我が世界を支配する魔王である

 ふむ、ようやくこの時が来た。

 満を持して生まれた我はこれより世界を支配していく魔王である。


 だが、この我が生まれる時、時を置かず必ずと言っていいほど現れる奴がいる。そう、人間共の中に『勇者』が産まれるのだ。


 もちろん、そんな事を指を加えて待ってやるほど我は甘くない。勇者が生まれるという村など滅ぼしてくれようぞ。



§



 なんだこの村は。悪しき気配で満ちているではないか。これが本当に勇者が生まれる街だと言うのか。おい、そこのふくよかな人間女、ここは本当に勇者が生まれる村なのであろうな。


「ここは『勇者誕生の村』ですよ」


 なんだ、この者のやる気のなさは。ははん、解ったぞ。ここは勇者が生まれる村ではないな。人間共め、頭を使うようになったではないか。


 手下ども、ここは違う。ここを滅ぼせば我が間違えて悪しき村を滅ぼしてしまった魔王だと後世長きに渡って笑われようぞ。退くぞ。今一度勇者の情報を探すのだ。



§



 何故だ。あれから8年を優に経ったが、未だ勇者誕生の噂が上がって来ぬ。人間界に送った間者によれば『勇者と言えば悪徳商法』という訳のわからなぬキャッチフレーズしか聞かないと言う。


 ん? 間者から緊急連絡だと? 何があった?


 なに? 勇者が8歳の儀を行っただと? 今仲間を集めているだと? どういう事だ。


 はっ。もしや謀られたと言うのか。この我が……



 おのれ、既に仲間を集めているとは。


『勇者』という者はいつの時代でも時の魔王に対抗するために『選ばれし仲間』と呼ばれる何人かの人間を供にしてきた。


 そして、その共というのが毎回毎回厄介な者ばかりを集めおる。時に聖女、時に聖盾、時に大魔道士、時に忍者、時に吟遊詩人、時に……本当に忌々しい者共を集めおるのだ。



 だが今回はそれも役には立つまい。我が用意した配下はそれらの厄介な者のどれが来ても叩きのめす事ができるの最凶戦力を揃えたのであるからな。


 魔王軍四天王。この世界を蹂躙し、完全な悪の支配を達成するために作り上げた我の切り札。この8年ただ勇者の情報を探していただけではない。過去の勇者たちの記録を調べ上げ、敗因を研究し、対応策を練ってきた。そして我はこの8年で最凶戦力を作り上げたのだ。


 さあ、四天王よ。勇者の『選ばれし仲間』とやらを八つ裂きにしてくるのだ。



§



 おい、お前、今、なんと、なんと言ったのだ。四天王のキメラが破れただと。


 何故だ。あ奴は対吟遊詩人専用の戦力。吟遊詩人は味方の能力を向上させ、敵能力を低下させる奇妙な歌を歌いまくる厄介な存在。しかも仲間に守られ先後尾にいるため攻撃もままならん。そんな奴を歌が始まる前に真っ先に世界の遥か彼方に飛ばす。それが四天王キメラの役割であった。そのキメラがなぜ……


 な・ん・だ・と


 吟遊詩人に効かなかった? そんな馬鹿な。キメラの能力は相手を名も知らない土地へ飛ばしてしまうという規格外の能力。なぜだ、それが効かぬとは。ま、まさか、この世界に知らぬ場所などないとでもいうのか。そのような事があるはずがない。もしいたらそんなもの化け物ではないか。なんということだ。


 …いや、吟遊詩人は厄介だが、他の『選ばれし仲間』さえ八つ裂きにできれば…



§



 ん? なんだ、また急報か。なに? 今度は四天王のゴブリネラルが破れただと? 何故だ。あ奴は対聖女専用の四天王。その獰猛な視線で聖女の心に恐怖植え付けこの魔王軍に刃向かえぬようにはずでは…


 な・ん・だ・と


 聖女がコロコロ衣装を変えてしまって見失うだと。辛うじて視線を浴びせても「そんな視線にはなれてるわ」と歯牙にもかけなかっただと? どうなっている。聖女はゴブリンが苦手ではなったのか。ゴブリンの極上種ゴブリネラルが敗れるとは。なんということだ。



§


 

 ん、急報か。やっと、勇者の仲間を八つ裂きに… なに? 違う? 四天王のヘルガイズが破れた? 何故だ、あ奴は地獄の道先案内人。この世界に遺恨のある者共の嘆きと恨みを浴びせて、あの鉄壁の防御を誇る聖盾を絶望させ精神を破壊するはずではなかったか。


 な・ん・だ・と

 

