128刀目 再戦・空の王者

 刀を収めた蒼太の左隣に、気合を入れ直したベガが並ぶ。


 目の前には1階層の時よりも小柄になっているものの、力が増している空の王者・タンペッタ。


 1階層の時よりも強くなっていると威圧に蒼太が目を細めていると、左手の袖が引っ張られた。



「ねぇ、坊ちゃん」


「何?」


「もしも、1階層の時よりも強くなっているアイツ相手に、アタシと坊ちゃんだけで戦いたいっていったら、一緒にやってくれるっすか?」



 左側を向くと、上目遣いでこちらを見つめてくるベガと目が合う。


 その目はどこか不安そうで、強く言えば折れてしまいそうだ。



(……シェリーとファラは初陣だし、格上相手に連戦は無理があるってことかな)



 1秒もかからずにベガが言いたそうな理由に辿り着き、蒼太は苦笑を浮かべた。



「まぁ、1階層の時とは違って僕の両手両足も無事だしね。ベガの望む通りにしていいよ」


「ははは、手足が変な方向に曲がってたら、こんなお願いしませんよ……まぁ、その、了承ありがとうございます。分身を使って、シェリーちゃん達を姉様のところへ避難誘導してくるっす」



 ベガは《道化》の権能を使い、分身を妹達の元へと送り出したらしい。


 どこかやり切ったような顔をしているベガを横目に、蒼太は改めて前を向く。



「さて、もういけるかな?」


「もち。どこにも憂いなしっすよ」


「ならよかった」



 今のベガには8階層リゾート島にいた時のような思い悩んだ表情はどこにもない。どうやら吹っ切れたようだ。


 蒼太は柄に右手を添えて、苦々しいものから攻撃的なものへと種類を切り替えた。



「相手は1階層の時よりも強くなっているし、的も小さくなった。暴走もしてないから理性もある……だけど、こちらには1階層の時みたいな援護はないよ」


「でも、今回は坊ちゃんも権能を使い熟せるし、今回のアタシは権能に制限がねぇっす。お互い、全力をもって地獄に叩き落とすだけっすよ」


「それもそうだ。なら、律儀に待ってくれている王様に、地獄への片道切符、叩きつけに行こうか」



 その声を合図にするかのように、タンペッタの体から暴風が発生した。


 青空が曇天に塗りつぶされ、タンペッタが空の王者にふさわしい暴風の鎧を身に纏う。



『キィィィィィィ──ッ』



 タンペッタがガラスを引っ搔いたような不快な声をあげ、目の前に竜巻が放たれた。


 蒼太とベガは体が吹き飛ばされないように踏ん張り、腕で防御の姿勢をとる。


 前が見えない。そう思うのと同時に、背後から気配を感じた。


 蒼太は咄嗟に振り返り、後ろに回り込んでいたタンペッタの尻尾の叩き付けを回避する。


 ベガがいる方とは反対側へと避けたので、ちょうど挟み込める位置にタンペッタがいる。


 空の王者が態々、地上に降りてきている今がチャンスだ。


 ベガはタンペッタに向けて双剣を振り下ろし、それに合わせて蒼太も刀で切りつけた。


 手ごたえはある、だが、逆鱗を突かれていない状態で、かつ、防御態勢をとられてしまって攻撃が通じない。



「ベガ!」


「合わせるっすよ!」



 再度駆け出して、追撃しようとしたその刹那。



「「!!!」」



 タンペッタが口を開くと、下から上へと風が吹き、蒼太とベガの体が宙へと持ち上がる。


 空の王者に対して、『大地』というアドバンテージすらも取り上げられた。


 タンペッタが竜巻のブレスを打ち込み、裂け目を開いて転移する余裕なんてない。



(空中に持ち上げておいて、落下する前に攻撃なんてエグいことをしてくるな……でも!)


