第一村人の皆さん、お仕事ですよ♪
みかん畑
ここは『ラヌニリネーナの村』です
「ここは『タケッキョカキョウキュカキュの村』です」
冒険者たちが村に到着した喜びと安堵が混じった笑顔で入っていく。
よし、時間的にこれで最後ね。今日の村の紹介フレーズ発声回数は……やだ52回じゃない。新記録よ。しかも一度も村名を噛まなかった。これは日々の努力の積み重ねよね。
わたしは村の名前を紹介する村人、通称『第一村人』と呼ばれてる。
ただ村の入口に立って訪問者が話しかけてきたら村の名前を笑顔で伝える。それが第一村人のただ一つの役割。
わたしがこの第一村人に選ばれたのは一年前。魔法使い志望だったわたしに何故が届いた手紙。その一通の手紙でわたしの人生は変わってしまった。
誰もやりたがらない第一村人の仕事。貧乏クジを引いてしまった自分を嘆く暇もなくわたしに赴任先が知らされた。
赴任先は辺境の開拓地域にできた村、『ラヌニリネーナ』だった。誰が名前を付けたのか是非とも追求したくなるような村名。こんな言いにくい名前を言い続けるなんて。わたしの運は尽きたのかしら。
でも仕事は仕事。やるからには努力をすることにした。
毎日、日の出前に起きては発生練習。
その後はお風呂に入りながら表情筋を動かすの。何度も何度も発声すれば日の出には万全の状態で村の入口に立てる。
でも、思い出すあの赴任二日目。
初日は誰も来なくてずっと立っているだけだった。今日も誰も来ないんだろうって油断してたら来たのよ。アイツが。
初めての訪問者にわたしの緊張は最高潮。わたしは第一声を爽やかな笑顔で絞り出す。
「ここはラヌニリャ…ネーナ…の村です」
そう、噛んじゃったのよね。
でも、普通は聞き流して村に入っていくでしょ? だってこんな遥か辺境の地までやってきたんだから、『この村にはどんな武器が売ってるのか』とか『どんなクエストがあるのか』とか気になるわよね? こんな第一村人の紹介フレーズなんて聞き流すのが当たり前でしょう? それなのに…それなのに…アイツと来たら……
「え? もしかして、今噛みました?」
「………」
噛んだなんて言える訳ないでしょ! 何考えてんのよ。わたしがポーカーフェイスの笑顔を称えていると、また話しかけてきたの。
「ここはラヌニリネーナの村です」
ふっふ。言えたわ。どう? これで満足でしょ? 村名がわかったならさっさと行きなさい。って、なに、また話しかけてきてんのよ。
「ここはラヌニリネーナの村です」
ふう、この緊張感もう耐えられないわ。もういいでしょ? って、またなの? また話しかけるの。ちょっとあなた何やってんのよ。
「ここはラヌニリャ……ネーリャ…の村です」
「ブブブ、マジ噛んでる……ヤバ」
な、なんて屈辱なの。こんなの、こんなの、ぜーったい許せない。許せないんだからーーーっ。
アイツは何度も吹き出しながら村を回って帰りがけにも3回話しかけてきた。本当に嫌な奴。まあ、3回とも噛まなかったけどね。マジな話、唯一使えるファイヤーボールの魔法で背中を丸焦げにしてやろうかと思ったわよ。まあ、しなかったけど。
それからわたしは滑舌を良くするために生活の全てを費やしたわ。毎日の発声練習からランニング、筋トレや食事管理だって徹底的にやった。もう練習なら100回連続で噛まずに言える。もうわたしに怖いものなどなにもない。
そう思ってた。
でも、やってきたのよ、アイツらが。あのニヤけた顔が今度は仲間を連れてきたの。全員が、わたしを見てニヤついてる。いいわよ、やってやるわよ。何回でもね。素敵な笑顔で村を紹介するわ。
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
「ここはラヌニリネーナの村です」
………
………
勝った。悪しきものの襲撃から村を守った。
その感激もつかの間、その翌日に届いた手紙には新しい赴任先が書かれてあったわ。
「ピチチャピピヒャチャピヒピピヒヒピの村」
ちょっとお、喧嘩売ってんの? 嫌がらせにも程があるでしょ!!
その後の赴任先もすごい名前ばかりだった。
「タケノカタケヌカケカケタの村」
「マイアミュミヤミャムアミュミマの村」
「ブチャイチャケチアチャチェチッチチャの村」
「タケッキョカキョウキュカキュの村」
どんな名前が来てもわたしはわたしの最善を尽くす。
できることは全部やる。
そして全部言い切った後はこのクール&ビューティースマイルで決めるのよ。
そう、これがわたし、第一村人の役目なんだから。
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