船岡山に古代の平安京の入り口が……

京都市北区の船岡山に行ってきました。

京都の市街地の北辺にある、山というより小高い丘です。


枕草子にも「岡は船岡」とあります(←清少納言的に褒めてますw)


日本史や古文の教科書等で、平安京の全体が見られる地図が掲載されてましたら、ご覧になってください。

船岡山は、平安京の中央・朱雀大路の真北に見える小さな山です。


このエッセイ「あら、こんなところに入り口が……」では、小説を書くのに取材に出かけた体験談を綴っています。


3月下旬から投稿しております平安ファンタジー小説で、登場人物がいよいよ京の都に到着したので、それで平安京の入り口についての取材記を書こうとしていました。


あ、その平安ファンタジー小説は↓です(宣伝ですw)。

「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393


平安京の入り口と言えば、南の正門となる羅城門。

ところが……。

羅城門について何か取材記も書こうにも……。

一応、「羅城門跡」というスポットはあるのですが、児童公園の中に石碑が立っているだけなのです。


子どもが中学受験する際に日本史に興味を持たせるべく縄文時代から奈良、京都、鎌倉、東京の史跡巡りをし、そしてこの羅城門跡にも行きました。


しかし、いくら思い出そうとしても「石碑が立っていた」という事実しかありません。

このコロナ禍、わざわざ地下鉄に乗って行くほどの場所でもありませんし……。

うーーん。これでは取材記にならない。


ちなみに、現在、京都で羅城門を復元しようというプロジェクトがあります。大手ゼネコンも関係しています。


「明日の京都 文化遺産プラットフォーム」http://tomorrows-kyoto.jp/


↑このサイトの中央にある「羅城門」の動画がなかなかの見ものです。

……ぶっちゃけ、児童公園の石碑より見ごたえある気が……。


なお、このプロジェクトの一環として10分の1模型が京都駅の東北に展示されています。

精巧ですし、比較的大きいものです。京都駅に行かれることがあれば、ついでにご覧になっても良いのではないかと思います

(上記サイトに詳しいことが書いてあります「平安京 羅城門復元模型の京都駅前移設について」http://tomorrows-kyoto.jp/rajomon-model/ )。


さて。

羅城門の石碑も模型も見に行ったけど、どちらも取材記にはならんなあ……と考えておりました私。


「そういや、船岡山を基準に平安京の中心である朱雀大路が定められたんじゃなかったっけ?」と思い出しまして。

それじゃあ、南から平安京に入る羅城門にこだわらなくても、北の船岡山から見下ろすという体験をすれば取材記になるんじゃないか!とひらめきました!


私は京都在住歴30年。そして京都市内をあちこち引っ越しているのですが、船岡山に入るのは初めてです。

よし、エエ機会や! 行ってみよう!


とはいえ、前回の山崎津の取材記で人気のない所に行くことに少々危険を覚えたので慎重になりました。

市街地から最短で山頂に到達できそうなルートを選び、手持ちの服では一番女性らしくない服を選んで着用しました(私は普段、年齢に不釣り合いにガーリーな格好をしたがるもので……)。


※話が脇に逸れますが、私がビビっていたのは、昔から京都に住んでいる人に「船岡山で昔殺人事件があった」と聞かされていたからです。

調べて見ると1984年の「京都・大阪連続強盗殺人事件」のようですね(Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E3%83%BB%E5%A4%A7%E9%98%AA%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%BC%B7%E7%9B%97%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6)


私が訪問したのは午後の遅い時間帯でしたが、散歩してる人もそれなりにいて、防犯面についてはそこまで神経を尖らせる必要はなかったかと思います。


山と言っても標高112メートルに過ぎません。そして、北大路通を中心とする住宅地が周囲をとりまいています。


京都市は盆地で市街地に坂らしい坂がありませんが、その南北で意外と高低差があります。

京都駅の近辺と船岡山がある北大路通とで京都タワー分の標高差があるのです(京都で物件を探してた時に移動中の車で不動産屋さんが教えてくれました)。

なるほど、京都駅まで自転車で行ったとき、南に向かう行きは楽でも北に帰るのは結構しんどいわけだw


京都タワーの高さは131mだそうで、船岡山より高いことになりますね。北大路はわりと賑やかな住宅地ですから、本当に船岡山は独立した山というより、小高い丘を含む「公園」という感じなんです。


