大山崎に歴史の蓄積の入り口が……(淀川の川べり)。

前回の記事の続きです。

(前回の記事:「大山崎に歴史の蓄積の入り口が……(大山崎町歴史資料館)」

https://kakuyomu.jp/works/16816927859356756509/episodes/16816927860021796829 )


今回の記事の写真は近況ノートに掲載しています。

https://kakuyomu.jp/users/washusatomi/news/16816927861524395991 


*****


平安ファンタジー小説を執筆するために、あちこち取材して回っている私ですが。

今回初めてちょっぴり身の危険を感じました。


これまで出かけたのは、平安時代の建築をイメージ出来る寺社や、ミュージアムでした。基本的に観光客が来ることが前提とされている場所です。


ところが。

「山崎津」の在った場所のイメージを掴むために、淀川の水の畔に出ようとして、少し怖い思いをしました。


ほんっとうにただの河原で人がいない……都会で暮らしていると周りに誰もいなくて人間が一人というのは日ごろ体験できません。結構怖いですよ~。


なんで川べりに出たいかといいますと。

私が今書いている平安ファンタジーの冒頭部分が、大阪から京都に淀川を船で遡ってきた主人公の一行が山崎津で船を停泊している真っ最中に賊に襲われるという場面だからです。

また、ラストシーンも山崎津の予定です。


河に浮かぶ船の上の登場人物にとって地形や風景がどう感じられるのか。それを書き手の自分も把握したかったんです。


もちろんお出かけ前にグーグルマップで下調べをし、河川敷に遊歩道らしきものがあるので、そこを目指してみたんですが……。


大山崎町歴史資料館から出ると、目の前が新幹線の高架です。高架下って殺風景で索漠とした雰囲気が漂うもの。ここもそうで、何かの工事の作業の人と交通整理のガードマンさんもいるくらいでひっそりしたものです。


その高架をくぐると国道171号線があります。淀川の堤防の上を走るため高台となっており、高架下からコンクリートの階段を上ります。

そうして国道171号線の路肩までたどり着いたのですが。171号線はいかにも産業用という感じの幹線道路で、歩道らしい歩道もありません。びゅんびゅんトラックが行き交う中、歩いている人は全くいないです。


その幹線道路の向こうに、淀川の対岸の男山が見えます。淀川の川面を見たければ、はこの国道を向こう側に渡り、そこから土手を降りなければなりません。


歩道も歩行者もいないのに、ぽつねんと信号と横断歩道はあります。結構シュールな光景でした……。

ともかく、押しボタン信号を押して向こうの川岸まで渡ってみることにしました。産業用の道路を私一人の個人的趣味で止めてしまうのは、なんか申し訳ない気がしましたが……。


そして、土手の上の国道からいよいよ淀川を見ることが出来るか……と思いきや。

道路から河に向かって斜面となり、その下に淀川があるはずなのですが、水辺に葦とか薄とかがぼうぼうと茂っていて全く!見えません。


それでも近づけば葦とかの隙間から何かが見えるかもしれませんから、とりあえず近づいてみたいのですが。下に降りる階段もスロープもありません。

うーーーん。


けれども、せっかくここまで来たのです。

やはり、川べりまで下りて、小説の登場人物の見た世界を体験しておきたいし、ここを舞台にした場面の描写も練っておきたい。

萎えそうになる気持ちを奮い立たせて、私は道なき道を下まで降りることにしました。


京都市内に住む私にとって身近な川は鴨川です。川べりの遊歩道に降りるのに階段やスロープのところまで歩くのが面倒なら土手の斜面を降りることもあります。

しかし……この山崎の産業用道路の土手は、市街地を流れて京都府に公園として管理されている鴨川べりほど甘くなかった……。


人が足を踏み入れないので地面が妙に柔らかく、葦や薄をざっくり刈り取っただけらしくてその切り株?がまばらに残っています。「ここは人間が立ち入ることを全く前提としてません」感がひしひしと……。


それに人っ子一人いないこんなところで土手をそろそろ降りている私……傍から見れば思いっきり怪しいのでは?

