一変し、真っ青に染まった。


 絶望したような、信じられないものを見るように、彼女の青い瞳が震える。


 女性は震える腕を摩りながら、素っ頓狂な声をあげた。



「その鳥肌が立ちそうな口調は何っ!? いつもならこう、『はっはっはっ。なぁに、心配はいらないさ』とか、気障ったらしく言うのに! ……ねぇ、リラ。もしかしてあなた、記憶がないの?」



 そうじゃないと言ってくれ、と祈るような懇願にリィブラは口を噤む。


 女性の言う通り、今のリィブラには記憶がなかったからだ。


 女性の様々な例え話を聞くかぎり、記憶がなくなる前の自分をよく知る人物らしい。


 記憶には全くないが、彼女と前回のリィブラはとても親しいあいだがらだったようだ。



 それに何故か……初対面の相手なのに、『泣かせたくない』と思う異常な感情が、リィブラを支配している。



(記憶を無くしても、魂核ソウルコアに染み付いて覚えているのでしょうか。私はこの存在を……悲しませたくない)



 リィブラはどうすれば彼女を悲しまれることなく、この場を乗り切れるのか考えた。



【前のリィブラを演じれば、相手は悲しまないだろう】



 生まれたての存在が悩んでいるところ、道が示された。


 どう演じればいいのか、怪しまれないのか。どう行動すればリィブラが望む方法に運良く辿り着ける道が、頭の中に詰め込まれる。



 ──リィブラ、もしかして記憶が消えたのか?


 ──親友だったんだろ? だったら、バルゴも可哀想だよな。



 リィブラは詰め込まれた知識と、周辺からの声から演じる人格を仮に作り出し、演技を開始した。できてしまった。



「ははは、いや、すまない。どうやら記憶が混濁しているようだ」


「えぇっ、記憶が!? それって、大丈夫なの?」


「あぁ……もしかしたら、記憶を消されそうだったのかもしれないな。今も、少しあやふやな部分があるんだ」


「それは……初めて聞いた事例だけど、もしかしたら、そんなこともあるかもしれないわね」



 すっかり信じ込んで考え込む女性バルゴを見て、リィブラの魂核ソウルコアが針を刺すような痛みを訴えてきた。


 しかし、進み吐き出した電車ウソは止まらない。


 リィブラは破滅するまでずっと、演技し続けるしかないのだ。









 この選択は、誰が聞いても間違いだったという行為だろう。


 目の前の存在を泣かせない為だけに行われた、権能に使われる嘘を吐き続けるという行為。


 権能を『馬』に例えると、リィブラがやっているのは『馬に乗って走る』のではなく、『馬を背負って走る』という、愚かな行動で。


 普通の権能ならば、進むことすらできない馬鹿な真似なのに、リィブラにはそれができてしまった。


 だからこそ、彼女は無理を押し通し続けた。




 だが、嘘をついたツケを払わず、真実を嘘で塗り重ねて作った脆い道が、いつまでも崩れることがない……なんてことが、ありえるのだろうか。


 最初は上手く進めたとしても、果たして馬に乗って走る存在達に、馬を背負って歩む彼女が追いつけるのだろうか?



 嘘がバレてしまった夢は、醒めるのが早い。



 心の支えもなくなり、権能も上手く使えなくなってしまった人形は、今も操られる状態から抜け出せず、無意識に操ってくれる主人を探したまま。


 リィブラを導いていた権能の代わりを探し、親友心の支えの代わりを、意識の奥底で求めているのである。





「そんな可愛いお人形だからこそ、私の作品に加わるべきだよ」


「っ、誰だ!?」



 バルゴや他の星の民の存在ごと、景色が黒へと塗り替えられ、笑い声が響く。


 リィブラは振り返ると、目を前髪で隠している少女が微笑んでいた。



「もう、悩むことも苦しむこともないよ。アナタは生まれた時から、誰かのお人形なんだから」



 そうでしょう? と笑う少女にリィブラは抱き上げられる。


 抱かれた反動で視線を下に向けると、磁器で出来た肌と球体関節が見えた。


 驚きで目を見開こうとするが、瞼も人形のように固定されて、動かない。



「ダメだよ、考えちゃダメ。キミは私のお人形なんだもの。何も考えず、操られていたらいいの」


「──! ──!?」



 声が出ない。リィブラは目を見開こうとしたが、それも許されない。


 少女の言う通り、人形になってしまったのだろうか。


 考えようとしても、眠気が酷くてどうでも良くなっている。体の自由どころか、思考さえも取り上げられそうになっているのがわかった。



「いいな、いいなぁ。可愛い人形が2つも……ってあれ? 1つどこかにいっちゃったー」



 楽しそうに笑いながら、くるりと半回転。


 藤、菫、菖蒲色の髪の編みぐるみの瞳が、睨みつけるような鋭い光を帯びていた。



「あぁ、怖い怖い。侵略者共は基本的に嫌な奴が多いんだよなぁ……あ、キミは別だよー」



 3つの編みぐるみを蹴り飛ばし、少女は愉悦を帯びた笑みを浮かべる。



「だから……惜しいなぁ。どうしてあの子、どこかにいっちゃったんだろー」



 この金髪で紫の目の人形リィブラも可愛いが、白髪の人形も可愛らしかった。


 最近までずっと、誰かのお人形であったのだろう。頑張って背伸びして、誰かを守ろうとしている健気な魂のお人形。


 蒼い目のお人形を頭の中に思い出して、少女は嗤う。



「そうだな、あの子は心を丁寧に折りたたんでからお人形にしてあげよう! 逃げないようにしないとね」



 あの蒼くて可愛いお人形は必ずここに帰ってくると、少女は確信していた。


 どの絵本の物語でも、お姫様には王子様がセットで、お姫様の元に来るのは王子様なのだ。


 その時、王子様も少女の人形に加えてあげればいい。遅いか早いかの違いだけだ。



「やっと、私の階層に可愛い子達が来たんだもの。楽しみだなァ……私といっぱい、踊りましょーね?」



 フフフフフフ。


 何もない場所に扉を出現させた少女──11階層の扉の守護者ゲートキーパーはドアノブを捻り、向こう側へと消える。









『いやぁ、これはヤベェ展開になってきたっすね』


『いやいや、その感想は呑気過ぎるんちゃう?』


『……でも、動けない』


『ルールがアタシ達特攻過ぎるんっすよねー。何とか蒼太だけは逃したんすけど、はてさて……』



 真っ暗な空間で、取り残された3つの編みぐるみの目だけが、扉を睨みつけるように爛々と輝いていた。


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