船岡山の山頂にはいくつかのルートがあります。

私は一度船岡山の南にある鞍馬口通りに出て、そこから船岡山内の「建勲神社」への社殿に向かう階段を一気に登りました。

マスクをしてたせいもあってゼーゼー息が切れましたが……マスクのせいです、年齢じゃありません、断じてありませんともw。

その階段で山頂までの8割くらいを上った感じです。後は緩い上り坂を道なりに進めば山頂です。


いよいよ山頂に到着。

かつての平安京を眼下に見下ろせ……と書きたいところですが。


5月の今は、はっきり言って樹木が邪魔ですw

船岡山からの眺望を目当てに訪問するなら、秋冬から早春の落葉樹に葉のない季節か、管理事務所が剪定などしているならその直後に訪問したほうが良いでしょうw


あと、真南を見ようとしても、結構大きなマンションが立っているので、それに目が行ってしまいますね。


とはいえ、息を切らせながらせっかく到着したのです。

できるかぎりよく見ておきたい。

樹木を避け、その眼前のマンションを気にせず京都盆地を見るために、ベンチに乗りつま先立ちしてみましたw


ただ、それはそれで今度は、遠方を見ようにも視界の右手(西)に山並みが迫ってくる光景が気になります。


そう、今回の船岡山訪問で感じたのは……。

「朱雀大路って今の京都人の感覚からするとかなり西なんだなあ!」ということです。

以下に述べますが、今の京都暮らしでは、北から南を見るとき右手に(つまり西に)山影を見るということがあまりありません。


京都に関する本を読めば、あちこちで指摘されていることですが……。


平安京は創建当初から西の右京が湿地帯だったために繫栄することなく打ち捨てられてしまいました。


平安時代に書かれた慶滋保胤の「池亭記」に西部が荒れ果てているという記述があることは有名ですね。


2022年現在大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が大人気ですが、院政期には平安京の東の外を流れる鴨川を越え、さらに東岸に有力者の拠点が移りました。

六波羅という土地も、京都盆地の東の山並みの山裾と言ってもいいような場所です。


現在の京都市についても。今の京都駅ビルが出来るまでは四条河原町が代表的な繁華街でした。河原町という名前のとおり、鴨川のすぐ傍です。


京都駅近辺も賑やかになってきましたが、これも烏丸通にあり、昔の平安京の朱雀大路(今の千本通)より東です。


私も京都に住んで30年になりますが……。

あちこち引越ししましたものの千本通りよりも西を生活圏にしたことがなく、ショッピングなども四条河原町とか京都駅にしか出かけませんので、平安京の左京以東で暮らしていたことになります。


そんな感覚の私からすると、船岡山からみた平安京は「ずいぶん西なんやなあ!」と驚きを込めて思います。

これはつまり、上記のように平安京創建時から京の都の賑わいが左京以東に移って来たという歴史の変遷も実感したということでもあります。


「京都に住んでるから平安ファンタジーを書こうっと」と気軽に書いてたんですが、平安京に暮らしていた人が体感していた景色は少し違っていたかもしれないということは留意しないといけないなーと思いました。

この意味で、私にとっては現在の京都市の常識を離れ、古代の平安京への入り口を見つけた船岡山訪問でした。


なお。

今回、この文章を作成するにあたって確認したところ。

「船岡山を基準に平安京の中央・朱雀大路が定められた」という話は、有名な日本史研究者様の説とはいえ、裏付けがとれておらず、Wikipediaでは「俗説の域を出ていない」とあります。(「船岡山」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9%E5%B2%A1%E5%B1%B1)


私はこの研究者様の本を読む機会が多かったので、てっきり確定した事実なんだと思い込んでおりました(地図を見てるとそういう仮説を立てたくなりますし……)。


取材は現地に行くばかりではなく、行く前の下調べと、それからその結果をこうして文章にする際に、改めて手持ちの情報を再確認することになりますね。

勉強になります。


これから暑くなりますが、熱中症とコロナ対策をしながら、今後もお出かけして情報を集め、また再確認していきたいです。


あ、鞍馬口通りを選んだのは、町屋など情緒ある建物が多く、昔の豪華な銭湯を改築した有名カフェ「さらさ西陣」や、国の登録文化財の豪華銭湯「船岡温泉」があるからです。

有名観光寺院からやや離れていますが、京都らしさを味わえる通好みのエリアですよ~。


*****

2023年12月3日追記

このエッセイの更新ができていなくてスミマセン。

この間に、鷲生は日記エッセイを始めました。

そちらで日記の形で歴史ファンタジーの資料や取材記をつづっております。

どこからでもお読みいただけるので、ぜひどうぞ!

「京都に住んで和風ファンタジー(時には中華風)の取材などする日記」

https://kakuyomu.jp/works/16817330661485429107



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あら、こんなところに入り口が…… 鷲生智美 @washusatomi

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