河川敷を徘徊する奇妙な中年女……地元の不審者情報として防犯メールで配信されてしまいそう……。


そして足元の危険と恥ずかしさをこらえて下まで降りても、葦と薄がぎっしり生えていてまるで壁のよう。そして、上流に歩いてみても下流に歩いてみても、視界が切れることがありません。

っていうか、葦も薄も背丈が高いんですね……。私は165センチで同世代の女性の中では比較的身長がある方ですが……。葦って軽く2メートルくらいにまで育つもんなんですねえ。


河面が全く見えない川べりに、一応は舗装された遊歩道があるんですが。人通りはありません。片や2メートル以上ある葦や薄、片や5メートルくらいの土手とその上の産業道路。その谷間です。


京都と大阪の中間地点、都会と言えば都会のはずなのに。人の気配がない空間に身を置くというのが、途端に怖くなりました。ここで犯罪に巻き込まれたって誰も助けてくれないし、目撃者もいません。

うーーーん、これまで気楽な個人行動を楽しんできましたが、これからは目的地によっては誰かと一緒に来た方がいいのかも……。


長居をするのはあきらめましたが、お昼を食べそびれてお腹がペコペコです。座れそうな場所を見つけて、コンビニで買ったおにぎりを食べることにしました。


淀川の向こう岸には石清水八幡宮で有名な男山があり、その南には切り開いて造成された樟葉の新興住宅街が見えます。川の上流、北には大きな物流倉庫が見えます。その向こうには京滋バイパス。

先程から書いているように、背後には土手の上に国道171号線。そしてその奥に東海道新幹線です。


あんまり情緒があるとは言えない場所ですが、おにぎりをほおばりながら、せっかく現地に来たのだからと小説の文面を考える私。

平安時代にここには川湊があり、そして港は出会いとロマンスが似合う場所。この山崎津で主要キャラには甘い場面を演じてもらう予定なので、あーしてこーしてと妄想しはじめたのですが……。


そんな私の背後を大型トラックがゴーっ。

気を取り直しても、東海道新幹線が、ガーっ。

轟音で空想を遮られるのを繰り返しているうちに、私、キレましたw

こんな場所で小説の甘い場面を空想するのは無理!


おにぎりも食べ終えたことだし、さっさと帰路につくことにしました。


とまあ、こんな感じで史跡を見たという感じはあまりしなかったのですが。

ただ、それは今なお山崎の津が現役で交通の要衝だからともいえるでしょう。京都と大阪方面を結ぶ、物流の大動脈瘤です。


古代には淀川を利用した船が行き交い、街道が通り、そして明治以降は鉄道が通る場所。

山崎は1000年以上にわたって多くの旅人と荷物を通過させ、今もなお現役であり続ける土地。


歴史の蓄積を、葦に覆われた川面の横をトラックがバンバン走って新幹線も通過するという現代的な光景で実感することが出来た訪問でした。


歩くのにも不便だったという点をからすると、史跡が整備されることの意義も理解できます。

一方で、こうして現役感のある史跡もそれはそれで訪問して得られるものはあったと思います。

ここでは歴史の蓄積が現在も堆積中なのです。


2023年12月3日追記

このエッセイの更新ができていなくてスミマセン。

この間に、鷲生は日記エッセイを始めました。

そちらで日記の形で歴史ファンタジーの資料や取材記をつづっております。

どこからでもお読みいただけるので、ぜひどうぞ!

「京都に住んで和風ファンタジー(時には中華風)の取材などする日記」

https://kakuyomu.jp/works/16817330661485429107


2023年1月12日追記

この取材をもとに、平安ファンタジー活劇は「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」を書き終えました!

↓ぜひ、お読みくださいませ!

https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393

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