「ごめん。ベガの足、使わせて!」


「足の足場っすねー。りょーかいっす」



 くるりと体勢を変えて、蒼太とベガはそれぞれの足の裏を合わせ、同時に蹴った。


 1人しか転移で避けられないならば、自力で避ける。シンプルでありながらも、とんでもない力技の解決方法。


 相手の足を地面に見立ててジャンプするようにブレスを避けた2人は、地面に着地するのと同時に追撃する。


 しかし、相手もそれを悠長に待ってくれるはずもなく。



『フハハハハハハ!』



 知性のありそうな嘲笑と共に、ベガの足が掴まれる。


 長い長いタンペッタの尻尾がベガの足に巻きつき、タンペッタが放つブレスの中へと引き摺り込んだ。



「あーれーっ」


「何やってんのベガ!?」



 タンペッタの尻尾ごと、足を掴まれたベガがブレスに飲み込まれる。


 ──まずは1匹、と。


 見下すような鋭い視線を向けてきたタンペッタの顔が、人間ならば『ポカン』としていそうな唖然としたものに変化する。


 ブレスで始末したはずのベガが、両手を組んで蒼太の隣にいたのだ。驚くのも当然だろう。



「あー、危ない危ない。掴まれたのがアタシじゃなきゃ死んでたっすよ」


「それ、僕なら死んでたって言いたいの? 知恵がある相手にそんなことを言ったら、僕が狙われそうで嫌なんだけど」


「……ま、まぁ、大丈夫っすよ。アタシに策があるっす」



 震える声で返事するベガに、蒼太の目が細くなる。


 蒼太の体に突き刺さる視線が、タンペッタのターゲットが1つに絞られたことを告げていた。



「あーあ、言わんこっちゃない。それで? ベガの作戦は短期か長期、どちらを想定してる?」


「できれば短期がありがたいっすけど」


「そっか。じゃあ、こっちは一撃必殺の方がいいね」


「うっす、いつも通りザクっとっちゃってくださいよ、坊ちゃん!」



 下っ端のような口調で煽てくるベガの言葉を受け流し、蒼太は刀に粒子を込めていく。


 青空の下でもわかるぐらい輝く青い刀に警戒したのか、タンペッタは空へと避難。


 空に逃げて様子見をしているのならば都合が良いと、ベガが同じ見た目の分身が何十人も地面から生やした。


 気配も息遣いも動きも同じなので、生き物なのに別々のプログラムを組み込まれた機械のよう。


 走り出せば誰が本物なのか、勘を持っている蒼太でもわからなくなりそうなぐらいそっくりな存在が増えていく。



「よし、残機大量作成! 坊ちゃん、空の王様を地面にもう一回、叩き落とすっすよ!」


「うぉーっす!」


「やるっすよー!」


「ひゃっはーっすー!」



 100人近くいるベガが思い思いに騒いでいる。喧しいベガが数十倍近くいるので、耳へのダメージは甚大だ。


 刀を持つ手も総員して耳を塞ぐ程度には煩いベガの集団ベガーズのうち、20人ぐらいが空中へと転移する。


 タンペッタが回避しようにも、ベガ達はすぐに転移して軌道修正するので、空色の体に藤色がどんどん増えていく。



「坊ちゃん坊ちゃん、こっちっすよ」


「そんなにぐいぐい引っ張らなくても」


「そこにいたら落下に巻き込まれるんっすよ。だから、急ぐっす」



 左手を引っ張られるままに走ると、上空から何かが爆発する音が響いた。


 タンペッタの体に爆煙が纏わりついているのを見るに、体に引っ付いているベガが爆発を引き起こしているらしい。


 蒼太が見上げているうちに、タンペッタにくっついている分身体が1人、また1人と爆発していく。



「やべぇっすよ、急がないとマジで巻き込まれるっす!」



 ベガは目の前に裂け目を開き、蒼太の手を引いたままその場から転移する。


 爆発に耐えきれなかったタンペッタが蒼太達が走っていた場所に墜落し、青々と生い茂る草を抉った。


 空色に赤が混ざり、ダメージを与えているのは一目瞭然。


 それなのに、まだまだやるぞと言わんばかりに、空を泳ぐ竜は地を這うことを強要されても尚、貫き殺さんと鋭い眼光をこちらに向けている。



「ふぅ、間一髪っすけども。ここからっすよ、坊ちゃん」


「うん……やっと、こっちの土俵に引き摺り下ろしただけだからね」



 ──空の王者を今度こそ、土へと還そう。


 言葉を交わさずとも、蒼太とベガの意思は一つになったのであった。

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