 聖盾が「俺がすべてを受け止めてやる」と言って、嘆きと恨みを優しい眼差しで全て受け止めただと。そのような事が出来る存在がいるというのか。それではもはや人間を超越した精神を持つということではないか。なんということだ。



 おのれおのれおのれ、吟遊詩人と聖女に続き聖盾までも討伐に失敗するとは。どうなっておる。これではこれまでの歴史は全く当てにならんではないか。


 しかし最後の四天王は我の切り札。奴は常に我と共にある。


 こうなっては我自らが赴くしかない。


 ハハハ、勇者よ。お遊びはここまでだ。先の四天王の3人は確かに我の左右の腕とであった。たが、あくまで我が下僕。我の恐怖の力、存分に味わうがいい。



 ん? なんだ城の外が騒がしい。何かあったのか?


 お、そう思っていたら急報か。何があったのだ?


 なに、勇者パーティーが我が魔王城内で暴れまわっているだと? どういう事だ。なぜこう易々と侵入を許したのだ。


 な・ん・だ・と


 忍者が堂々と入って来たのに誰も怪しまなかっただと? は? 忍者が我らがよく知っている人間だった? なに、あの城の前の小屋の人間? 嘘だ、あれはただ場所を案内するだけの人間。それが忍者などと……


 おのれおのれおのれ、勇者め。とことん厄介な奴らを仲間にしおって。


 フフフ、しかし勇者よ。お前たちがここ魔王の間に着いた時、その時がお前たちの最期の時だ。ここには最後の四天王、最強と言われる地獄の大魔道士デスリッチがいるのだからな。


 この我に指一本触れること叶わぬぞ。


『バタン』


 ん、ドアが開いたか。


「魔王よ、お前の命運もここまでだ。勇者の名においてここでお前を討伐する」


 ふふ、早くも来たか。少年勇者よ。ん? おぬしどこかで会ったか? まあよい。こい、勇者よ。お前の聖剣は我に一太刀も届かんぞ。覚悟するがよい。


 最後の四天王にして地獄の大魔導士デスリッチよ。今こそその最強の防御結界で我を守るのだ。


「はっ、魔王様。この地獄の大魔導士が習得した最大防御結界ですべての攻撃を無効化して見せましょう」


『ストッキョキュクキョカマニナミマヌネッスシュシェエサシャ』


 おお、これが地獄の詠唱。一度の言い直しも許さず、一文字の言い間違いも許さぬその超難易度のゆえにデスリッチの魔力集中の奥義を舌先に使い、自由自在の口角の上げ下げを筋力極大アップの究極魔法で行った末に達成して初めて可能となる空前絶後の超ド級結界魔法。これを破れる者などこの世界全土、現在だけでなく、過去にも未来にも存在せぬ。


 勇者よ。お前のその命運もここまでだ。




『タケッキョカキョウキュカキュブチャイチャケチアチャチェチッチチャマイアミュミヤミャムアミュミマタケノカタケヌカケカケタピチチャピピヒャチャピヒピピヒヒピ・ラヌニリネーナ』


 は? なんだ、今何があったと言うのだ。今のは…な・ん・だ?


 ぐはっ。なんだこの熱量、魔力量、そして魔王城すべてを振動させるこの気配。これはなんだ。


「ぐおおおおおおおおー、魔王様、お逃げください。わたくしめの結界がや、やぶられ…ぬああああああああああああー」


 ど、どうしたデスリッチ。はっ、結界が、結界が消えている。いやそれだけではない。魔王城が消えていく。なんだこの魔法は…ま、まさか、これは…創生の時代より語り継がれし原初のファイヤーボール「メテオフレア」。おい、こら、勇者よこんな魔法を使えばお前たちも巻き添えで死ぬぞ、早く止めさせ…はっ! 待て、防御の聖盾と回復の聖女、能力上昇の吟遊詩人が、つまりその意味するところは…完全防御結界パーフェクトシールド


「聖剣『エクスカリバー』よ、今こそ光を放て。そして悪しき魔王に最期を」



「ぐふっ、ゆ、勇者よ、見事であった。最後にこの我を倒したその顔、よく見せてくれ。ぬ、おぬし、やはりその面影どこかで…はっ、そ、そうか、おぬしはあの悪しき村の案内人の子共か。そうか、ではあの村は本当の勇者誕生の村であったか。だれかは知らぬが、我を葬った手腕…見事…で…あ……」




§



「これより、魔王討伐の任を見事果たし終えた勇者とそのパーティーに向けて国王様より労いのお言葉を頂戴する」




 勇者パーティーが一列に並ぶその前を一人の男が歩き、王座に座る。


「最後は噛まなかったんだ」


 その口元にニヤけた笑みが浮かんだ。










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