130刀目 閑話 みらいよち
相馬家にて、ただ1つの存在の為だけに用意された部屋の一室。
乙女座のバルゴと呼ばれる候補者は部屋にある唯一の窓の側で1人、佇んでいた。
「三姉妹は定まったし、保護派と接触して、無事に別れることができた。後はリラを助けるだけよ、少年」
桃色に輝いていたバルゴの体から光がなくなり、青い目がゆっくりと開かれる。
外は既に陽が落ちており、バルゴがいる部屋の電気は消されたまま。
窓の外にある街灯から入ってくる光によって、辛うじて部屋の中が見えるぐらい薄暗い中で、バルゴは祈るような姿勢を解いた。
バルゴは《未来視》という権能によって、幾つもの枝分かれした未来を観測することができる。
それを利用して今、白髪の少年と天秤座の従者の1人が
保護派の3人の候補者と別れ、先に進む姿を見たバルゴが憂鬱そうにため息を吐いていると、遠くから誰かが走るような足音が聞こえてくる。
ドタドタという音が響き渡り、壁に扉がぶつかりそうな勢いのまま誰かが部屋に入ってきた。
「バルゴ様ーっ、たたたた大変なのですぅー!」
電気がつけられ、部屋に入ってきた存在の正体がはっきりと見えた。
薄い紅色の髪に、低い身長。慌てん坊でおっちょこちょいな従者である少女が、バルゴの胸へと飛び込んでくる。
バルゴはそれを受け止めて膝の上に乗せると、大慌てな少女を落ち着かせるように頭を撫でた。
「こらこら、慌てないで深呼吸しましょう?」
「うぅ、深呼吸……すぅー、はぁー、すぅー、はー」
「ふふ、落ち着けたかしら? さぁ、ゆっくりでいいから、報告してちょうだい」
「ふぅ。はい! バルゴ様の《未来視》通り、秤谷さんの本家が燃えました! ブワーッです!」
「そう……やっぱり、襲撃されたのね」
小さな従者を抱き締めたバルゴは、確定した未来通りに進んだ現状に眉を下げた。
──バルゴが見た『秤谷一族の家が燃えた』未来は、廃棄派の候補者の暗躍によって起きた出来事である。
既にリタイアした蟹座は現地人を巻き込むのを良しとしないので、上司の命令でもやらないし、獅子座も脅されでもしない限りそういう行動はやりたがらない。
双子座の兄妹も天秤座が絡むととんでもないことをやらかすものの、無関係な相手を巻き込むような事をやる存在ではない。
そうやって候補を消していくと、廃棄派で現地人を虐殺するような動きをするのは2人のみ。
「それで、そんな派手な事をした奴らは誰かしら?」
「廃棄派なのです。それも、牡羊座のタウロスと蠍座のスコッピオが犯人なのですよー!」
「気が付かないのが上策だったけど……まだ許容できる範囲内ね」
今回の『秤谷家襲撃事件』の担当は《未来視》で見た通り、牡牛座と蠍座の2人。
ならば、《未来視》で見た2人の行動目的もほぼ確定だろう。
「バルゴ様、《未来視》の話を聞いた時から思っていたのですが、廃棄派の狙いは何なのでしょうかー?」
「そうねぇ……あなたは何だと思う?」
「考えてもわからなかったのですよー。だって、リラ様と一緒にいる少年って、ご家族に虐められていたのでしょうー? な、、血が繋がっていたとしても、加害者が人質になるとは思えないのですよー」
「えぇ、その考え方は正しいわ。廃棄派も人質目的で秤谷一族を襲ったのではないのだから」
「うえぇー!? じ、じゃあ、どうして廃棄派は現地人を誘拐したり、虐殺したのですかー? 意味がわからないのですよー!?」
んー、と唇を尖らせながら首を傾げた従者にバルゴは薄く笑みを浮かべ、人差し指を一本、天井に向けた。
「あなたは『サビク様による現地人との受肉実験』で判明したことについて、何だったか覚えているかしら?」
「えーと……現地人の体と
「ええ、その通り。
保護派の長であるサビクは様々な実験や研究を行っている研究者の側面を持つ管理者だ。
その研究は多岐に渡り、そもそも星の民とは何なのかという話から、
現地人も絡めたら星の民が権能を限界まで使うために現地人に受肉しようとしたところ、現地人と
だから現地人は
「あれ、でも、リラ様は……あぁぁっ、そういう事なのですかっ!」
従者のパーにして開かれた左の掌の上に、右の握り拳が振り下ろされる。
納得した、という顔をしている従者はもう、気がついたのだろう。
──リラは
「もしかしたら彼だけが例外なのかもしれない。あの子は色々とあり過ぎるから。でも、そうじゃない可能性もある。それだけで動く理由としては十分だったということよ」
使えなかったら始末すればいいし、使えた場合の方が利点を考えればそこまで手間ではない。
そう判断したからこそ、今回の『秤谷襲撃事件』は起きてしまった。
現在、サビクの血を引いている人間は、秤谷蒼太とその祖父、父、そして双子の
そのうち3人は確実に廃棄派が回収しているし、単独行動をしている祖父も廃棄派に回収されるのは時間の問題だろう。
バルゴはそう考えて、静観を決め込むと、向かい合う従者が問いかけてきた。
「でもでも、バルゴ様は動かないんですかー?」
「リラが救われる未来がまだ確定していないもの。動くわけにはいかないわ」
「にゅあー!? 痛い、痛いのですよーっ」
「あぁっ、ごめんなさい!」
バルゴは思わず両手を握り締め、従者の両手を痛めつけてしまったことを謝罪する。
感情を顔に出さぬようにと意識していたというのに、他のところに出てしまったらしい。
赤くなってしまった従者の両手を撫でるバルゴは必死に謝罪し、なんとか許しを得た。
「その、バルゴ様」
「なぁに?」
「未来が見えるのって、良いことばかりじゃないのですねー。だって、バルゴ様がどれだけ動きたいって思ってもー……その先が酷いってわかっちゃったら、やりたいこともできないのですー」
「そうねぇ。でも、それでいいのよ」
「どうしてなのか、聞いてもー?」
「大した理由じゃないのよ? 私が悪いことをしたのだから、それでいいってだけ。今度こそは間違えないためにも……ね」
もしも動いても良いのであれば、今すぐにでも親友の元に駆け出したかった。
あの時、あんなことを言うつもりはなかったのだと、彼女に会いに行って弁明したかった。
だが、全ては過去の話であり、手遅れである。
現状が続くと甘えて、相手に無理を押し付け、危機回避ができる
そんな愚か者に何かを嘆く資格なんてまったくないのだ。
だからこそ親友に会わず、権能を使って観測しながら祈る。
(私ではあの子を救える未来が見えなかった。けど、彼なら……リラの狂った天秤を戻してあげられるかもしれないから)
自分が表舞台に出て、動いても良い時が来るまでひたすら待つのだ。
今度こそ間違えないように──最善の未来を掴む為に。
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