129刀目 2度目の討伐を



 空の王者を今度こそ、土へと還そう。



 ……なんて、格好をつけて蒼太とベガが決意をしたものの、そんな簡単に行く程、扉の守護者ゲートキーパーである竜、タンペッタは甘くなかった。


 1階層の時とは逆に、ベガの自爆特攻によって地に落とされ、飛べなくなるぐらいにボロボロになったタンペッタ。


 反対に蒼太とベガは無傷であり、消耗も激しくはない。


 以前とは違う力の差。その相違点が、蒼太とベガを吹き飛ばそうとする突風を巻き起こしたのだ。



 2人はその場で踏ん張り、それでもタンペッタを見逃さぬように前を見つめる。


 風を発生させるタンペッタはというと、空色の体を真っ赤に発光させて、ゲームでいうところの『第二形態』に変化していく。


 空色の鱗を脱ぎ捨てて、嵐の日の空のような、不気味で黒い体が姿を現す。


 大きな体を一軒家より少し大きい程度まで縮小させ、充血という表現も生優しい程、真っ赤に染めた目が輝いた。



「ねぇ、ベガ。目に見えて小さくなったんだけど、アレって不味いよね」


「縮小した分、力が濃縮されたって感じがするっすねぇ。小さい奴は早い。これは足止めが必須でしょう」


「足止めか……確かに野放しにするのは怖そうだね」



 ちらりと横に視線をやれば、ベガが右手を顎に添えて目を細める。


 何かを仕掛けたらしいのだが、どうやらそれが成就するのはもう暫く時間が必要のようだ。


 力無く眉を下げた彼女は、少しだけ低くなった声で言葉を返した。



「そっすねー。仕込みが完了するまで……贅沢を言えば、数分ぐらいは時間が欲しいんっすけどねー」


「数分か。それなら、僕も足止めしようか?」


「いや、流石にアタシの《再現》でも坊ちゃんほどの突破力はないんで、そのまま攻撃に集中してください。こっちは気合いで間に合わせるんで……」



 そんな会話をしている中、ベガが言い終わる前に蒼太の勘が警鐘を鳴らした。


 いち早く反応した蒼太はその場から一目散に駆け抜けて、ベガも一歩遅れて転移する。


 だが、蒼太の回避行動は少し遅かったようだ。毛先が僅かに切られ、白い髪が数本、宙を舞った。


 蒼太の髪が犠牲になった正体は、タンペッタが尻尾を叩きつけた衝撃のようだ。



「っ!? やっぱりこっちを狙ってくるよね!」



 舌打ちをして、蒼太は更に距離を取るために《幻想》を発動しようとする。だが。



「坊ちゃん、動かないで!」



 無責任にも聞こえるベガの叫びと、煌々と藤色に光り輝く彼女の姿。


 目は何かを企んでいるのを訴えており、口はいつものように飄々としておりながらも、不敵な笑みを浮かべている。



 ──とにかく、アタシを信じてほしい。



 声として聞こえてきたわけでもないし、もしかしたら思い込みかもしれない。そう考える一方で、そんな声が聞こえた気がしたのだ。


 気のせいでない可能性が高いと勘も告げている。蒼太は権能を使うのを中断し、叫んだ。



「あぁもう! 貸しひとつだから!」



 これが赤の他人ならば聞き流しているが、相手がベガならば話は別だ。


 1秒もかからずに『命を預ける』という判断ができる程度には、蒼太はベガという少女を信頼しているから。


 だからこそ、回避も防御の思考も捨てて、蒼太の脳は全て攻撃へと集中した。


 ピタリと静止して、一瞬たりともチャンスを逃さないと言わんばかりに目を開く蒼太を前に、静止命令を出したベガは目を閉じて笑う。



 そうしている間にもタンペッタが蒼太に迫り、爪と顔までの距離が拳ひとつ分ぐらいまで迫る。



 それでも蒼太は動かない。信じると決めたから、来るべきチャンスに全てを賭けると決めたから。



 命の危機に晒されて、決定権を放棄しても尚、蒼太が頑なに『逃げない』ことを選び続けた結果、ベガは望む結果を引き寄せることができた。





