127刀目 その幻影を切り開いて

「妹達が戦えてるっていうのも驚きっすけど……坊ちゃんのも想像以上に成長してるのも、びっくりしちゃうっすよねぇ」



 草原の真ん中にて。


 《道化》の権能を使って自分の分身を生み出し、蒼太・シェリー・ファラのそれぞれに自分の分身を送り出していたベガは、腕を組みながら唸った。


 分身からは今も、リアルタイムで3人の戦闘の様子が送られてくる状態だ。


 分身の視点から見守っているストーキング状態で3人がピンチにならないか観察する余計なお世話お節介焼きになっているベガ。


 それを自覚してもなお、やめるつもりはない彼女は3人にバレているのは承知の上で観察を続行していた。



「お、坊ちゃんが1番乗りっすか」



 1番遠く、1番強いであろう竜の魔物を選び、飛び出した蒼太。


 今まで戦闘ができなかった妹達と比べると戦い慣れているとはいえ、竜系統の魔物相手に戦闘開始してから5分以内で討伐できる程、強くはなかったはずだ。


 しかし、実際の結果は狩りをするゲームでタイムアタックするかのように、あっさりと倒していく。



(権能を使い熟せばここまで強くなるとは。戦闘権能なしの候補者なら、大体勝てるんじゃねぇっすか……?)



 切る権能を無意識に使っていた前でも、8階層ここまで来れたのだ。


 ──他の権能も使えるようになった彼は、どこまで強くなってしまうのか?



「師匠の言うことも強ち間違いじゃなくなってきそうで怖いっすねぇ」



 ベガが蒼太に抜かれるのも時間の問題かもしれない。


 しかし、ベガからすると蒼太は一芸特化タイプ切るのダイスキーだ。ベガとはタイプが違うのである。


 ベガの武器は『《道化》の権能で分身する物理的な手数の多さ』と『《再現》の権能によるあらゆる権能を使うと言う意味での手札の多さ』の2つ。


 蒼太が力であるならば、ベガは技の戦闘スタイルなのだ。


 ……言い訳をするならば、そもそもベガにとって『戦闘ができる』のはオマケである。


 ベガの権能の本領は諜報活動。


 《道化》で物理的に体を増やして調査範囲を広げ、《再現》で見た目や声どころか匂い・気配・魂核ソウルコアから人物の癖まで作り、紛れ込む。


 いざという時は《転移》で逃走して捕まらないし、この分野ならば蒼太にだって絶対に負けない。そもそも蒼太とは畑違いなのだ。



(……って、何を張り合ってんすかね)



 つらつらと負けていない要素をあげている自分に気がついたベガは、フルフルと頭を横に振る。



 蒼太の方に送っている《道化》の分身を消して残りの2つの分身に集中すると、2つの視界からは妹達が派手に戦っている姿が見え、ベガは力なく笑った。



「シェリーちゃんもファラちゃんも、坊ちゃんと出会ってからいい方向に変わってきたっすね」



 竜に立ち向かう妹を見ている分身の視点から切り替え、自分の両手を眺める。



(それなのにアタシは……これじゃあ師匠に心配されるし、姉様に人のことを言えなくなるっすよね)