「ありがとっす。お陰様でいけそうっすよ──蒼太」





 ベガはリラとシェリー、ファラの権能を《再現》した。


 コアを砕きながら運を手繰り寄せ、大地を材料に鎖を《創造》。


 さらに鎖を《結界》でコーティングして、ダメ押しに《支配》で強化した特別製がタンペッタを拘束する。


 それでも蒼太を仕留めようと、藤色の光に包まれたタンペッタは周辺に竜巻を発生させようと力を込めた。


 しかし、ベガの仕込みは既に完了しており、タンペッタが望む未来は訪れることはなかった。



「残念っすけど……アタシの粒子が侵食した体では、遠距離攻撃はできないんすよね」



 竜巻の代わりに発生したのは、クラッカーが破裂したような軽快な音と、色とりどりの紙吹雪。


 タンペッタがブレスを出しても、吹き戻し笛のような巻かれた紙が伸びるだけ。


 ベガの分身による自爆特攻を受け、全身に粒子をまぶされたタンペッタはもう、彼女の権能からは逃れられない。


 全ての遠距離攻撃が《道化》の権能によって、非殺傷なモノに挿げ替えられてしまっていた。



『────────ッッッ!?』



 動きを封じられて直接攻撃もできず、遠距離攻撃も《道化》の権能で無効化されてしまう状況に、タンペッタが悲鳴のような叫び声を上げる。


 動けないし、逃げられない。それなのにもう、1階層の時よりも研ぎ澄まされた死神の刃が迫っていた。



「ここまでお膳立てしたんっすから、後は君の出番っすよ!」


「了解。一撃で仕留めるよ」



 蒼太は鞘からゆっくりと刀を引き抜くと、それに呼応するように刀身が青白く輝いた。


 蒼太の体から青色の粒子が溢れ出し、ベガの目から見てもはっきりとわかるぐらい、力が込められている。



「《切開》」



 権能を使う際に権能の名前を言う必要はないらしいが、権能とは想いの力である。


 言葉を紡いで気持ちを込めたソレは、必殺技のよう。


 鞘から抜かれた刀を天高く掲げると、青い刀身が空に向かって伸びる。


 空高くまで伸びた刀を握り締め、蒼太は動けないタンペッタを真っ二つに切り裂いた。



『ギャァァァァッッッ!!』



 1階層の時と同じく、真っ二つに切り裂かれた竜の断末魔が草原に響き渡る。


 タンペッタの体が粒子となって解け、地面に大きめのコアゲートの鍵を残して消滅した。



「坊っちゃーん! よくやったっすぅぅっ!」


「ぬわぁっ!?」



 刀を鞘に納め、ホッと息を吐いた蒼太に、ベガが飛びかかってきた。


 くるりと一回転してベガを受け止めた蒼太は苦笑いを浮かべつつも、気になったことを尋ねる。



「もう蒼太とは呼んではくれないの?」


「……もうちょっと、待ってくれると嬉しいっすね」


「なにそれ」



 パッと転移で離れたベガが振り返ってにへへ、と笑う。


 それに蒼太もつられて笑い、ゲート付近で待っているであろうリラ達を迎えに行くために、歩き始めた。

 



━━━━━━━━━━━━━━━━


[後書き]


☆ご挨拶

あけましておめでとうございます。

今年も作品共々、よろしくお願いします。


新年初投稿がベガ編ラストですけども、今年も続きを執筆できればなぁと思っています。



☆ベガの3つ目の権能……《道化》

道化のようなことができる権能。

その効果は幅広く、悪戯みたいな仕掛けから忍者のように分身できたり、種も仕掛けもない手品も簡単にできる。(道化師っぽいことは何でもできるらしい)

普段から道化を演じ、何故か相手が油断する気配を放つのが《道化》の権能の特徴。

《再現》の権能も併用すれば、誰にもバレない変装ができるので、ベガの諜報能力の要でもある。

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