 見つめていた両手を握りしめて、ぐー、ぱーと何度か繰り返す。


 白いはずの手はいつも通り、シェリー色と菖蒲ファラの色に見える。どうやら過去トラウマは未だに纏わりついてくるらしい。


 嫌になっちゃうな、という言葉は口の中に転がして、吐き出さないようにする。


 したを見るのをやめたベガは、雲一つない快晴の空を見上げた。



「そろそろ、仕掛けてくるっすかね」



 シェリーとファラが亀裂から出てきたのを確認して、ベガは目を細める。


 リラや護衛のカプリコ達は、念の為にゲート前に待機済み。


 ルールの2つ目が現れるならば中心だろうと思い、ベガは態々草原の真ん中にいるのだが、今のところはそれらしい気配がない。


 それなのに、背中に嫌な感覚がベガに警戒しろと叫んでくるし、手の震えが止まらない。



「警戒するなっていう方が難しいんすけど──」



 《再現》で探知系の権能をフルに使用し、空に浮かぶ灰色を捉えた。


 空と同じ体、初めて見た時よりは小さいものの、迫力は変わらず。だが、初見の時のように暴走していないので、荒々しさもなく。



「一応、あれでも弱体化してたんっすねぇ……」



 竜の逆鱗とは、竜の怒りを買って凶暴化させる代わりに、鱗が柔らかくなる特性がある。


 1階層で襲ってきた時のタンペッタという竜は理性と防御力を失っていたのだ。


 しかし、今、目の前にいる奴は違う。


 理性を保ち、1階層の時のように誰かに逆鱗を突かれていないので、全身の鱗による防御も健在。


 ベガも注視しないとわからないぐらい、雲を散らして空と一体化し、虎視眈々と獲物を待ち構えることができる理性。


 果たして、タンペッタは何を待っているのか……



(あれ……分身の方には竜どころか、アイツがいそうな雲が見えない?)



 空に同化する魔物の視線と、ベガが妹達につけている分身達による視線。


 それら2つを合わせて、ベガは疑問に思う。


 シェリーとファラがいる方向だけ見えないようになっている姿に、態々空に溶け込んで隠れている竜。


 その事実とタンペッタがブレスを放とうとしている動作を見たベガの顔はみるみる内に青ざめていく。



(まずい……! アイツの狙いはシェリーちゃんとファラちゃんっすか!?)



 狙われている2人は魔物に気が付いていないので、《転移》で裂け目を開いて、という悠長なことはできない。



「この転移は滅多に使わないんすけどね!」



 ベガの権能は基本的に、他者を『瞬時』に転移させることはできない。


 だからこそ、自分以外に使う時は裂け目の転移を多用しているのだが、この弱点にも一応、裏技のようなものがある。



 ──対象に己が入っていなければ瞬間転移できないのであれば、対象に己を入れて転移させれば良い。



 ベガの《道化》による分身と対象の位置を入れ替えるという形でならば、対象を転移させることが可能なのだ。


 その裏技を使ったベガは分身と妹達の場所を入れ替えた。


 分身はタンペッタが起こした刃物のような竜巻によってズタズタに引き裂かれる。


 間一髪で妹達を守れた。だが──



(ブレスを放ってないってことは……あーあ。そういうことっすか)



 隠れるのをやめて、空に現れたタンペッタの顔がこちらを向いている。


 ベガは放たれたブレスを見て、今までのタンペッタの行動はベガを仕留める為の罠だと察した。


 走馬灯のようにゆっくりと、放れたブレスが見える。


 《転移》は間に合わない。そも、この権能はポンポンと連続して使えるようなものではないのだ。


 きっと、1階層の扉の守護者ゲートキーパー、ゴブリンキングの戦いの時の転移で予想されていたのだろう。


 まるで1階層の時と同じように、ベガは無防備にブレスを受けるのだ。



(でも、今回は妹達を守れたし、良いかな)



 いつも、ベガは長女なのに残される側だった。


 最後に消滅する側だった。



(良かった……やっと、2人を守れた)



 安堵の笑みを浮かべたベガが目を閉じようとして。







「──諦めるのはまだ早いよ、ベガ」







 青が煌めき、タンペッタのブレスを切り裂く。



「今回は、ベガだけじゃないんだからさ」



 ブレスを切り開き、こちらを見つめる蒼太の姿を視界に収め、ベガは呆けていた。


 彼の登場に驚いたから? 否。


 今まで見えていた幻のようなトラウマごと、ブレスを切り開いてしまったのだ。



「見学希望を続けるなら良いけど……どうする?」



 右手に刀を、左手をこちらに差し伸べた蒼太が問いかけてくる。



「愚問っすね──戦うに決まってるじゃねぇっすか」



 笑みを浮かべたベガは伸ばされた右手を握って、蒼太の隣へ。





 ──9階層第2ラウンド、スタートである。

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